ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜
作者&イラスト:こずみっくさん
世界の交叉路の上で#6 |
澄んだ青空 それも霞目ではまともに見る事も叶わない 長い とても長いレールが 今 絶たれようとしている それがはっきりとみえる 覚悟の上に成り立つ 穏やかな気持ち そこには 一本のとげが刺さっていた 本当にちいさな ちいさな痛み いちどくらい“りょうおもい”になりたかったな・・・ 薄れ 霞む意識の中で ぽつりと呟く それが声となって空気を揺らすことは無い それさえも もう 叶わない そう思い 堕ちてゆく感覚に身を沈めた いずれ 消えてしまう “彼”は どんな気持ちで消えたのだろうーーー? このまま沈み続ければ解るだろうか このまま消えてしまえば、“彼”に会えるだろうかーーー・・・ もう薄い影のようにしか見えない景色 もう見ることもないであろう景色が 唐突に 裂けた 空に生まれた奇妙な裂け目 そこからこぼれ落ちる 青白い光が 雪のように降りそそぐ それは夢のように儚く 美しかった しかし そんな景色も霞む瞳には届か無い うつるものは 朧月のように輝くその裂け目 暖かい 幽かに しかし確かに そう感じた 美しむ猶予も無い そんな中 とても懐かしく 愛しい気持ちに包まれていた 再び斬りかかる。 また足下をとられまいと意識し、低い姿勢から横なぎに繰り出す。 振り抜き、すぐに手応えがないと感じると続けざまに太刀を振るう。 フードは最低限、最小の動作のみでその軌道から逃れていく。 連撃が かすりもしない。 横に流れた太刀を閃かせ、さらに身をかがめると膝元へ叩き付ける。 コートの裾が音も無く舞う。耳もとを何かが掠め、同時に肩を軽くたたかれたような感触を受ける。 −−−ザッ 背後で地の擦れる音。 葉月の背筋に痺れるような感覚が走る。 気が付くと身をかがめたまま、無我夢中で地を蹴っていた。 その直後。数瞬前まで葉月がいた場所を、フードの脚が抉った。 飛んだ状態から葉月はとっさに手をつき、背を転がし衝撃を殺すと、その勢いで身を起こす。 そして見据える。 その先でフードが、ゆっくりと立ち上がった。 葉月は、フードが自分の肩を支点に頭上を飛び越え、背後に回ったのだと気付く。 自分の軽率さに苛立つ。 下を取られまいとして、頭上をやられた。 何故こんな事に頭が回らなかったのか。 苛立ちと焦りが胸を締め、余裕を蝕む。 葉月は、感情に駆られフードの懐に、ぶつかるように踏み込んだ。 その瞬間、フードの動きが止まった。 即座に太刀を翻し、間髪入れずに切っ先を突き出す。 「−−−!?」 しかし、かえってきたのは硬い手応え。 フードは突き出した掌で葉月の刃を防いでいた。その掌と太刀の間に、ソーマが盾のように展開されている。 フードのもう一方の手がコートから抜き出され、その手には見る間にソーマが凝縮されていく。 それを目尻で捉えた葉月は、反射的に腕を引く。 ドォン 重い衝撃が、ガードに構えた腕を押し戻した。 葉月の体が軽々と吹っ飛ぶ。 一瞬、浮遊感が身を包む。次の瞬間、夢から覚ますように背を地面に激しく打ち付けた。 その弾みで、肺の空気を吐く。 直後、体が地面に押さえ付けられる。 葉月が瞼をこじ開けると、そこには馬乗りになり、腕を振り上げるフードの姿があった。 戦慄が駆け巡る。葉月は咄嗟に刀を持ち上げた。振り下ろされた腕を葉月の刀身が受ける。 耳鳴りにも似た音が辺りに広がった。 フードのソ−マが、刀の纏うソーマとぶつかり合い、バチバチと激しく爆ぜる。 しかしフードが力を弱める気配は無く、葉月にのしかかる力は徐々に力を増す。腕の筋肉が、至大に痙攣を始める。その重さに、葉月は奥歯を噛み締めた。 次の瞬間、鼓膜を刺すような破裂音と共に、刀に再び衝撃が叩き付けられた。 葉月が思わず腕の力を緩め、同時にフードは後方へ大きく飛び退く。 葉月はその隙に体のバネを使い立ち上がり、刀を構える。 据えた刀身にフードの姿が重なる。 フードは掌の上で、ソ−マを、剣呑に踊らせていた。 その片腕を、天へ振りかざす。 緊張が電流のように走る。葉月は警戒に身構えた。 フードはその腕を、そのまま光が線を引く程の速さで 地面に叩き付けた。 鈍い爆音がし、腕からソ−マが地を這うように拡がった。 刹那 砂塵が煙りのように一斉に舞い上がった。 「−−−−!?」 葉月は腕で目もとをかばう。 一瞬にしてフードは砂塵にかき消された。 −−−−目くらまし−−−−!? 