ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

ヤミと帽子と本の旅人より〜未だ見ぬボクを探して〜
作者:SOLさん

ヤミと帽子と本の旅人より〜【未だ見ぬボクを探して 第四話『安息』】


宇宙庭園に着いたボクらは、まず玉藻の部屋を訪れた。
以前の騒々しい状況と違い、玉藻とメイドが二人で静かに杯を交わしていた。
玉藻はボク達の姿を見ると、虚ろな焦点を定めてこう言った。

「なんや、珍しい客が来とるなぁ・・・・
 ま、誰でもええ。こっち来て酒の相手、してくれへん?」
「・・・・ボクは未成年だよ。」
「そないな固いこと言わんでも、一杯くらいええやろ?」
「・・・・・」

ボクは無視して彼女に歩み寄ると、この世界を訪れた目的を伝えた。
彼女は眉一つ動かさずに、静かに聞き入っていた。

「なるほど、そら面倒なことになったな・・・」
「・・・貴方なら、何か知ってると思って此所に来たんだ。」
「悪いけど、ウチかて何でも知ってるわけやあらへん・・・」

幾つか質問を重ねたけど、手掛かりは何一つ得られなかった。
彼女なら何かを知っている、そう思っていたボクはすっかり当てが外れてしまった。

「・・・・リリス、行こう。時間の無駄だったみたいだ・・・」
「そーみたいね・・・・
 まあ、いきなり見つかったら苦労しないんだけどね〜」

一方的に別れを告げて障子に手を掛けたとき、彼女は背後からボクを呼び止めた。

「待ちぃや。・・・・まだ、ウチの話が済んどらん・・・」
「・・・・?」
「アンタ、まだ『初美』を追いかけとるんか?
 ボチボチ諦めて、潔く『元の世界』で暮らしたらどうや?」
「・・・どうして?」
「そうやって手に入らんモンを、一途に追いかけてるアンタが不憫に思えてな・・・・
 ウチの力ならアンタの記憶、カンペキに消去することが可能や。
 そうすれば、『初美』のことは綺麗さっぱり忘れて、元の世界で安らかに暮らせる・・・・。
 どや、悪い話やないやろ?」

「・・・・断る。」ボクは即答した。

「・・・何でや? 初美はアンタに別れを告げたんやないんか?
 気の毒やけど、今更彼女が振り向いてくれるとは思えへんけどな・・・・」

ボクは言葉を失った・・・・その言葉はボクの不安を正に言い当てていたからだ。

「・・・・・確かにそうかもしれない。初美は・・・もうボクを見ていないかもしれない。
 それでも・・・・ボクには『初美』への想いが止められないんだ。
 例え貴方の力で記憶を消しても・・・・ボクはきっと思い出してしまう、そんな気がする・・・」

玉藻は身動ぎ一つせずボクを見つめていた。

「それに、この旅は『初美』を探すことだけが目的じゃない・・・・
 どうしてボクが、こんなにも『初美』を求めているのか・・・・
 『初美』という存在はボクにとって何なのか、それを探す旅なんだ。
 ・・・・・だからボクは旅を続けるよ。」

玉藻はボクを暫く見つめた後、杯の酒を飲み干して言った。

「そこまで言うなら、もう止めへん・・・気の済むようにしたらええ・・・
 アンタの気持ちに整理ついたら、いつでも此処に来たらいい・・・・」
「・・・・・ありがとう、気持ちだけ受け取るよ。行こう、リリス。」

ボクはリリスを促して、この世界を立ち去ろうとした。
しかし、リリスは何か腑に落ちない様子で玉藻に問いかけた。

「そういえば・・・・、ガルガンチュアの手下達はどこに居るの?」
「・・・ん?、あの3人組なら、もうこの世界には居らんで?」
「居ない?」
「元の場所に戻ったんや・・・・何なら自分の目で確かめたらどうや?」

玉藻の目が、無言でボクに障子を開くように語りかけていた。
だけど、ボクは『異世界に繋げる方法』なんて知らなかった・・・

「・・・・・・どうすれば良いの?」
「イメージするんや、自分が見たい世界、行きたい世界をな・・・・」

ボクは、この宇宙庭園で初美を奪い合った相手、ガルガンチュアの姿を思い浮かべて障子を開いた。

そこには一面のヒマワリが咲き乱れる風景が広がっていた。
青天に突き刺さりそうな居城の袂で戯れている男女の姿が見える。
「あれ、ガルガンチュアとリツコよ。随分、幸せそうねぇ・・・・」
リリスは二人の様子に目を輝かせていた。

そして玉藻は・・・・、意外そうにボクを眺めていた。

「ふーん、まさかホンマに異世界を開くとはな・・・・普通の人間には中々できんのに・・・」
「・・・・・?」
「アンタ、『ソーマ』の使い方が上手なんやな・・・・ほな、特別に教えたるわ。
 『ソーマ』っちゅうエネルギーはな、アンタの『想い』を具現化する特性があるんや。
 だから次元の裂け目を作ったり、ナイフを刀に変えたりできるわけやな。
 その『想い』が強い程、より大きな力を生み出すことできる・・・『世界』を作ることもな・・・」
「・・・『世界』?」
「例えばや・・・・今、リリスが覗いてる『アルカディア』は、ガルガンチュアが作り上げた『世界』や。
 マリエルちゅうお姫様の魂を代償にして手に入れた『ソーマ』を使うてな・・・・。」

