ヤミと帽子と本の旅人より〜未だ見ぬボクを探して〜
作者:SOLさん
ヤミと帽子と本の旅人より〜【未だ見ぬボクを探して 最終話『永遠』】 (初美・・・・ ボクはいつから君に恋していたんだろう・・・ 始めはボクの思い過ごしだと思っていた、いや、思いたかった・・・ だってそうだよね?、血が繋がってないとはいえ、ボクらは姉妹なんだ・・・ おかしいって判るよ・・・ボクにだって・・・・ でも・・・・ボクが胸に抱いていたのは・・・家族の愛情だとか、姉妹の思遣りじゃないんだ・・・ ボクは君に恋していたんだ・・・・胸が焦がれるほど・・・ずっと・・・ 初美のせいで、ボクが何度 眠れぬ夜を過ごしたのか・・君は知っているのかな? 男と出掛けている間、ボクがどれ程すさんでいるのか・・・君は知っているのかな? 君を思うあまり、自分を慰める術を知ってしまったことを・・・君は知っているのかな? なのに・・・・初美はボクを見てくれなかったよね・・・ 初美はみんなが好きと言うけれど、ボクだけの初美じゃなくちゃ嫌なんだ・・・ この満たされない想いのせいで、ボクは世界にどうしても溶け込めなかった・・・ 退屈な日常、空虚な世界、初美以外何一つ価値のあるものなんて有りやしない・・・・ 初美と居る時だけ、ボクは自分の人生を実感できたんだよ・・・・ だから、ボクが普通じゃないことは、どこかで気付いていた・・・・ この旅を通じて・・・ボクはリリスの分身、『リリスの愛情が具現化した存在』だと知った・・・ でもね・・・そんなこと、どうだって良いんだ・・・この溢れる想いは、紛れも無くボクのものなんだ。 初美さえいれば他に何もいらない・・・でも・・・・それは適わぬ夢なのかな? その答えがもうすぐ出るんだ。ボクが消えてしまう前に・・・ボクは想いを打ち明けるよ・・・) リリスに紅い本の入り口を抉じ開けてもらって、ボクはこの世界に降り立った。 傷が痛むと言ってリリスは図書館に残ってくれた。たぶん彼女なりの気遣いなんだと思う。 紅い本の書きかけの部分は、ボクと初美の馴染みの公園で途切れていた。 理由は解らないけれど、帰宅途中の初美はこの公園に立ち寄っていた。 ボクはその公園で初美を待っている。この大きな桜の木の下を・・・初美は通るはずなんだ。 そう・・・それはボクが一度だけ、ふざけて初美を抱きしめた・・・思い出の場所。 時計は4時30分を指している。 公園といっても丘陵に近いこの場所は、この時間帯ほとんど人影が無い。 ボクのセーラー服は『葉摘』との戦いでボロボロになってしまった。 今、ボクが着ているのは、リリスの羽織っていたマントをセーラー服に変化させたものだ・・・ 宝石付きの装飾具がコスプレ衣装みたいだったけど・・・ソーマの流出を抑える効果があるらしい。 それでもボクがこの世界に居られる時間は約20分、リリスはそう言っていた。 ボクは桜の木に背中を預けて寄り掛かると、ザラザラとした手触りを手の平に感じていた。 間断なく続くそよ風は、ボクの黒髪を宙へ泳がせていた。 ボクは目をつぶり、瞼の裏に初美との思い出を映し出していた。 初美と行った遊園地・・・楽しかったね・・・ 初美と見た花火は・・・綺麗だったよ・・・ 初美の作ってくれたホットケーキ・・・・本当に美味しかった・・・ そして、もうすぐ初美はここを通るはずなんだ。 だから、ボクはここで待っているんだ・・・君に会うために。 初美との思い出はボクの胸を高鳴らせて、ボクの身体を火照らせていた。 ふっと溜息をついて空を見上げると、一筋の飛行機雲が浮かんでいた。 突然の突風に桜が舞い散り、ボクは目をつぶって埃を避けた。 ボクは目を閉じたまま、再び初美の思い出に浸ろうと思ったけれど、 聞き覚えのある足音に・・・ボクの心は揺れ動いた。 もう目を開けなくても、そこに誰が居るのかよく判っていた。 