ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

ヤミと帽子と本の旅人より〜未だ見ぬボクを探して〜
作者:SOLさん

ヤミと帽子と本の旅人より〜【未だ見ぬボクを探して 第三話『矛盾』】


『もう一人の葉月』・・・・初美の存在を知らない平行世界のボク・・・
その存在がボクの運命を狂わせ、初美は彼女を追っている・・・・・

『図書館世界』に戻ったボクが、リリスから最初に聞いた説明だった。
もちろんボクに理解できるはずも無い・・・・

「・・・・よくわからない、『もう一人のボク』って一体・・・?」
「そーね、いくら葉月でも直ぐに理解できないわよね・・・
 それじゃ、何処から説明しようかなー。
 ・・・やっぱりぃ、宇宙庭園でリリスちゃん達と別れてから、かな〜?」
「・・・・任せるよ。」
「それじゃ、立ち話も何だしぃ・・・・、こっちよ葉月。」

リリスはボクをアンティック調のテーブルへ誘うと、愛用の帽子を傍らに置いて、
ボクに紅茶を用意をしてくれた。
不思議な気分だ・・・
数時間前、姉妹として暮らしていたことが随分昔に思える・・・

「それじゃ、まず宇宙庭園から別れた後のお話。ここから説明しないと話が始まらないもん。
 そもそも、葉月を宇宙庭園から元の世界に送り届けなかったことが発端なんだしぃ・・・・」
「・・・・何、言っててるの?
 ボクは元の世界に居たじゃないか・・・」

「そーお?、あの世界にイブの痕跡があった?」
「・・・・・いや、無かった。」
確かに、ボクの住んでいた世界には初美の写真一枚すら残っていない。

「当然よ、だってあの世界は『初美の存在しない世界』だもん。
 全世界、全時間帯の何処を探したって『初美』って人間は存在しない、そういう世界よ?
 そして葉月が元々住んでいた世界は『初美が消えた世界』なの・・・・」

「・・・それじゃ、ボクは元とは違う世界に戻ったってこと?」
「そう、それもこれも、ぜーんぶ、イブのせいなんだからねっ!
 あの時、イブが責任持って葉月を送り届けていれば、こんなことにはならなかったんだからぁ!」
リリスはそう憤っていた。

宇宙庭園で初美たちと別れた後、ボクは別世界へと戻ってしまった、
それは理解できた。
でも・・・・

「・・・それが、初美とボクに何の関係があるのさ?」
「あるに決まってるじゃない〜
 だって、あなたイブの・・・・『初美』の記憶を残したままでしょ?
 世界に存在しない人間の記憶を持ってるなんて、変だと思わない?
 それに、元々『初美が存在しない世界』に居るはずの『もう一人の葉月』は何処へ消えたと思う?」
「・・・・・そんなこと、判らないよ、ボクには・・・」

しばらくボクとリリスは無言で見つめ合っていた。
ボクは適切な言葉を探してみたけど、それが返ってボクの口を重く閉ざした・・・

「・・・・・。
 そーね、『もう一人の葉月』の行き先なんて判るはずも無いわ・・・
 『イブと出会っていない』葉月が移動能力を身に付けたとは考えられないしね・・・
 だから、今何処でどうしてるのか見当も付かないのよ・・・・
 それでイブは、『もう一人の葉月』を探しに行くって出て行ったきり戻らないんだからっ!!
 無責任にも程があるわっ、ぷんぷん!!」

・・・初美は、『もう一人のボク』を追っているうちに行方不明になった・・・・
何だか複雑な気分だ・・・、ボクがあれ程追いかけても捕まらなかった初美・・・
その初美が『もう一人の葉月』を追いかけている。(そしてボクもこれから初美を追いかける・・・)

初美に追われていると思うと何だか嬉しい気がする・・・
でも『もう一人のボク』に嫉妬を覚えてしまう・・・同じ人間なのに。

そもそも、初美を知らないボクが存在するなんて、ボクには考えられない。
ボクから初美への想いを取り除いたら、一体どんな『ボク』になるんだろう・・・
記憶を封じられたボクに似ているのか・・・・わからない・・・
会ってみたい、『もう一人のボク』に・・・

