ヤミと帽子と本の旅人より〜未だ見ぬボクを探して〜
作者:SOLさん
ヤミと帽子と本の旅人より〜【未だ見ぬボクを探して 第五話『贖罪』】 結局、ボクとリリスは『図書館世界』に戻ってきた。 次に訪れた『錬金術師の世界』にも、その次も、更に次の世界にもガルガンチュアは存在しなかった。 ボクは一刻も早く初美を探しに行きたかったけれど、リリスは何故か『アルカディア』にこだわった。 散々思い悩んだ挙句、リリスは突然『図書館世界』に戻ると言い出した。 ボクはリリスの考えが判らず、ただ着いて行くしかなかった。 『図書館世界』に戻ると、リリスは奥の方から一冊の本を引っ張り出してきた。 それは城の飾り絵が施された、鍵付きの古びた本だった。 「やっぱり、リリスちゃんの予想通り・・・葉月、これがお目当ての『アルカディア』よ?」 リリスはそう言うと、ボクにその本を手渡してきた。 でも、受け取った瞬間の『妙』な手触りに、ボクは思わず手を離してしまった・・・・ 「なんだ?、この本・・・・凄い力を感じる・・・」 「でしょ?、多分、奴の『ソーマ』が強すぎるせいで『アルカディア』に入れなかったのよ。」 「・・・・え?」 「ガルガンチュアの奴、人間のくせに千年以上も生きてるからね?『ソーマ』の強さだけは半端じゃないのよ。 しかも『アルカディア』は、マリエルの魂と引き換えに手に入れた、自分だけの世界・・・・ だから、彼の世界には生半可な『ソーマ』の持ち主じゃ入れないってわけ。 残念だけど、いまの葉月でさえもね?」 「・・・・・。 それと・・・・彼が居なかったのは関係あるのか?」 「多分ねぇ・・・・『ガルガンチュア』自身が『永遠の存在』に昇格しようとしてるのかな・・・・ 全ての平行世界の『ガルガンチュア』という存在を吸収して・・・」 リリスが何を言ってるのかよく判らなかったけれど、ボクにとって大した問題じゃなかった。 ボクの目的は『ガルガンチュア』でも『アルカディア』でも無い。『初美』に会う為に旅をしているんだ。 ボクは床に転がっている『アルカディア』を拾い上げて、『初美』の手掛かりを探ろうとページをめくった。 今まで見たことの無い不思議な文字が書かれていたけど、どういう訳か理解できる単語があった。 更にページを走らせてみると、数行に渡って解読できる箇所を見つけた。 そこに『初美』の手掛かりが無いことは判っていたけれど、とりあえず目を通すことにした。 <<〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・・・・この世界からお前達が居なくなって、気の遠くなる程の歳月が流れた。 五百年以上も一緒に居たというのに、果たしてお前達に何をしてやれただろうか? お世辞にも、優秀な者たちとは言えなかった・・・・ しかし今となってはハッキリ判る・・・・、お前達こそが私自身の分身であったのだ、と。 私からお前達に初めて贈ったものが『墓標』とは随分と皮肉なものだ・・・・ その分、お前達の面影を残した特製の墓標を作り上げた・・・・この世界を守る『聖なる蛙』の姿として。 『ブレン』、『ニュルジュ』、『グリュエール』・・・・ こうしてヒマワリの花束を備え、お前達に祈りを捧げるのは、もはや私の大切な日課だ。 私はジルを追い求める余り、多くの人々を不幸に陥れてきた。 リツコ、マリエル・・・・そして、お前達3人に対して・・・・そのことは、心から反省している。 だからこそ、この『アルカディア』を拠り良い世界にすると・・・・、お前達に約束する。 それが『消滅』してしまったお前達に対する、唯一の手向けだと私は信じている・・・・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜>> ボクは『アルカディア』をリリスに手渡すと、この部分を読むように促した。 「あの3人、『消滅』したと書いてある・・・」 「う〜ん・・・、アイツがマリエルを弔うのは理解できるけど、 どうして3人組まで消えちゃったんだろ?」 「ボクと・・・・、なにか関係があるのか?」 結局あれこれ思案しても、結論に到達することは無かった。 「この文章だけじゃ判らない・・・・、確かに、『アルカディア』には何かあると思う・・・ リリス、この世界に行く方法はないのか?」 リリスは待っていたかの様に、誇らしげに胸を張るとボクに向かってこう言った。 「ふふ〜ん、リリスちゃんを誰だと思ってるのぉ?、この図書館の管理者『ヤミ』なのよ? 『本』に関することで、リリスちゃんに不可能は無いわよっ♪」 「・・・・・。」 「それに・・・・愛しい葉月の為だもん。何だってしちゃうよ?」 