ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者&イラスト:こずみっくさん

世界の交叉路の上で#4

闇に溺れていった。
自分の手さえ見えない、光の消えたセカイ。
もはや瞼をあけているのかどうかさえ、定かでは無い。
しかし、セカイはこんなにも暗いのに、光りを失った事に気付か無い。
 葉月はそんな違和感に蝕まれていた。
飢餓感にも似た焦燥が胸を灼く。
 息苦しさを覚え、必死にもがくが手は空を掻くばかり。
 何も見えず 何も聞こえず 何も掴めず
虚しさが滲む。その理由さえ分からない。
どんなに叫んでも、どんなに嘆いても、闇の中では意味を成さない。
 葉月は成す術も無く身を削られていた。

 −−−今日の獅子座の運勢はーー?あれ?注意力が落ちてるよ?無くしもの、落とし物に気を付けよう!ラッキーアイテムは」
 ピッ
言い終わらないうちにタイマーを切る。その顔は不機嫌に歪められている。
「・・・くだらない・・」
 吐き捨てるように呟いた。

家の前にある、坂道。
以前はこの坂が好きだった。
いつも晴れやかで、弾んだ気持ちで歩いていた。
それが何故なのか、分からない。
 今はもうそんな気持ちにならない。
とても短いと感じていた道が、とても長く感じる。
坂を歩くことさえ、億劫でならない。
 日常は、葉月の知らぬ間にほつれはじめていた。

 混雑した駅を縫うように歩いた。
歩調に合わせ、髪が揺れる。
 時折肩がぶつかる。雑踏にまぎれ、自分の足音さえまともに耳に届かない。
ホームへの階段をくだると、同世代の少女達が目に入った。すれ違う瞬間、その話声が耳朶を掠める。

「−−−でさーハツミがねー・・・」

 葉月は思わず足を止めた。

 ハ・・ツミ・・?

 刹那、何かが繋がった。
頭の中で、その言葉が反芻される。
その時、ふと頬に何かが触れる感触がした。
−−雨かな、と空を仰ぐがホームには雨粒を遮る屋根があり、その向こうの空も曇り一つなかった。
 僅かに眉を寄せた。目頭が熱い。視界がぼやけはじめ、無意識に瞬く。再びそれは頬を伝った。滴る雫は足下にいくつも跳ねた。
 見開いた双眸から涙が溢れた。
行き交う人々はそんな葉月を怪訝そうに見遣りながらも、己の目指す方へ歩み続ける。
「−−−?」
 突然の事に呆然と立ち尽くす。
何故こんなにも涙が溢れるのか、分からない。
自分の頬に触れ、その感触を確かめるように指を這わせる。
「−−何で・・−−」
 驚きと困惑が声と成り、零れる。しかし涙は止め処無い。
零れる涙は顎を伝い、コンクリートに次々と砕けた。
その横で電車が通過する。その風圧で、髪は軽やかに舞った。
 しかし、瞳を湿らせる涙を乾かす事は無かった。


 −−−ハツミ・・・
何だろう、この安心感は。暖かい温もりに包まれているような気分だ。
しかし同時に切ない程の悲しみが胸を刺す。
 葉月は嘆息した。
何かを掴んだ気がしたのに何かに遮られ、何も分からなくなる。
ハツミとは一体なんなのか、それさえ分かれば全てが分かる気がする。困惑と温もりとこの悲しみの理由が。
 ふとシャーペンをまわしていた手を止める。
頬杖をついたまま、ガラス越しに空を見る。夜の帳が下りた空は、暗紫色に彩られていた。
その空に、星は無かった。
つと、視線をずらす。時計はpm.11:58を指していた。

 誰もいない玄関前を通り、窓からはいる淡い光を頼りに、ほのめく階段に足を掛ける。
 緩いカーブを描く手摺りは上階へと続いている。
葉月は導かれるように階段を上った。
足を止めると、そこには一枚の扉があった。
ここは空き部屋の筈だ。何故ここに来たのか分からない。
 僅かな逡巡の後、ドアノブを握る。

「・・・・・・」

 意を決し、それを回した。
それを嘲笑うように、扉は苦もなく簡単に開いた。
 僅かに扉が軋む音が、静寂を乱す。
薄闇の満たす部屋には、今は使われなくなった物が置かれている。その輪郭が朧気に見て取れた。
 闇の中で光る、デジタル時計はpm.11:59を表示している。
首を巡らせるが、特に変わったことは何もない。閉ざされたカーテンの隙間から朧な月明かりが零れ落ちる。それは床に淡く光る箇所をつくり出した。
 葉月は、もう一度視界を巡らせ、一枚の写真に目を留めた。
そこには、着物を着た葉月が写っていた。4,5歳ほどだろうか。幼げな顔立ちが、笑みを湛えている。見覚えのある筈の写真に何故か違和感を覚える。 

 −−−−ピピッ
突然の音に驚き、振り返る。
それは、先程のデジタル時計だった。薄く浮かび上がる光は、am.12:00を示している。
葉月は軽く安堵すると、その横に何かが置かれている事に気付く。
  −−−さっきあんなものあったっけ・・・?
 不審に思いそれに歩み寄る。
それはナイフだった。
手に取ると、その刃が月光を受けきらきらと光る。
重量を感じさせない、薄く軽量のペーパーナイフだった。手におさまる程、小振りだ。
それはある筈の無いナイフだった。
 不意に何かに引かれるように横を見る。その先には、あの写真があった。
 しかし、そこにはあってはならないモノがあった。葉月の隣で、5、6歳程の女児が写真の中で微笑んでいた。
 葉月は思わず目を剥いた。
 ナイフが手から滑り落ちる。
 まるで呪文のように滑り出る、言葉。

「初美−−−・・・!!」

 甲高い音をたて、ナイフが床で弾んだ。
 落ちたナイフからソ−マが溢れ出す。
 ソ−マの光は、瞬く間に葉月を包んだ。


  止まりかけた オルゴールが
       再び 旋律を紡ぎだした。

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By よっくん・K