ゆっくりと目を開けると、ボクの最愛の人が、そこに居たんだ・・・ (初美・・・・) そこには、ボクの記憶と寸分違わぬ『初美』が立っていたんだ。 この世界では『葉月』という名前だけど、そこにはイブでもジルでもない・・・『初美』が居たんだ。 初美はボクに気を止めるでもなく、何気なくボクのほうに歩いてきた。 だけど、ボクの方は・・・・初美が一歩踏み出すたびに、切なすぎて心が張り裂けそうだった。 (やっと、・・・やっと会えたね・・・初美) ボクは泣いてしまわないように、涙を堪えるのが精一杯だった。 少しでも気を抜いたら、涙が溢れ出してしまいそうだった。 たぶん、ボクの視線は普通じゃなかったんだろう・・・ 記憶に無い友人だと思ったのか、初美は軽く会釈をして通り過ぎようとした。 ボクは慌てて初美を呼び止めた・・・ 「・・・まって・・・くれないか?」 ボクは勇気を振り絞って初美を呼び止めた。 自分でも涙目になっているのが判った。でもそんなこと構っていられなかった。 初美は自分のことを指差し、目で「わたし?」と訴えかけてきた。 この世界でも・・・喋らない様にしているんだね・・・その懐かしさはボクの愛しさに拍車をかけた。 初美は警戒するでもなくボクと向かい合うと、不思議そうな顔でボクの言葉を待っていた。 「・・・あ、あのっ、・・・ボクは・・・」 いざとなると、ボクは自分の気持ちが言い表せなかった。 だけど文字通り命をかけてまで、ボクはここまで追いかけてきたんだ。 その想いが、ボクの勇気を後押しした。 「・・・ボクは、ずっと前からキミのこと見ていたんだ。 ボクは・・・ボクはキミが好きなんだ。 おかしいって思うかもしれないけど・・・・キミの事が・・・大好きなんだ・・・」 いくら探しても、その後に続く言葉が見つからなかった。 そうなんだよ・・・・ボクはキミにこの気持ちを伝えられれば、それで十分なんだ。 そして・・・何の前触れも無く、季節外れの突風が吹いた。 風圧で体制を崩した初美は、よろめきながらボクの胸に飛び込んできた。 「・・・・・っっ?!」 反射的に初美を受け止め、思わずぎゅっと抱きしめた。 ボクはあまりにも幸せすぎて、頭の中が真っ白になって・・・・どうすれば良いかわからなかった。 胸の中にボクの最愛の人、初美が居るんだ・・・もうボクはこのまま消えてもいい・・・そう思った・・・ しばらくボクらは抱き合ったまま、舞い降りる桜の花びらに身を任せていた。 まるで時間が止まったようだった・・・ ボクはこの時生まれて初めて神様に祈った、この瞬間が永遠に続きますように・・・と。 でも別れの時は突然に、そして確実に訪れた・・・・初美がボクの胸を離れていった。 ボクと初美は再び向かい合い・・・そして手話でボクに、こう伝えてきた。 「ごめんなさい・・・、女の子から告白されてこんなにドキドキしたのは、これが初めてよ? いま貴方に抱きしめられて、貴方の気持ち、貴方が本当に私を愛してくれていることは、痛いほどわかった。 ・・・でも、私にはその気持ちに応えることは・・・できないの・・・ごめんなさい。」 「・・・あっ、あのっ」 ボクの言葉を無視して、彼女は最後の言葉を手話で表した。 「さよなら・・・」 そして一度も振り返らずにその場を後にした。 一人残されたボクは、しばらく経ってから・・・・初めて泣いていることに気がついた。 周囲には鳥の囀りだけが響いていた。傾きかけた太陽がボクを慰めてくれているようだった。 しばらくその場所で立ち尽くしていたボクは、周りの空間が歪み始めていることに気がついた。 時計は4時48分を指している・・・もう時間なんだ。 ボクは『初美の世界』から押し出されるように、図書館世界に戻されていった・・・・ だけど、図書館世界に戻ったボクに感傷的になる暇は無かった。 