「・・・『もう一人のボク』がいないこと、初美がいないこと・・・、それは理解できた。
 でも・・・・ボクの記憶を封印したのはどうしてさ?」

「ああ、そっちの説明をしてなかったわね。
 それは・・・世界に『矛盾』が発生するからよ。」
「・・・・『矛盾』?」
「そうよ〜、だって変だと思わない?
 世界の何処を探しても『初美』は存在しないのに、
 葉月は『初美』の記憶を持っている、それも・・・・飛びきり強烈な愛情で・・・」
「・・・・・。」
「世界は葉月が考えている以上にデリケートなの。
 だから、些細なきっかけでも世界の有様に大きく影響してしまうのよ。
 葉月の記憶で引き起こされる『矛盾』、それが世界を変え始めていたのよ・・・」

「・・・世界が変わる?」

「そうよ〜。『初美の居ない世界』から『初美が消えた世界』にね。
 つまり、元々の『初美が消えた世界』と新しい『初美の消えた世界』の
 2つが出来上がってしまうのよ・・・・だからイブは葉月に接触して記憶を封印したのよ。
 どう?、これで理解できたでしょ?」

それは・・・ボクが想いを遂げた夜・・・・のこと?
ボクの唇に・・・・今でも初美の感触が残ってる・・・・・・・、
でも・・・

「・・・・・いや、判らない・・・
 同じ世界が2つ有るなんて・・・・、想像できないし・・・
 一体、何が問題だっていうのさ・・・・?」

リリスはポンと掌を叩いた。
何かを把握したようだが、ボクは依然として理解できないままだ。

「そっか〜、葉月はこの『図書館世界』の『法則』を知らない筈よね・・・
 まあ無理も無いか・・・・」
「・・・・・・?」
「この『図書館世界』を作ったのが、ヤミ・ヤーマだってことは知ってるよね。」
「・・・うん。」
「ヤミ・ヤーマがどういう意図でこの世界を作ったのか、今となっては判らない・・・
 ただ、この世界を創造する際、世界を管理する為に幾つかの『法則』を定めたのよ。」
「・・・・法則?」
「現実世界でいう物理法則・・・・例えば重力みたいなものよ?
 決して逆らうことのできない決まり事・・・」

重力・・・・地球上全ての存在を支配している重力という『法則』・・・
その力は絶対的で、『法則』を無視すれば自らを滅ぼすだけだ・・・・
この世界にも、そういった『法則』が存在する・・・

「そして、その一つに『同じ内容の本は二冊以上存在できない』という『法則』があるの。
 2冊以上存在する本は、統合されるか処分されるかどちらかなの・・・・
 ここ、仮にも図書館じゃない? 無限の広さを持ってるから管理するだけでも
 一苦労なのよ・・・、だからヤミ・ヤーマがそう決めたと思うんだけど・・・・・」

「・・・だから『初美が消えた世界』が2つ存在できない・・・・というのか?
 そして、ボクの世界が処分されないように、初美の記憶を封じた・・・・」
  
「そう!、さすが葉月、頭いい〜。リリスちゃん、また惚れ直しちゃった・・・」
「・・・・・・」
「でもね、いきなり『本』自体が処分されることは滅多に無いわよ?
 通常『法則』は、同じ内容の本を一冊に纏める様に働きかけるの・・・・
 極端な『矛盾』が無い限りね・・・・」
「・・・・ボクの記憶が、それほど矛盾しているのか?」

「違うわ。その『矛盾』というのは・・・、『もう一人の葉月』が居ないこと・・・」

「・・・・もう一人のボク?」
「そう、今2つの世界は葉月を基準にして繋がりかけている・・・・
 でも、鍵となる『もう一人の葉月』が行方不明の状態でしょ?
 だからイブは、『もう一人の葉月』を探してるの・・・・」
「・・・・・。」
「仮に、彼女か見つかったとしても、
 2つの世界が融合するか、それぞれの世界に独立するかは、リリスちゃんにも判らない・・・
 ただ、これだけは言えるわ。『もう一人の葉月』が見つからなければ、
 やがて2つの世界は『法則』によって処分されるわ。
 葉月ごとね・・・」