「それは良いから・・・とにかく、この世界へ行こう。」 リリスは頷いてボクの手を握ると、いつもの様に『アルカディア』の表紙に押し当てた。 しかし彼女は深呼吸と同時に、手の平から竜巻状の膨大なソーマを練り上げると、 『アルカディア』を包むソーマを強引に抉じ開けていった。 ボクらはリリスの作った『ソーマ』の激流に飲み込まれて、文字通り『アルカディア』へと押し流されていった。 その場所で最初に目にしたのは、辺り一面のヒマワリと雲一つ無い青空だった。 周囲が黄色と青の二色で彩色されているせいか、屹立する石像が鮮やかな灰色に輝いていた。 『蛙』の石像には、それぞれ何処かで見たような面影がある。 その『墓前』で祈りを捧げているのは・・・・・ガルガンチュア。 恐らくここは、・・・・・ボクらが『図書館世界』で丁度読んでいた場面だ・・・・ 気配に気付いた彼は、祈りを中断してボクらの方へ向き直った。 「お前は・・・リリス。それに、あの時の少女・・・・確か、ハヅキ?」 ボクは無言で頷いた。リリスはいつもの調子で会話を始めた。 「久しぶりぃ、ガルガンチュア♪」 「・・・久しいな、リリス。」 「あなた、随分リツコと楽しくやってるみたいじゃない? いいわねぇ、幸せそうで・・・・、イブを追い回してた時とは、まるで別人みたいよ?」 ガルガンチュアは、リリスの冷やかしに顔色一つ変えず真顔で答えた。 「そんな過去の話は止してくれないか? 確かにあの頃の私は、どうかしていた・・・・ しかしジルへの未練を断ち切った今、私の心には一点の曇りも無い。」 確かに宇宙庭園で見たときより・・・精神的に成長している。 ボクがそう感じた矢先、彼は無意味に一回転して向き直り、 よく判らない振付けをしながら尋ねてきた。 「ところで、お前達は何故この『アルカディア』に来たのだ? まさか、未だにジルを探して旅をしているのでは・・・・・あるまいな?」 ボクは手短に旅の目的を伝えた。 『初美』のこと、『もう一人の葉月』のこと、『二つの世界の消滅』のこと・・・・ 彼はしばらく考え込んだが、やがてこう言った。 「ふむ、何か協力できそうなことが有れば良いのだが・・・・な、 残念ながら、君に似た人間の情報は聞いたことも無い。無論、ジルに関しては論外だ。 第一、そのような『ソーマ』に異常を起こす人物が『アルカディア』に紛れ込んでいれば、 まず、私が気付くはずだ・・・」 この世界にはリリスの力でようやく辿り着いた・・・『もう一人の葉月』が先に来ているとは、ボクも思わない。 むしろボクにとって重要なのは、あの『3人組』の消滅についてだ・・・それはボクにとっても他人事じゃない。 その事に触れると、彼の表情が明らかに曇った。 「詳しい理由は私にも判らない。ただ恐らく私が『ジルを諦めたから』だろうな・・・」 「・・・・え?」 「リリスは知っているだろうが・・・・彼らは、私が錬金術で生み出した存在だ。 ジルを探し出して、私の妻にするという目的の為だけに・・・・。 つまり彼らの存在を支えていたのは、『ジルへの想い』・・・・」 ボクには彼が何を言っているのか判らなかったけれど、リリスは何かを理解したようだった。 「なるほどぉ・・・、一応あの3人組も『永遠の存在』の端くれだったからね・・・・」 「・・・・・?」 「『永遠の存在』として存在するためにはね・・・、ただ強い『ソーマ』を持ってるだけじゃ駄目なの。 強い『意志』を礎にしてないと『ソーマ』を持続させられないのよ。 だから『永遠の存在』は『存在意義』を失うと、『ソーマ』を固定できずに消滅してしまうことがあるのよ。」 彼は目を閉じて、その言葉に耳を傾けていた。 少しだけ、彼の表情が穏やかになった気がした。 「恐らく、リリスの言う通りなのだろう。 私が『ジルへの想い』に見切りを付けたせいで、彼らの存在意義を無にした、ということだろう・・・」 「・・・・・。」 「消え行く彼らに『ソーマ』を注ぎ続けたが、結局、消滅は止まらなかった。 私にできる事といえば、こうやって彼らを祀ることだけだ。」 彼はボクらではなく、他の誰かに向かって話しかけていた。 ボクが宇宙庭園でこの男から感じた禍々しさは、もはや跡形も無くなっていた。 ボクはこの3人組に特に面識は無いけれど、僅かばかりの黙祷を捧げた・・・・ 「はぁ、やっぱり手掛かり無しかぁ・・・・リリスちゃん、ガッカリ。」 「・・・・・リリス、そろそろ旅の続きに戻ろう・・・・」 踵を返して立ち去ろうとするボクを、ガルガンチュアが呼び止めた。 「待ちたまえ。」 「・・・・・?」 「君にとって、『もう一人の自分』を探す旅は確かに必要なのかもしれん・・・ だが・・・・悪いことは言わない。