ヤミと帽子と本の旅人より〜未だ見ぬボクを探して〜
作者:SOLさん
ヤミと帽子と本の旅人より〜【未だ見ぬボクを探して 第七話『死線』】 ボクは体を起こして、いま何が起きているのか確認しようとした。 だけど左足の骨折は思った以上に酷く、上体を起こすのが精一杯だった。 この世界に飛び込んできたリリスはボクを庇うように仁王立ちし、『もう一人のボク』と睨み合っていた。 緊迫した雰囲気を壊すように、突然『彼女』は高笑いを始めた。 【フッ、ハッハッハッ....今日はなんて日だ...僕の欲しいものが全て揃うなんてね? 『永遠の存在』、『ジョウ・ハーリー』、そして『イブの命』!!】 「あらあら、そう上手くいくかしらね〜?」リリスはいつもの口調で切り出した。 【リリス、キミは立会人のクセに邪魔をする気なのか?...まあ良い。 いま一度聞くよ...イブを見限って、僕をその『紅い本』に入れるつもりは無いか? そうすれば...全てが丸く収まるんだよ?】 「それは何度も嫌だって言ってるでしょ?、あんまりしつこいと嫌われちゃうよ?」 【...だったら、力ずくで『ジョウ・ハーリー』を奪うだけだ...知ってるんだよ、リリス。 キミは本の世界では一切の戦闘を禁じられてるって...イブが喋れない様にね。】 「ふーん、そんな風に言われてるんだ〜。でもぉ、その情報は間違ってるよ?」 【...その手に乗るか!】 そう言って『彼女』が刀を振り上げた瞬間、ボクは我が目を疑った。 リリスは一瞬で『彼女』との間合いを詰め『彼女』の右手に掌を重ねていた。 『彼女』の振り下ろす力に合わせて、その手をくるりと外へ押し出すと、 軌道を逸らされた刃が地面に音を立て突き刺さった。 唖然とする『彼女』の脇腹に軽く左手を添えるリリス・・・ 「ゴメン、ちょっとだけ大人しくしててね?」 言うと同時にリリスの左手から衝撃が疾走り、『彼女』の体は宙に吹き飛んだ。 それは中国拳法の発勁の様でもあり、初美がボクを弾き飛ばした力にも似ていた。 『彼女』は金網まで横滑りすると、苦しそうに呻いてうずくまり、動かなくなった。 リリスはそれを確認すると、ボクのほうに駆け寄ってきた。 「あらあら、随分ハデにやられちゃったわね・・・」 そう言うとボクの左足に巻いている包帯をほどいて、綺麗に巻きなおしてくれた。 続いてボクの両手をとって患部にあてがい、その上から彼女自身の掌を重ねてきた。 リリスの掌から暖かい光がこぼれ、ボクの左足の痛みを消し去っていった。 「まず葉月に謝らなくちゃね。」 「・・・・何を?」 「『彼女』の事を黙っていたこと、そして葉月がリリスちゃんの『思念体』だって言わなかったこと。」 「・・・『彼女』の言っていることは本当なのか?、それに『思念体』って何なんだ?」 「リリスちゃんね?、随分昔からイブを恨んでたのよ・・・・」 「・・・・え?」 「イブはリリスちゃんに無いもの全て持ってた。 あたしに仕事を押し付けて自分は気ままに旅してた。 何より旅で会う人みんなに迷惑を掛けても・・・結局、みんなから愛されてた。 そして・・・・ヤミ・ヤーマもイブを選んだ・・・・だから・・・」 「・・・・・。」 「だから、あたしはイブが羨ましくてしょうがなかった。 図書館を管理している間、いっつもその事を考えてた。 イブは、今頃幸せを謳歌してるんだって、どこかの世界でヤミ・ヤーマと仲良くしてるんだって・・・ その歪んだ『想い』が、胸に渦巻いてたの・・・・」 「その想いが、リリスのソーマと融合し、無意識のうちに『彼女』を生み出していた・・・」 「そうよ、でもね?、葉月との旅の後、イブに帽子を返して二人で幸せに暮らしていたの。 そして気付いたのよ・・・・、それでもイブとリリスちゃんは姉妹なんだって。 あれ程恨んでいたのに、やっぱりイブのこと愛していたんだって・・・」 「・・・・その無意識の『愛情』が、リリスのソーマと融合して・・・ボクが生まれたと言うの?」 リリスは無言で頷いた。 「できれば、もう少し段階を踏んでから説明したかったんだけどね・・・」 「・・・そうだよ、どうして素直に教えてくれなかったんだ。 ボクの記憶を封じたり、ボクが消えるなんて言わなくても良かったじゃないか。」 