「・・・・・一つ、判らない事がある・・・・
 だとしたら、ボクの記憶を封印しておけば『矛盾』は起こらなかった・・・・」
「元々そういう計画だったのよ。それがイブの致命的なミスで全部パァになったのっ!!」
「・・・・?」
「だって記憶を封印したにも関わらず、葉月は次第に『初美』の記憶を取り戻してたじゃない?
 『初美』という名を聞くと湧き上がる感情、それが『記憶』の正体よ?」
「・・・・・そう、だったのか・・・・」
「イブったら、ソーマが有り余ってるくせにこういう時にケチるからね〜
 それとも、葉月の精神力を甘く見てたのかしら・・・・
 ともかくイブの封印が弱かったお陰で、
 葉月は記憶を取り戻しかけて、2つの世界が消滅しそうになってるのっ!
 おまけに肝心な時に行方不明になっちゃうし、本当に役に立たない妹よね〜」

「・・・リリス、君は何のために『初美』を演じてボクに接触してきたの・・・・?」
「それはね〜、葉月を少しでも『永遠の存在』に近づけておく為よ。」
「・・・・『永遠の存在』?」
「そう、リリスちゃんやイブ、あとアーヤとかが、そうなんだけど・・・・
 特定の世界に縛られず自由に行き来できる高位の存在をそう呼ぶの。
 『永遠の存在』は世界がどうなっても関係無いからね〜」
「・・・・・・。」
「ただし『永遠の存在』で有り続ける為には、それ相応の力が必要よ?
 その力の根源は、リリスちゃん達のもつ『ソーマ』・・・・」
「・・・初美が消えるときに発した・・・あの光・・・?」
「そうよ、あの光を浴びた葉月は、一時的に『永遠の存在』に近づき、世界を移動することが可能になった・・・
 でも、自分でソーマを作れなければやがては枯渇してしまうわ・・・
 だから、リリスちゃんが側に居て、少しずつソーマを注ぎ足していたってわけ。
 『永遠の存在』のままなら、世界が消滅しても葉月だけは生き残れるかもしれないじゃない?」
「・・・・・・。」
「それにイブが行方不明で打つ手がないなら、不安定な葉月の記憶を取り戻した方が何かと便利じゃない?
 ここから『ソーマ』で強引に記憶操作しても良かったんだけど・・・
 世界のバランスを更に崩すことになるしね・・・・・それに・・・」
「・・・・それに?」
「・・・今度こそリリスちゃんのこと、愛してくれるかなって、思ったの・・・・」
「・・・・・・」
ボクとリリスの間に再び沈黙が流れた・・・

「・・・・・話は大体わかった。
 ボクが初美の記憶を持ったまま別世界に居たせいで、バランスを崩した世界ごと消えかけている・・・・
 それを防ぐために、初美は『もう一人のボク』を探して行方不明になり、
 リリスはボクを救うために『初美』を演じて、記憶の封印を解いてくれた・・・・」
「そうねー、簡単に言うとそうなるわ。」

「そして、ボク達がやるべき事は・・・、行方不明の『もう一人のボク』を探すこと・・・
 そうすれば自然と『初美』の居場所に行き着くから・・・」
「まぁ、そういうことになるかな〜」
リリスは、満足げに答えた。
「でもぉ・・・、ここでイブの帰りを待つこともできるのよ?
 そうすれば、リリスちゃんとずっっっと一緒に居られるしぃ・・・・」

・・・・・。
いや、今回の旅の目的は『初美』だけじゃない・・・
もう一人のボク、『初美を知らない葉月』を探すこと・・・・
ボクは、『ボクが初美を愛している理由』を知りたかった。
『今のボク』と『初美を知らないボク』を比べれば、初美を愛する理由が判るかもしれない・・・・

「・・・リリス、そうと決まれば、急いで出掛けよう。」
「やっぱりそう言うと思った。
 もう少し葉月と二人きりで居たかったのになぁ・・・
 まあいっか、それじゃ、まずは何処にいこうか?」

ボクの脳裏に幾つか候補が挙がったが、どれもピンと来なかった。
するとリリスから申し出があった。

「とりあえず『宇宙庭園』に行ってみよっか?」

意外な提案だったが、初美を見つけた場所だ、可能性は高い・・・・
それに、あの玉藻の前なら・・・・何か知っているかもしれない・・・・
ボクは無言で頷いた。

そしてボク達は、図書館世界を後にし宇宙庭園への旅路を急いだ。

第四話『安息』に続く

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