ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者&イラスト:こずみっくさん

世界の交叉路の上で#5

 数多く存在する世界から最も遠く最も近い場所。
そこは図書館とされていた。
異質の図書館に連なるフロアーには、柱と見紛う程の書架が、整然と並べられている。
それら書架の挟間は、必然的に通路となっていた。
その通路の一角で、一冊の本が書架から滑り落ちた。
その衝撃で、本が開く。
すると、突如その本から光が炎のように立ち上った。光は波紋のように拡がると、焦点を合わせるようにひとつの姿を成した。
光が迸り、その姿があらわになる。
余韻に髪をなびかせ、ゆっくりと瞼を開ける。
遠目に見ても分かるほど長い睫毛。凛然と強い意志を秘めた双眸。柳のようにしなやかな四肢。
長い黒髪を艶めかせるその佇まいは壮美を誇る。

「・・・ここは・・」
振り仰ぐと、屹立する書棚が天井も見えない闇へ延々と続いていた。葉月の身の丈は高い部類に属するが、ここの書棚はそれさえも子どものように見えるほどの高さと貫禄を有していた。視界を巡らせるが、何処を見ても書棚が目に付く。ところどころ目に付く装飾は西洋を連想させた。
 葉月は通路を進んだ。大理石に似た床を踵が叩く。軽い靴音が書棚に響いた。書棚の通路を抜けると、手摺りがあった。そのずっと先にこの手摺りの延長が見える。そこは鏡を見るように同じ造りをしていた。その上下には全く同じ造りの階があり、それもまた延々と続いていた。
 手摺りから僅かに乗り出して下を覗くが、闇にのまれ、全く底が見えない。
以前、リリスが宇宙と同じ広さを持つと言っていた。
 それを実感させられる。
かすかに背に冷たいものを感じ、底無しの闇から目をそらした。
 それを振り払うようにかぶりを振り、本来の目的、初美を見つけ出すこと。それを果たすため葉月は踵を返した。

「ーーーこのセカイに“初美”はいないよ。」


 背後から声が掛かる。

「・・・アーヤ・・」
 振り向いた葉月は思わず呟いた。
 先程までいなかったはずのものが、そこにいる。
それは、深紅の瞳を揶揄するように目を細めた。
「やぁ」
 褐色の肌に銀髪を持つ少年は、僅かに首を傾げ耳飾りをチャリンと揺らした。
「・・・何故そう言える」
 葉月は委細かまわず言った。たびたび現れる神出鬼没の少年が、この世界にいたとしても不思議はない。
アーヤも特に気にした風もなく、答える。
「“音”がないからだよ。」
「・・・音?」
 葉月は記憶を探る。
「あの時計みたいのだよ。」
 その言葉にようやく目的のものを探り当てる。
確かに、リリスと初美を探していた時に、秒針が時を刻むような音が絶え間なく響いていた。今、この図書館は無音だ。
「あの“音”は、この世界が管理されていることを示してるんだ。つまり、イヴかリリスがこのセカイいることを指してる。今、その音がしないって事は、このセカイに2人どころか、目玉大王もいないってこと。」
 アーヤは軽く肩をすくめる。
「だからここをいくら探しても無駄だよ。」
 葉月は問いかける。
「じゃあ、何処にいるんだ?」
 アーヤは道化のように軽い身のこなしで、背後の手摺りに腰掛けた。
「ここは“ソラ”のように広いからね。特定のものを見つけるのは難しい。あのリリスでさえ、キミと出会わなければ、イヴを探そうなんて思わなかったからね。」
「それでもボクは初美を見つけだす。」
 葉月はアーヤを見据え、決然と言い放った。
 アーヤは再び肩をすくめた。
「生憎だけど、この図書館、開架式じゃないんだ。前はリリスがいたから本に入れたけど、葉月じゃどうすることも出来ないよ。」
「・・・どうすればいいんだ?」
 葉月が問い重ねる。
アレ、とアーヤが言う。
「持ってるでしょ?」
「・・・あれ?」
 葉月が怪訝に眉をひそめる。

   カランッ

 唐突に何かが落ちる音が鼓膜を打つ。
それは葉月が“アレ”に思い当たるのと同時だった。
葉月が足下に目を落とすと、銀色に輝くナイフがあった。
「何・・で・・?」
 訳が分からず、葉月は呟く。
「葉月の“意識”に反応して出てきたんだ。」
 アーヤは継ぐ。
「それは元々イブのソーマを持っていたから、神化しやすかったんだろうね。」
「神化?」
「言い回しは色々あるけどね、ソーマ化とか。それは確かに存在するけど、元のカタチを失ったって言うのかな。セカイの物はほとんど原子から構成されてるけど、それはソーマで出来てるんだよ。意識しなければ、見ることもないし触れることもない。」
 葉月は怪訝を募らせながらも、落ちたナイフに手を伸ばした。
そして葉月がナイフをつかんだ瞬間、それは光り出した。
「・・・なっ!?」
 葉月は目が眩み、反射的に瞼を閉じた。
それでも尚眩しい。
至近距離で輝くそれは、徐々に原形を失っていく。
 葉月が瞼を開けると、そこには、一本の太刀があった。柄の先端にあしらわれた月をもした装飾は、煌めく金色をしていた。長く細身の太刀は、重厚な鞘に身を収めている。
 荒々しくも威厳のある、書棚とはまた違った貫禄を醸し出す。
 葉月は驚きに呆然とし、その太刀を凝視した。
「意識すれば、形を変えることもできるんだ。」
 アーヤはそれに応じるように答えた。