「それは、ウソじゃないのよ?、図書館世界は、あなた達『思念体』を仮想世界と見なすの。 『あなた達の居た世界』じゃなくて、『あなた達の存在』自体を仮想世界と見なすわ? つまり『あの子』と『葉月』は同時には存在できない、いつかどちらかが消える運命なのよ・・・ それが『図書館世界の法則』の本当の意味よ。」 「だったら、ボクの記憶を消したのはどうしてさ?」 「それは・・・・、この決着が着いてから話すわ? それが葉月に嘘をついてまでこの旅に連れ出した理由だもん。 まずは『あの子』との勝負に専念して? ヤミであるリリスちゃんは、これ以上手助けできないしぃ・・」 「・・・・・。」 「もし『あの子』が生き残っても、イブに恨みを晴らした瞬間に『あの子』は消えてしまうの。 あの3人組の様にね・・・どう転んでも『あの子』は消える運命なのよ。 だから、お願い『あの子』を憎悪から開放してあげて?」 「確かに初美に憎悪を抱くのは解ったけど、『彼女』がボクに固執するのは、どうしてさ? ・・・セイレンを殺したとも言っていた・・・」 「それはね?、平行世界に存在する同一人物は、不思議と同じ『ソーマ』で繋がってるの。 確かに、その『ソーマ』を一人に集約すると『永遠の存在』に昇格することがある。 ガルガンチュアみたいにね?」 「・・・・・・。」 「ただ、それには相当な時間がかかるわ・・・『ヤミ』になるには更に膨大な『ソーマ』が必要なのよ? 少なくともイブに会いたければ『永遠の存在』に成らなきゃねって教えたのが間違いだったかな? ・・・そのせいでセイレンには、可哀想なことしちゃったね。」 ボクは胸に抱いていた『紅い本』をリリスに見せて言った。 「初美はこの『紅い本』の中に居るって『彼女』は言ってた・・・」 「そう、そしてその本に自由に入れるのは『ヤミ』であるリリスちゃんだけよ? まー、『アルカディア』と同じ状態って言えば、判りやすいかな〜?」 「それで、あんなに『アルカディア』に固執したんだね?」 「そーよ。その状態になっている『本』には『ヤミ』しか入れないことを教えておかないと、 葉月が無茶な手段でイブに会おうとしたかもしれないでしょ?」 「初美は・・・この本に避難しているのか?」 「・・・・イブは実体化に必要なソーマを全て消費してしまったの、この本はイブの『本体』なのよ。 『ソーマの根源』とまで言われたイブが、膨大なソーマを消費して 実体化すらできなくなった理由というのはね・・・」 そこでリリスは言葉を区切った。 「・・・・どうやらお喋りはここまでみたいね、このままソーマで治療を続けてね?」 「・・・・え?」 「玉藻に教えてもらったでしょ?、ソーマにはイメージを具現化する力があるって。 その包帯を初美に巻いてもらったことをイメージすれば、左足は治るわ?」 ボクはその時になって、『彼女』がよろめきながら立ち上がっていることに気がついた。 その顔から、もはや余裕の表情は消えていた。 『彼女』はふらつく足を引き摺りながらも、戦闘を再開するつもりだった。 【....リリス、君は何故、そこまでイブを庇えるんだ? キミは図書館の管理を押し付けられ、ヤミ・ヤーマまで寝取られたというのに...】 『彼女』は徐々に、呼吸を落ち着けるとボクに向き直りこう言った。 【それに葉月、キミもだよ。 キミの気持ちを知っていて、それでも遠ざけているあの残酷な女を、どうして庇うと言うんだ? おまけにヤツは今、一人臆病風に吹かれて本の世界に逃げ込んでいるじゃないか? そんなヤツを庇う必要が、何処にあるって言うんだ?!】 「違うわっ!!」リリスがその言葉をさえぎった。 その悲痛な叫びに『彼女』は気おされて黙り込んだ。 「違うわ・・・、イブは貴方から逃げてるんじゃない。 葉月もよく聞いてね?、貴方と葉月はね・・・一度消えているのよ・・・」 その言葉に、ボクも『彼女』も驚きを隠せなかった。 「・・・ボクらが一度消えた?」 【...どういうことだ?】 「言ったでしょ?、あなた達は、リリスちゃんのイブに対する想いから生まれた『思念体』だって。 