ヤミと帽子と本の旅人より〜未だ見ぬボクを探して〜
作者:SOLさん
ヤミと帽子と本の旅人より〜【未だ見ぬボクを探して 第八話『決意』】 ボクは負傷したリリスを背負って図書館世界に戻ってきた。 あれ程の攻撃をまともに食らったのに、この程度で済むなんて。 普通じゃないとは思っていたけど・・・まったく。 すこし休みたいというリリスを椅子に座らせて、ボクは早速『初美』の紅い本を読んでみた。 ボクはその『紅い本』の内容に驚きを隠せなかった。 それは、十六歳の誕生日に行方不明になった姉に対して、淡い恋心を寄せる妹の切ない恋物語・・・ しかも、主人公の名前は『葉月』・・・そう、それは『ボク自身』の物語だった。 文章から読み取れる『葉月』の人物像は、『初美』そのものだけど・・・ 初美はこの本の中で『ボク』として生きていた。 その本は最初の数ページで書きかけになっていて、残りは全て白紙だった。 ただこうして触れているだけで、初美の温もりが伝わってくるようだった。 ボクはリリスに向き直り『紅い本』を差し出した。 「リリス・・・お願いがあるんだ・・・ボクを初美に会わせてくれないか? 傷が痛むかもしれないけど・・・・ボクには時間が無いんだ・・・」 事実、ボクの影が無くなっている事は、リリスにもよく判っているようだった。 リリスは椅子から飛び上がると、険しい顔つきで反対した。 「駄目よ!! ソーマを失って『本体』になっているイブは、たぶん『本』の中の記憶しかないわよ? 会うだけ無駄よ、・・・葉月と過ごした日々のことなんて覚えてないわ? それに・・・」 リリスは深刻な顔で、ボクに訴えかけてきた。 「葉月、あなた気付いてるんでしょ? 今、葉月の存在を繋ぎ止めているのは・・・葉月自身の『初美への愛情』だということも・・・ さっきの戦闘で、イブのソーマを殆ど使ってしまった葉月にとって、 それが、何を意味しているかということも・・・・」 それがボクの記憶を封じた『本当の理由』だということは、ボクには解っていた。 「うん・・・、ボクは気付いてたよ・・・そして理解している。 リリスのイブに対する愛情が満たされて、ボクが消えたというのなら、 ボクの初美に対する愛情が満たされたら・・・・ボク自身が消えてしまうことに・・・」 「本当に解って言ってるの、葉月? それは、初美と愛し合うほど、葉月は消えていくってことなのよ? 初美との心の距離が近づくほど、葉月の存在は無に帰っていくってことなのよ?」 言葉に詰まったボクは、ただ黙って頷くしかなかった。 「ね?、玉藻に頼んで『初美』の記憶を消して貰おう?、そしてリリスちゃんと暮らそう? 生きていればイブと暮らせるようになる方法だって、何かあるはずよ・・・それまで・・・」 「・・・リリス。」 「イブはね?、 初美として暮らしている時から、葉月が『リリスちゃんの分身』だって知ってたんだって・・・ そうよね?、あのイブがヤミ・ヤーマに似ている葉月を拒むはず無いもん。 そして、この結末だけは防ごうと葉月の愛を拒み続けたのに・・・ 結局・・・この運命からは・・・逃れられなかったなんて・・・そんなのってないわよ!」 リリスは溢れる感情を抑えられず、裏返った声でボクに泣き付いてきた。 だけどリリスの話を聞いたボクの心は、初美への愛情で一杯になっていた。 「そうだったんだ・・・・初美がボクを遠ざけていたのは、 ボクのことを拒んでいたんじゃなくて・・・本当に愛してくれていたからなんだね・・・」 だけど・・・こんなにも初美を想う気持ちのせいで、ボクは無に近づいていくなんて・・・ 本当に欲しいものを手に入れることが、自分自身の存在を危険にするなんて、残酷だね・・・でも・・・ でも、ボクにはどちらかを選ばなくてはならないことは・・・判っているんだ・・・ 一番大事な『初美』を諦めて生きていくか、諦めずに消えていくか・・・ もちろんボクは、迷うことなく初美に会うことを選んだ。 泣きじゃくるリリスの肩をそっと離し、ボクはその旨を伝えた。 「葉月、・・・・どうしてなの?」 「・・・ボクは、初美を愛しているんだ。たとえ消えていく運命だとしても・・・」 「リリスちゃんのせいで、こんな目に遭わされてるのに・・・それでも平気なの?」 「・・・・リリス、君は思い違いをしてるよ。」 「思い・・・違い?」 「そう・・・、確かにボクが生まれたのは『リリスがイブを愛していた』からなのかもしれない・・・ でも、ボクが初美を好きなのは、誰のお陰でも、誰の責任でも無いんだ・・・ この初美を想う気持ちは・・・紛れもなくボク自身のものなんだ・・・だからリリスのせいじゃない。」 「・・・・・。」 「それに、リリスが『イブ』のことを愛してくれていたから、ボクも初美を愛することができたんだよ・・・ 責めるどころか、感謝しているよ・・・・リリス。」 「・・・葉月。」 「それに・・・・どういうわけか、いまボクの心はすごく穏やかなんだ。 初美と結ばれて消えるならそれも構わない。 初美を諦めて空虚に生きていくよりは・・・ずっといい・・・」 強がりじゃないといえば嘘になる・・・・、でもそれがボクの心からの本心なんだ。 「リリス・・・君にもつらい思い・・・させたね。今までありがとう。 だから君の力で、もう一度だけ『初美』に会わせてくれないか? それで・・・・ボクの旅も終わる・・・」 最終話『永遠』に続く |