その刀は間違いなく、葉月が以前振るっていた刀と同じ物だった。


「これが何の役に立つんだ」
 葉月は軽く刀を持ち上げた。
 刀は凶器。倒すべき、斬るべき相手がいなければ、何の意味も持たない。
「それはね、“斬る”モノなんだ。」
 アーヤは楽しそうに笑いながら言った。
「何でも斬れるよ。“意識”を集中すればね。」
 葉月は抜刀する。
刃こぼれひとつ無い秀麗な刀身は、角度を変えると青白く輝いた。
「葉月は切り開けばいいんだよ。」
葉月はそれを慣らすように振り抜く。
  刃は鋭利に空を裂いた。
「“初美”への道を」
 葉月は感触を確かめ、アーヤに目を向ける。
「どうすればできる?」
「まず、“何をするのか”の説明をしようか。」
 アーヤは膝に頬杖をついた。
「葉月がこれから斬るのは、“隔て”。つまり、“初美”と葉月の間にある、全てのモノを斬るんだ。当然、物体でない曖昧なモノだから、斬るのは難しい。それ相応のソーマと集中力、あとは、イメージが必要かな。」
「イメージが必要なのか?」
「うん。曖昧なモノを斬るためには、先ずソーマで固定しなくちゃいけない。定義付けって言うのかな、“無いモノ”を“あるモノ”に変えるんだ。それみたいにね。」
 と葉月の刀を指す。
「“斬るモノ”のイメージは、ある?」
 葉月は間を置き、問い返す。
「初美までのその“隔て”は、距離や世界のことなのか?」
「そう定義するならね。」
 なら、と葉月が刀を据える。
「それを斬る。その初美への道を切り開く。」
「うん、それでいこう。」
 アーヤは満足げに頷いた。



 怖い物など無いと思っていた。
 失う物など何も無いと思っていた。
 けどボクにはひとつだけ、恐れていたものがあったんだ。
 それは君に嫌われること。
 君の見る目が変わってしまうのが、恐ろしいほど嫌だった。
 君を失うことより、ずっと怖かった。
 君の中で、ボクが価値を失ってしまうのが叫びたいほど嫌だった。

 あいたい
 ずっと傍にいたいから
 まっていて欲しい

 はなれたくない
 づっと傍にいたいから
 きっと見つけだすから

  だから


 電撃のように光が迸る裂け目へ、葉月は臆すことなく飛び込んだ。同時に、まばゆい光に覆われた世界が、視界一杯にひろがった。
 光の粒子が反発するように葉月を襲う。
服の上から、威力の上がった静電気のような痛みを全身に感じた。
「くっ・・・」 
 葉月は腕で顔を覆った。
体が痛みに痺れはじめる。
肌の露出した部分が、火傷のように痛む。
「−−−−初美・・・−ーー!」
 助けをこう言葉か。
 想いを口にした言葉か。
 ただの叫びか。

 −−−−−フォン。

 気がつくと葉月は全身に風を感じていた。

 

 葉月が地に降り立ち、最初に目にしたのは1人の人間だった。
いや、違う、と葉月は考えを改める。
あれは人の姿をした“何か”、だと。
 それは、フードを目深にかぶり細身の体躯と長身を誇っていた。
 それの纏う、レインコートのように身を包む衣服は、艶のない黒色をしていた。
そして、その足下には、もう一つの人影があった。
「−−−リリス!」
 その姿を見て、葉月は思わず叫んだ。
顔はよく見えないが、あの奇抜な服装は間違いなく、彼女だ。しかしリリスは、葉月の呼びかけに答えることなく、横たわったまま身じろぎひとつしない。
 不吉な予想が頭を過ぎる。
葉月はそれを頭から叩き出すと、フードをかぶった男を見据えた。
 −−−−敵
 葉月の全神経がそう告げている。
葉月は太刀を構え、右足を僅かに後に引いた。
「−−−−はっ!」
 鋭い気合いとともに葉月は思い切り地を蹴った。
数メートルあった間合いが、瞬く間に消えた。葉月は構えた刀を袈裟斬りに斬り込む。
 寸前でフードは身を引き、太刀は空を切った。
葉月はその勢いを殺さず、さらに踏み出すと振り抜いた刀を逆袈裟に振り上げる。
フードは絶妙のタイミングで身をかがめ、葉月の追い打ちをかわし、足払いをかけた。
葉月はとっさに受け身をし、反転、距離をとると、無駄のない動きで素早く立ち上がり、刀をかまえなおした。
 数瞬の攻防で互いの力量を垣間見る。
 
 葉月は僅かに苦いものを感じた。

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