ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜
作者&イラスト:こずみっくさん
世界の交叉路の上で#9 |
ボクはただ目を見開いた 動いたのは同時。 踏み出す音が見事に重なった。 葉月は刃先を後に下げ、影は右手を腰に構えた。 一瞬にして間合いは消えた。 刃は横に一閃し、手は、抉るように突き上がる。 ガンッ 互いの攻撃を弾き返し、ソーマの光が火花のように迸った。 その反動に、腕が微かに痺れる。 葉月は左手を柄頭に添え、間を置かずに閃光の刃を繰り出した。 影は瞬時に凝縮されたソーマを盾のように展開し、それを弾き、空いた片手を葉月の腹部へ叩き込む。 葉月は弾かれると同時に身をひねり、肩から影の死角へ滑り込んだ。 影の打撃は空を突き、葉月はそれを感覚で感じ取りながら、横殴りの刃を斬りつける。 刀身は、影の脚を捉えた。しかし、刃は、その骨身を経つことなく鈍く、重い手応えを返した。 葉月は驚きに目を瞠り、刃を喰らい尚無傷の黒衣を凝視した。 しかし攻撃はきいたらしく、影の体勢はぐらりと揺れた。 葉月は、叩き付けた刃を引き戻し、両手で再度閃光を放つ。影は不安定な姿勢から手を振り上げかろうじで太刀を弾くと、僅かに腰を落とし、踏みこたえた。 葉月は即座に体勢を整えると、太刀を上段に振りかざし、真一文字に一閃する。 影は、右肩を引き、左手でその刀を横にいなした。葉月は流れた太刀をにぎり直し、さらに深く踏み込むと、そのまま伸び上がるように斬り込んだ。 影は素早くのけぞり、ソーマの纏う手を駆使し、天に振り切られた刀身をさらに上へ弾き飛ばす。 刀が、重力を無視するかのように高々と舞った。 葉月がバランスを失い、たたらを踏む。 刀は放物線を描き、葉月の遙か後方で乾いた音を立て落下した。 葉月は咄嗟に距離を取り、目尻で刀を捉える。 −−−−−−−遠い・・・ 葉月の目もとに、僅かな焦りが滲む。 影がそれをあざ笑うかのように佇む。 葉月の視線の先、影は軽く腕を振った。 手に纏う光は目に残像の線を遺した。 しかし、それは消えず、逆に徐々に形を成し、実体化していく。 それは、光の刃となった。 葉月は、唇を引き締め身構えた。 影が動いた。 フードに隠れた視線が葉月を射抜く。 影が、ソ−マの刃を頭上に翳し、葉月は後ろに身を捌く。 その動きに遅れた制服のスカーフが、斬り掛かるソ−マの刃に捕えられ、二つに割けた。 葉月は一瞬で身を屈め、腕を振り抜いた影のみぞおちに蹴りを繰り出す。−−−が、 パンッ 何かに攻撃を弾かれ、カウンターのように葉月の体制を崩した。 傾く葉月の視界に、影の前に突き出された片方の手を、認めた。 脚打は、それに防がれた、と葉月は認識した。 葉月は倒れ、背をうった。下が絨毯だった事が幸いし、ダメージは少ない。 しかし、状況は好ましくない。 無防備に倒れた葉月を影が睥睨する。 葉月は全身に冷や汗を感じた。 「−−−−−−葉月っ!」 唐突に、離れた場所から聞き慣れた良く通る声がした。 次の瞬間。 ガキィン 耳もとで金属の堅い音。 葉月の冷や汗は一気に氷結した。 目を遣ると、鏡のように自分を映す、銀の刃が。 あと、数cmの差で刺さっていたのは葉月だろう。 葉月は、助けるためとはいえ、刀を投げたリリスを内心ででなりつつも、素早く身を起こし 刀の柄を握った。 影もさせまいと、ソーマの覆った手を伸ばす。 葉月はそれよりも早く、この瞬間の何よりも早く、刀を引き抜いた。 「−−−−−はっ!」 鋭く呼気をのせ、太刀を閃かせ、切っ先を突き出す。 刺突は、影の手をすり抜け、その胴を鋭利に貫いた。 背から、刃先が突き出す。 同時に、影の手からソ−マの刃が散った。 刺したその衝撃で、フードが衣擦れ音を立て、おちる。 その顔が、微かな明かりのもと、露になる。 葉月は目を見開いた。 −−−−−−知ってる その体から、ソ−マが溢れ、散ってゆく。 ーーーーーーボクは、知っている それはまるで、沢山の螢が光を灯し、飛び立つかのようだった。 ーーーーーー一度だけ、会った・・・。 美しかった。 ーーーーーーー名は、確か・・・ーーー 散り行く螢が数を増す度、その姿は薄れ、刺した刀は徐々に重みを思い出す。 ーーーーーーーガルガンチュア ピシッ 何かに亀裂が走るような音が遠い意識の彼方から聞こえた。 葉月は、ただ瞳を大きく見開いたまま動かない。 体が、鉛を飲んだかのように重く、動かない。 刹那 目の前のステンドグラスが、粉々に砕け散った。 盛大な音と破片が、石造りの床を叩く。 それが、口火を切ったかのように、建物が、周りの景色が、世界が、崩壊をはじめた。 太刀は支えを失い、葉月の手から滑り落ちた。 甲高い音を立て、刀は床に跳ねた。 景色は止まる事無く瓦解する。 一つの世界が、図書館から姿を消した。 “理想郷”アルカディアは、図書館から姿を消した。 瞼を開けた。 どれくらいそうしていたことだろう。体に力が入らない。 冷たく硬い感触のする床に横たわったまま、何もない天井を見上げていた。 そこには、深い穴が空いたかのように暗く何もなかった。 葉月はのろのろと身を起こす。 見覚えのない、部屋だった。 壁は、煉瓦造りになっており、見る限りそれは弧を描いていた。 首を巡らせ、それが葉月を中心に囲むように円を形取っていることに気づく。円形の部屋だ。 壁に使われている煉瓦は、葉月の見知ったものに比べ、赤味が無く、茶色味が強かった。それどころか、黒ずんで見える。 その部屋には、無数の扉があった。 等間隔を置き配置された扉は、固く閉ざされ、外の様子は窺い知れない。 葉月は、ふらつく体を何とか立ち上がらせる。すると、立ち眩みがし、無意識に額に手を当てた。 目眩の波が去ると、葉月は再度周囲を見回した。 何度見ても目になれない物ばかりだ。 葉月が、扉のひとつへ向かおうと、脚を進めると、靴に何かが当たった。 葉月が目を落とすと、それはあの刀だった。 見慣れない物の中で、馴染んだ物を見つけたことで、少なからず安堵した。 他にすることも思いつかないので、未だ重い腕で、それを拾い上げる。 「間に合わなかったみたいだね。」 何の前触れもなく、闇から声が降ってきた。 葉月は、しばし目を巡らせるがその声の主は見つからない。 しかし、姿は見えないが誰かは分かっていた。 挨拶も無しに話し掛け、彼は続ける。 「そうじゃなくちゃ、今ここに君はいないからね。」 葉月は、目の前にある疑問を投げかける。 「ーーーーーここは?」 鳶色の肌と、銀髪を持つであろう少年はいった。 「ここは、交ざり合う世界。・・・いや、世界の交叉路と言うべきかな。」 「世界の・・・交叉路・・・。」 葉月はその言葉を反芻した。 |