君もジルのことは諦めた方が良い。」 「・・・・・。」 「私は数百年追い求めて、はっきり判った。・・・・彼女は誰も求めていない、無論、君のことも・・・・」 「・・・・・。」 「彼女に情熱を割くなら、君を愛する者に目を向けた方が良い・・・それが、私からの忠告だ。」 ボクは返事もせずに歩き出した。 「あん、葉月待ってよ〜、・・・・それじゃ、リツコと幸せにねっ♪」 そう言ってリリスもボクの後を追ってきた。 ボクは彼の視線が同情を帯びている様な気がして、足早にその場を後にした。 『アルカディア』を後にしたボク達は、再び『図書館世界』へ戻ることにした。 今の状況を整理するため、そして次の『世界』を絞り込むために・・・。 結局、手掛かりは何一つ無い状態・・・・フリダシに戻ったも同然だった。 『別世界へ移動する合間』は、何度経験しても馴染めないけれど、 ボクが憂鬱なのは、この『暗闇』を進んでいるからだけでは無いと思う・・・・ 「・・・・・?」 ボクは前方に小さな光が瞬いているのに気が付いた。 最初は『図書館世界への入口』だと思ったけれど、すぐに様子がおかしい事に気付いた。 何故なら『図書館世界への入口』はずっと先の方に輝いているからだ。 その『光』を横目に見ながら通り過ぎるとボクはリリスに尋ねた。 「あれは・・・、一体何なんだ?」 「さあ〜、ただの『次元の裂け目』でしょ? もしくは・・・リリスちゃん達以外の『誰か』が世界を移動しようとしてる・・・・とかね?」 ボクらがその言葉でハッとして後ろを振り向いた瞬間、・・・・・そこに『彼女』が居た。 ボクは思わず声を荒げた。 「リリス、あれはっ!!」 「あれって・・・・『葉月』・・・よね?」 ボクには『彼女』の後姿しか見えなかったけど、それがボク自身だということは直ぐに判った。 黒い長髪を三つ編みに結っている為か、ボクより少し落ち着いている様に見えた。 一本の直刀を腰にくくり、左手に黄色い球体が入った鳥籠を携えている。 そして、ボクと『彼女』の外見を決定的に違うものにしていたのは・・・『彼女』の着ている制服だった。 スカーフからスカートまで、全て『漆黒』の奇妙なセーラー服を着ていた。 いや『セーラー服』というよりも・・・・・『喪服』という言葉が適切だった。 何故なら『黒』以外の色彩が一切無い。 襟の二本線でさえ、異なる素材の『黒糸』を編み込んで作られている・・・ その徹底した『黒さ』の為か、『彼女』の肌の白さがやけに浮き立って見えた。 そうして眺めている間にも、『彼女』は暗闇の中へと吸い込まれていく・・・・ 「・・・急いで、追いかけよう!!」 ボクは体を反転させたけど、見えない圧力がボクの身体を図書館へと押し流していった。 リリスは慌ててボクを制止した。 「いま別世界に移動中なのよ? 『方向転換』なんて高等技術、まだ葉月には無理よ!」 「でも、今見失ったら、もう会えないかも知れないっ!」 「無理なものは無理なのっ。せめて『彼女』がどの世界に行くのかだけでも見定めよう?」 「いや・・・・、ここで諦めるわけにはいかない!!」 ボクは進行方向に足裏を向けると、そこに一枚の平板を思い浮かべた。ボクはその上に乗っている・・・・ 『ソーマ』にはイメージを実現する力がある、玉藻はそう言っていた。 「(だから、ボクはこれ以上落下していく事は無い筈だ。 ここを足場にして・・・・、ボクは『彼女』を追いかけるんだ!!)」 その思いに応じる様にボクの全身を緑光が覆い、途端にボクの移動速度が落ち始めた。 「ウソ・・・葉月、あなたって一体・・・・?」 更に気持ちを集中する。これ以上『もう一人のボク』と離れたら本当に見失ってしまう! ボクは刀を抜き放つと、その切先をイメージした地面に向かって思い切り突き刺した! 鈍い感触が右手に広がり、ボクの思い描いた接触面で眩い光がスパークする! その煌めきは暫らく続き・・・収まると同時にボクの相対速度はゼロになった。 「(これなら・・・・、いける!!)」 そう確信したボクは両足に力を込め、掛声と共に跳躍した。 まるで高台から水に飛び込んだ様な抵抗を振り切ると、次第にボクの身体は自由になった。 「・・・・待ってぇ、葉月ぃ!!、まだあなたには早すぎるわ、葉月ぃ・・・『彼女』は、、」 後方でリリスはそう叫んでいた。でも、そんなことに構ってられない。 『彼女』の姿は随分小さくなってしまったけれど、引き離されているわけじゃない。 このまま見失わなければ『次の世界』で合流できる筈だ。 ボクは『もう一人の葉月』の背中を遠目に見ながら、暗闇の空間をどこまでも落下していった。 第六話『対峙』に続く |