イブが図書館に戻ってから、リリスちゃんとイブは二人で幸せに暮らしていたわ? リリスちゃんの満たされなかった想いが満たされていったの、つまり・・・・」 リリスは言い難そうに口を噤んだが、意を決し言葉を続けた。 「つまり、それは貴方達の存在意義の消失を意味するのよ。 リリスちゃんの『想い』が充足されたことで、あなた達の存在意義は無くなってしまったの! 存在意義の無くなった『思念体』は、ソーマを保って実体化することはできない・・・ それは、貴方が一番良く知ってるでしょ?」 『彼女』は何一つ言い返せなかった・・・・しばらく間をおいて『彼女』が口を開いた。 【...だとしたら、僕らは何故存在しているんだ?】 「イブが・・・・あなた達を復元したの・・・ 残存思念となった貴方達を不憫に思ったイブが、あなた達二人をこの世界に復元したのよ。 自分の実体を保てなくなる程のソーマを使ってね・・・」 それを聞いてボクは自分の身体を改めた。何一つ変わっているとは思えない。 ・・・でも、ボクの身体が初美の愛情で出来ているかと思うと、とても愛しい気持ちになった。 だけど『彼女』は肘を抱いたまま、体をわななかせていた。 【...ふざ...けるなよ、イブを憎悪するボクの身体が、イブのソーマで出来ているだと? 僕の命が、イブのお情けで繋ぎ止められただと?】 「貴方には、辛いかも知れないけど・・・本当よ?」 【...ウソだ...僕は信じない。】 「事実よ。」 【...だったら...僕は全てを滅ぼし、イブを殺して、僕も死ぬ!!】 殆ど錯乱した状態の『彼女』は、ソーマで作り上げた真紅の刃『紅闇鎚』を作り上げていた。 「待って、お願いだから、落ち着いて話を聞いて?」 【いつもそうだ...、イブが全てを愛することになるから、僕は全てを憎むしかなくなる.... この五百年もの間、僕はただ、得体の知れない憎しみに苦しめられてきたんだ。 自らの命を断つこともできずに!、その根源であるリリスとイブの存在も知らずに!!】 表情にこそ表さなかったけど『彼女』は心の中で泣いていたに違いなかった。 感情こそ違うけど、ボクもその『想い』に苛まれてきたのだから・・・ だけど、リリスは『彼女』に歩み寄ると、驚くようなことを言い出した。 「いいわ、その恨み・・・リリスちゃんに晴らしなさい。 元はといえば、イブに対する嫉妬が原因なんだもん・・・・」 【ああ...言われなくても、お前を斃して『ジョウ・ハーリー』を奪う予定だったッ!】 極大のソーマの刀身を掲げて『彼女』は宙に舞った。 舞い上がった『彼女』を見据えたまま、リリスは身動きせずに構えている。 落下してくる『彼女』に向かい両手を広げ・・・目を閉じるリリス。 その一撃はリリスの肩口に食い込んで、・・・やがてドサリと倒れる音だけが鳴り響いた。 ボクはリリスの名を叫んだはずなのに、何故かボクの声は音にならずに消えていった。 『彼女』は平静さを失いその場に立ち尽くしていた。明らかに先程までの冷静な『彼女』は居なかった。 しばらく呆然としていた『彼女』は、やがて意を決しトドメを加えようと刃を振り上げた。 ボクは思わず立ち上がって抑止する。 「待て!、こんどは・・・ボクが相手だ!」 ボクは立ち上がり『彼女』に歩み寄って行った。左足の骨折はリリスのお陰で完治していた。 初美を狙っていること、リリスを傷つけたこと、ボク自身を護ること、その為もある・・・だけど・・・ 同じ『業』を背負ったものとして『彼女』を止める・・・その想いがボクの胸に渦巻いていた。 『彼女』は刀を大きく振り上げて極太の刃を創り上げた。ボクは間合いの直前で停止して下段に構えた。 『彼女』はその長大な刃を振り下ろしてくるだろう、ボクは最速で駆け抜けつつ払い斬るしかない。 勝負は一瞬で決まる・・・それはお互い判りきっていた。だからこそ動けなかった。 ボクは自分の目の前に、見えない一本の線を見出していた。 それは『彼女』の攻撃可能範囲であり、ボクの踏み切り限界点でもあった。 まさに『死の境界線』、ボクがその線を越えれば、どちらかが・・・死ぬのだから。 その一瞬に備え、お互いの一挙手一投足を見逃すまいとしていた。 全身はおろか剣先にまで神経が行き渡っている様に思えた。 深い静寂を乱すのは、ボク達の呼吸音だけだった。 