図書館で最初に目にしたのは・・・うつ伏せに倒れているリリスだった。 ボクは急いでリリスに駆け寄ると、その肩を抱き上げた。 「おいっ、リリス、どうしたんだ?・・・まさか?」 「・・・うん、やっぱりさっきの一撃、当たり処が悪かったみたい・・・・」 「とにかく、手当てしないと・・・」 そう言って、ボクはリリスのリボンを解いて胸元を広げた。 「・・・・・!」 ボクは言葉を失った。 傷口からソーマの光が漏れている・・・リリスの身体は傷口から消えかけていた。 「どうして・・・、こんなになるまで放っておいたんだ?」 「いいのよ、葉月・・・・元々、こうするつもりだったんだから。」 「え?」 「葉月を消さないように、リリスちゃんの全てのソーマを葉月に注ぎ込むのよ・・・」 「そんなことしたら、君だって!」 「うん、リリスちゃんも『本』になっちゃうね・・・ でもね?、今まで葉月につらい思いさせた分・・・・、今度はリリスちゃんが引き受ける番・・・・」 「・・・え?」 「まだ可能性は有るわ・・・・ 葉月の『意志』と『ソーマ』が十分強ければ・・・・葉月は消えないで済むかもしれない。 イブがこの図書館に戻っても、葉月とイブは一緒に居られるのよ?」 「・・・・もうボクは消えかけているのに?」 リリスはゆっくりと頷いた。だけどその表情は全てが良好と言う顔ではなかった。 「でもね?、『ソーマ』が枯渇したイブが、 どれほどの時間を掛けて、再び実体化できるのかは見当も付かない・・・ 次にいつ出会えるかは判らないわよ?、それに・・・・」 「それに?」 「それまでに、葉月が自分の世界を作り出せなければ、つまり『ヤミ』として覚醒できなかったら、 イブが戻ってきた途端に、葉月の存在は失われるでしょうね・・・」 そういうとリリスはボクの胸に右手を当てた。リリスが慈愛に満ちた手つきでソーマを籠めると、 ボクの身体に凄まじいエネルギーが満ちてくるのを感じた。 「・・・っ?、何を?」 「これは、リリスちゃんからの餞別よ? まだ葉月はソーマが弱いから、正式な『ヤミ』としての力は使えないだろうけど・・・・ 葉月ならきっと覚醒できる・・・だって元々、リリスちゃんの分身なんだもん・・・ そのために、ありったけのソーマを残していくから・・・」 消滅が始まっていたボクの身体は完全に実体化していった。 だけど、それに呼応するように、リリスの身体は・・・・薄れていった。 「もういいっ!!、リリスッ!、やめるんだ!、もうやめてくれ!」 「リリスちゃんも・・・・・、葉月にソーマをささげて、暫くお休みするね? 全てのソーマをささげたら流石に『本』に戻っちゃうな・・・ その間、力も記憶も失っちゃうけど・・・・だからその間、図書館のこと、頼むわね?」 もうリリスの存在が随分と薄れ始めていた。本棚がリリスの顔を通して見える程に・・・ 「・・・・そんな、ボクは・・・」 「そんな顔しないで? 葉月が『ヤミ』として覚醒すれば、リリスちゃんたちの『本』に入れるわ? その時が来れば・・・この帽子が教えてくれる。」 リリスは帽子を脱ぐとそっとボクに帽子を被せてくれた。そしてボクの頬に軽くキスをした。 「それじゃあね・・・葉月。しばらくのお別れ・・・・」 「待ってよ!!、リリス・・・」 「・・・ここの管理を続けていれば、葉月の『ソーマ』も『想い』も強くなるわ? イブやリリスちゃんに影響されないくらい・・・そしたら、3人で・・・・仲良く暮らそうね?」 リリスの身体がさらに薄れ始め、殆ど消えかけていた・・・ 「・・・!!、待ってよリリス、ボクは・・・」 「・・・・・さよなら、葉月。また会えるときを・・・・楽しみにしてるわ・・・・」 ボクの呼びかけも空しく・・・・リリスの姿は、完全に失われてしまった。 後に残されたのは、リリスの本体である・・・紫色の古びた『本』だけだった。 