「『ソーマ』で・・・・『世界』を造る?」

「そうや。更に言えば『図書館世界』もヤミ・ヤーマが莫大な『ソーマ』で、無から作り上げたんやで? 
 アンタの追い求める『初美』と、そこに居る『リリス』も同様にな・・・」
「・・・・・。」
「だから、アンタにそれ以上の『ソーマ』が有れば『図書館世界の法則』を打ち破ることも可能なわけや。
 更に、アンタだけの『初美』を作ることも可能やで?
 ま、人間の限られた『ソーマ』で、ヤツを超えるなんて到底無理な話やけどな・・・、よく覚えとき。」
「・・・・・・覚えておくよ。」

向こうの世界に夢中になっていたリリスが、唐突にボクらの会話に割り込んできた。

「ねぇ葉月ぃ、この『アルカディア』に行ってみようよ?」
「・・・・どうして?」
「特に理由はないけどぉ、ちょっと気になることがあって・・・・」
「気になるって・・・?」
「ガルガンチュアも葉月の様に旅を続けて、この世界に落ち着いたじゃない?
 何か手掛かりが有るかもしれないよ?」
「・・・・判った、行ってみよう。」

ボクらは玉藻に別れを告げて、『アルカディア』へと降り立った。



既に周囲は夕闇に包まれようとしていた。
一面の向日葵は、夕日で山吹色に染まり先程とは違う趣を見せていた。
ボク達は丘の頂上に聳える、古びたレンガ造りの教会目指して歩みを進めていた。
急がないと日が暮れてしまう・・・・その前に。

「葉月、速いよぉ、もう少し待ってくれてもいいじゃない〜」
「・・・・・・」

甘えるリリスを尻目に、ボクは歩速を引き上げた。
しかし教会へと辿り着く前に、目的の女性が向日葵の中に佇んでいるのを見つけた。
エプロン姿の家庭的な女性・・・それはリツコだった。

「あなた達は・・・・誰?。この孤児院に何の用かしら?」

リツコはボク達を見つけると、少し警戒して問いかけてきた。
ボク達の・・・、特にリリスの格好を見れば、それは仕方ないことだけど・・・

「ボク達は・・・『もう一人の・・・」
ボクがそう言いかけた時、リリスが横から割り込んできた。

「リリスちゃん達は、この娘、葉月の生き別れの『姉』と『妹』を探して旅しているの〜。
 この周囲で見かけた人が居ると聞いてここに来たんだけどぉ・・・何か知らない?」

リリスの嘘は効果的に働いたようだった。リツコは少し警戒を解いた様だった。
確かに普通の人間に『もう一人の葉月』について説明しても、理解されるはずも無かった・・・

「それは大変ね・・・・、何か手掛かりは無いの?」
「・・・・ボクに瓜二つのはずなんだ。」
「え?」
「双子の妹と、お姉ちゃんを探して旅してるんだ・・・・。
 お姉ちゃんの特徴は良く覚えてるけど・・・・、双子の妹の姿はよく知らないんだ。」

リツコは、暫く考えた後ボクに教えてくれた。
「ごめんなさいね・・・幼い頃から此処で暮らしているけど、
 貴方に似ている人を見かけたことは無いわ。」
「そう・・・、それなら初美を、お姉ちゃんを知らないか?」

ボクは初美の特徴を説明した。

「・・・・ジルのことかしら?
 特徴を聞けばそっくり。でも、それは十年以上も前の話よ・・・
 彼女は消えてしまったの、ある日突然・・・・」
「・・・・。」

「残念だけど、お役に立てそうも無いわ。ごめんなさいね。」
「・・・・気にしないで。ありがとう。」ボクは、お礼の言葉を述べた。
「ところで、ガルガンチュアは何処に居るの?」リリスは彼女に問いかけた。

「・・・・? ガル・・ガンチュア? それも、あなた達の家族なの?」
「・・・え?、あなたの・・・・大切な人じゃないのか?」ボクはリツコに言った。
「いいえ、初めて聞く名前よ・・・、でも、良い名前ね。
 生まれてくるこの子が男の子だったら、そんな名前にしたいな・・・」

リツコは少し膨らみ始めた下腹部を摩りながら呟いた。
教会の方からリツコを呼ぶ声が聞こえる。
頑丈な体躯をした朴とつな神父が、彼女に手を振っていた。

「主人が呼んでるから失礼するわ。お姉さん達、見つかるといいわね。
 それじゃ・・・・」
そう言うとリツコは行ってしまった。
ボクとリリスは、呆気にとられて向日葵の中に取り残されていた・・・・

「・・・・どういうこと?」
ボクはリリスに問いかけた。リリスも狐に摘まれた様だった。

「ここ『アルカディア』じゃないみたい・・・」
「・・・え?」
「理由は判らないけど、何故か別の世界に来てるみたい・・・・。
 恐らくガルガンチュアが元々居た『錬金術の世界』の一つね。」
「そんな・・・、さっき『宇宙庭園』から二人の姿が見えていたのに?」
「途中で進路を間違えたか・・・、無意識にこの世界を選んだのか・・・どちらかね。」
「・・・どうして?」
「どうしてかな〜?、でも取り合えず、もう一度『アルカディア』を目指そうよ?」
 
リリスは微笑を浮かべながら、ボクを見つめ返していた。
夕闇がボクとリリスの頬を琥珀色に染め上げていた。
ボクは得体の知れない何かが、ボクの周りで起こり始めているのを感じていた・・・


第五話『贖罪』に続く

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