ボクと『彼女』を挟む空間は、気迫でピリピリと震えている様だった。 その境界線を意識するほど、ボクにはその一歩が踏み出せなかった。 そのとき、初めてボクが『恐怖』を感じていることに気が付いた。 魔獣や忍者集団と対峙した時も恐怖を感じたことは無い。 だけど『彼女』はボクと互角以上の能力を持つ・・・下手をすればボクが負ける。 死ぬこと自体はピンと来ないけど、初美を守れずに負けていくのは絶対に嫌だった。 その想いが強くなる程、『死線』はボクにその存在を誇示してきた。 境界線の向こうに居るのは『彼女』の姿を借りた死神だという幻想すら覚えた。 ボクの筋肉が嫌な強張り方をしている、・・・・このままじゃ負ける、そんな想いが渦巻いていた。 先刻の冷徹な『彼女』であれば、この隙に討ち込まれていたかもしれない。 だけど・・・明らかに平常心を失っている『彼女』は、同じ様に自分の心と戦っているようだった。 ボクらはそうやって構えたまま、しばらく身動きせずに対峙していた。 そうしている間も、自問自答が全て『死』というイメージに直結していった。 だけど、その『死』のイメージを打ち消したのは・・・『初美の笑顔』だった。 こんな状況でも初美を想い続けるなんて・・・・ボクは心の中で微笑んだ。 「(そう、違うよね・・・ボクの目の前にあるのは、死線なんかじゃない。 ボクは、この線を踏み越えて行くんだ、初美に会う為に・・・)」 その覚悟を境に、ボクはゆっくりと一歩を踏み出した。 研ぎ澄まされた感覚の世界で、その一歩の時間は極限まで引き延ばされていた。 同じタイミングで動作を始めた『彼女』の時間も、驚くほどスローに流れていた。 気の遠くなるような速度で、ボクの左足はゆっくりと地面に近づいていった。 だけどボクの左足がその線を踏み越えた瞬間に、極限まで引き伸ばされた時間は一気に収束した。 『彼女』の一撃は唸りを上げ、ボクは稲妻のように疾走り抜ける。 ・・・・・・・!! 次の瞬間、ボクと『彼女』は刀を振り切り、背中合わせに立っていた。 日本刀独特の重厚な風切音が・・・いつまでもボクの耳に鳴り響いていた。 月光を照り返すボクの刀からは、ソーマが陽炎の様に立ち昇っていた。 ボクと『彼女』は刀を下ろすと、ふり返り互いに見つめ合った。 一瞬より少しだけ長い時間を経て・・・『彼女』はかすかに微笑んだ。 そのまま膝を折り・・・地面に崩れ落ちた。 ボクは注意して『彼女』に駆け寄った。どうしても聞かなければならない事がある。 「どうして、本気をださなかった?」 【...手を抜いたつもりはない...だけど戦う前から勝負は着いていた... 初美に会うために戦ったキミと...憎むべき存在を失った僕とでは...】 「・・・・。」 『彼女』の体から蛍のような光がこぼれて宙を漂い始めた。 その淡い光が増えるにつれ『彼女』の体は次第に薄れていった。 消え始めているのだ・・・ 【フフ...僕は消えるのか...だが、これ以上生きても意味は無い...】 『彼女』の身体は床が見えるほど朧げになっていた。それでも『彼女』はボクに何かを言いかけようとしていた。 ボクは屈み込んで『彼女』を制止した。 「もういいんだ、喋らない方が良い・・・」 【いや、聞いて欲しいんだ。最期に、僕の名前を... 皮肉だよね...僕も『葉摘』という名前なんだ...】 「ハツミ・・・って?」 【そう、イブと同じ名前なんて、忌々しいけどね... せめて...僕が生きた証として...この名前を覚えていて...欲しいんだ...】 ボクは無言でうなずいた。 【勝手かもしれないけど...最期を看取ってくれるのがキミで良かった... 僕は君に出会うために旅していたのかも...知れないね...】 その言葉を最後に『葉摘』の身体は無数の光の玉となって消滅してしまった。 主人を失った光球は暫く周囲を漂ったあと、ボクの身体の中に消えていった。 ボクは『紅い本』を手に取り、倒れているリリスを背負って『次元の裂け目』へと向かっていった。 背後からボク達を照らす月明かりが、『リリスの影』だけを床に映していた。 ボクの身体も、消え始めているんだ・・・・ 第八話『決意』に続く |