静寂の中に、ボクの足音だけがコツコツと乾いた音を立てる。 図書館世界の管理はボクが思っていたよりもずっと忙しかった。 世界の『矛盾』は休み無く発生し、それを修復して元に戻すのがボクの仕事だ。 一見単調に思えるこの作業にも、今では充実している自分に気付く。 既にこの図書館の管理者代理を務めて、かなりの時間が過ぎているはずだった。 ここでは時間自体に意味がないのだけれど、ボクの『ソーマ』の増加を考えると、 それなりの時間が過ぎていると思う。 あの帽子は正式な『ヤミ』にしか従わないらしく、ボクに触れられるのを嫌がっていた。 今もカモメのように図書館をフラフラと飛び回っている・・・・ それでも最初に比べれば、随分ボクを認めてくれる様になってきた。 結局、事態は何も変わっていないのかもしれない。 ボクは、相変わらず『初美』を思い続けているし・・・ ボクが『ヤミ』として覚醒するのは、まだずっと先のことだろう。 それに、もし『初美』がこの世界に戻ったら今度こそボクは消えてしまうのかもしれない。 ふらりと現れたアーヤはこう言っていた。 「気の毒だけど・・・・、葉月はやっぱり消えてしまうんじゃないかな? だけど、イブの本の中で・・・・『イブの子供』として転生するかもしれないね。」 ボクを気遣い訪ねてきた玉藻はこう言っていた。 「大丈夫、アンタほどソーマの扱いが上手ければ、『ヤミ』に成るなんて朝飯前やで? そしてアンタとイブとリリスは、いずれ融合して一つの存在になるんやろな・・・ アンタはイブとリリスの架け橋になる、そんな気がするで・・・・」 ボクがどうなるのかは誰にも判らない。 でも、今のボクに出来ることは・・・初美とリリスに救われた命を少しでも長らえさせること、 そして『ヤミ』として覚醒するまで自分を高めること・・・それしかないことは、よく判っていた。 ただ、ボクは図書館の管理をしているだけじゃない。結構この生活は気に入っているんだ。 今のボクの楽しみの一つ・・・それは、初美とリリスの本を読むことだ。 『初美』の紅い本は、行方不明の姉に想いを寄せる妹を主人公にした小説・・・ そして、その主人公『葉月』を務めているのは・・・初美なんだ・・・。 まるでボク自身の行動を初美が再現しているかと思うと、妙に愛しい気分になるんだよ。 特に初美の演じる『あの場面』は・・・・寂しい夜、何度も利用してるんだよ・・・初美。 『リリス』の紫の本は、よくある冒険小説だった。 世界を滅ぼす力を持つという魔導書『九尾の書』、偶然その一冊を手に入れた『初美(リリスのことだ・・・)』は、 その本に封印されていた妖魔セイレンとの契約をきっかけに、彼女との冒険に巻き込まれていく。 そしてリリスに手を貸すヒーロー役はボクによく似た男性。たぶんヤミ・ヤーマがモデルなんだと思う。 こういう形でだけど、彼と結ばれて良かったね・・・・リリス。 しかも『紫の本』の主人公『初美(リリス)』は、『紅い本』で行方不明になった『葉月(イブ)』の姉なんだ。 二つの物語は密接にリンクしている。こんなときまで、仲がいいんだね・・・ちょっとだけ、嫉妬しちゃうよ・・・ その二つの小説は半分まで書き上げられていて、気が付くと物語が書き足されていたりする。 物語が完結した暁に、二人とも図書館に帰ってくることは、何となく判っていた。 ただ、それがいつになるかボクには見当も付かなかった。途方も無いあいだ待つことになるのは間違いないと思う。 これからどうなるのか、ボクには判らない。それでも、ボクは幸せだった。 だって、ここで待っていれば、いつかは初美に出会えるんだ。 そして『もう一人のボク』、リリスにも・・・ ボクは二冊の本を仲良く元の場所に収めると、 この世界を管理するために・・・・再び図書館の奥へと戻っていった。 未だ見ぬボクを探してー完ー |