葉月は必死に視界を巡らせる。しかし、砂塵は意思を持っているかのようにそれを阻んだ。 風に流され砂塵が去ると、そこには 何も無かった。 ゆっくりと思考が冴える。 −−−−逃げられた−−−・・・ ようやくそこに思い至る。途端に身体の芯がごっそりと抜け落ちたかのように、膝をついた。 刀を力無く地面に刺し、それにもたれ掛かる。 そしてせきを切ったかのように、激しく呼吸をくり返す。 張り詰められていた空気が音を立てて切れた。それは自分が驚く程緊張していた事を自覚させた。 肩が絶えまなく上下する。動悸が指先までじわじわと伝わった。 俯いた顔は目を見開き、意味も無く地面を凝視している。 頭が真っ白になり、肺は酸素を求め、痙攣するように震える。 吹き出す汗が、ぼたぼたと滴り、雨のように地面を湿らせた。 己の喘鳴の音だけが耳を占める。 葉月は何とか面をあげた。 目だけを動かし、視線を彷徨わせる。 不意に目を留める。その先にリリスの姿があった。 刀を頼りに、よろよろと立ち上がる。ひどく目眩がした。 葉月は、危なげ足取りで、リリスへと歩み寄った。 「ーーー!」 最初に目に入ったのは、艶めく黒髪。 それが、躍るように揺れる。 「ーーー!ーーー!」 次に見たのはその瞳。 空を映したような、空そのもののような、澄みきった青色。 「ーーー!ーーー!ーーー!」 月のように輝く肌。細身の体躯。 「ーーー!−−−!ーーー!−−−!」 凛然と引き締まった顔立ち。 険しく寄せられ柳眉。 忙しく開閉する口元。 「−−−−−−−!」 遠い記憶が呼び起こされる。 ヤミ・・ヤーマ・・・・? 唇を動かすが、言葉にならない。 「−−−−リリス!」 何度目かの言葉が、ようやく耳に届く。 リリスは瞬く。 「−−−葉月−−・・・?」 頭が混乱する。次々と疑問が脳裏に飛び交う。 彼女は記憶を封印された筈では無かっただろうか 彼女は本を渡れない筈では無かっただろうか そして−−−自分は死んだ筈では無かったのだろうか 「−−−どうして・・・?」 奇しくも、数日前自分に問われた言葉を問い人へ返す。 「・・良かった・・・」 葉月は深い安堵を浮かべた。リリスは疑問符を浮かべる。 「何で私、生きてるの・・・?」 葉月は、僅かに困惑を浮かべ、首を振る。 「・・・分からない」 何と言えば良いか判らず、言葉を濁す。 「−−−−あ」 不意にリリスが目を見開く。 「イヴ!イヴは!?」 葉月に抱きかかえられていた体が、しがみつくように詰め寄る。 「ここに、初美がいたのか!?」 葉月が問い返す。 「イヴは?イヴはいないの!?」 狼狽したリリスは葉月の問いが意味する事に気付かない。 触れてしまいそうな程に顔を寄せ、必死の形相で問い続ける。 「イヴ!イヴは何処!?」 葉月は、その様子に困惑の色を浮かべた。 「・・・来た時には・・・リリスしか・・・」 リリスは、高ぶった気持ちが一気に落ち込むのが分かった。そして静かに身を離す。 「−−−あの・・・バカ・・−−−」 肩を落とし呟く。 「一体何があったんだ?」 葉月は訊いた。 リリスは焦点のあわない瞳で俯く。 「イヴ・・・イヴが・・・あいつ・・・」 肩の揺れが増し、葉月はリリスが小刻みに震えている事に気付く。 「あの男が・・・現れて・・あいつ・・・この帽子を消そうとして・・・イヴが・・・」 リリスが声を詰まらせる。そして意を決したように口を開いた。 「イヴが、盾になったの!」 思いつめた、驚く程大きな声量で叫ぶように 告げた。 「あいつ、笑いながら、帽子を私に・・・ごめんねって・・・!」 −−−−−愛した人を 奪ってしまって 「もう、どうでも良かったのに!もう、ヤミも葉月も愛してくれないって、分ってたのに!・・・もう、諦めがついてたんだからぁ!」 一気に吐き出すように言った。 「イヴが!イヴがいなくなったら、私、何を憎めばいいの!何をおこればいいの!何を愛せばいいのよ!」 雪崩のように溢れる言葉を、呵責するように叩き出す。 肩で、荒い息を喘ぐように吐き出す。 俯いた顔をあげる。 瞳に溜めた、涙を零さないように。 その瞳は、まっすぐに葉月を見た。 「・・・ごめん・・・] 微かに声が震える。 「“初美”は、ゼッタイに返すって、言ったのに・・・ごめん・・」 零れる涙を見られまいと、その身に抱きつく。 制服のスカーフを、きつく握った。 「・・・リリス・・・」 葉月はその背を優しく抱き寄せた。 そして遣る瀬ない気持ちで、囁く。 「・・・ごめん・・・」 −−−−君を 愛してやれなくて |