ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者&イラスト:こずみっくさん

世界の交叉路の上で#2

 瞼を開けた。
カーテンの隙間から射す光に目を細める。手をかざしその光を遮ると、そのまま吐息が口をつく。
その顔はわずかに赤い。
  なんて夢見てるんだ・・・ボクは・・・
もう一度ため息を吐くと、緩慢な動作で、身を起こす。ステレオのタイマーは作動していない。起きた以上意味が無いので、タイマーを切る。
   何で・・・あんな夢・・・
頬に手をあてる。未だに朱がさしていて、熱い。
  ・・・初美と顔をあわせる前に戻るかな・・・
困り果てた葉月は、再度ため息をついた。



「おはよう、初美。」
 いつもどうりの声が出せたことに、少なからず安堵する。
初美も、いつもどうりの微笑みを浮かべた。
葉月は、向いにある自分の席に腰を落とし、皿にのったトーストに手を伸ばした。
 軽い音をたて、トーストをかじる。そしてマグカップに口をつけていると、初美の手許が目に入った。
「初美、どうかした?」
初美は止めていた手を動かし、思い出したかのように微笑み、頭を振った。
「そう?」
 葉月は気遣わし気に眉根を寄せた。
初美が自分を見つめていたなど、知る由も無かった。



 葉月が廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。またか、と顔には出ないが不快感が頭を過る。振り向くと、二人の少女が立っていた。その顔に覚えは無い。おそらく後輩だろう。その二人は、何かを懸命に伝えようとしている。制服の上からでもその身が強ばっているのが分かる。その手には可愛らしくラッピングされた、包みが見える。少女達は一方的に何かを告げると、それを半ば押し付けるように手渡す。そして、緊張を紛らわせるように深く頭を下げると、そのまま背を向け、駆けていった。葉月はその包みを煩わし気に眺めた。


 いつもの屋上、いつもの場所で葉月はパンを かじっていた。
“大切な人”以外に興味がなかった。
それ以外の人間に好かれようがどうでも良かった。

 初美が好きだ。

 嘘も偽りも無い素直な気持ち。
彼女がいれば素直になれる、葉月はそう思っていた。
ただ1人をおもっていた。ただ、一途に、真摯に。 
携帯が鳴る。
葉月が携帯を開くと、初美からメールが来ていた。
《葉月ちゃん
 この前の
 遊園地、
 楽しかったね。
 また行こうね。》
文面には、そう書かれていた。
葉月は打ち込み、返信した。
携帯を閉じる。
 葉月の髪を初夏の風がながした。



《今度は
 ボクが
 連れて行くよ。》
文面を追う目が、優しげに細められる。
丁寧な手つきで携帯を畳むと鞄にしまった。
「妹サン?」
 声をかけられ、その主へ目を向ける。
「葉月ちゃんでしょ?」
 隣に座るクラスメイトは言った。初美は微笑む。
「仲いいんだ?」
 初美は少し嬉しそうに首肯する。
「珍しいよね〜あたしも妹いるけどそんなに仲良くないよ?東みたいに友達みたく話したりとかしないし」
 初美は不思議そうに瞬く。
「だってねー?あたしの妹、生意気でサー。つーかあんたみたいな妹がほしいわ。」
 初美はくすくすと笑った。



 夕刻。葉月が1人帰路についていると、携帯が着信を告げる。
《葉月ちゃん。
 用事ができちゃった。
 悪いんだけど
 先に
 ごはん食べてて。
 ごめんね。》
 葉月は、すぐに携帯をしまった。
顔の筋肉が麻痺したように動かない。
初美は、また男の人と出かけたのだろうか。
それは、葉月が声をかける男を寄せ付けないようにしている原因のひとつだ。最初は単に初美が、あまりにも簡単に相手の願いを聞き入れるので危ないと思ったからだ。番号を教えてくれと言われれば、簡単に携帯を開く。過保護だということも知っていた。しかし、知りながらも本当は分かっていなかった。頭が理解を拒む。保身のために、他のものを寄せ付けず、束縛する。嫌われて当然だ。それでも初美が傍にいてくれるのは彼女の優しさからだ。
自己嫌悪が胸を突く。
 葉月は、1人帰路についていた。


 シーツに倒れ込む。横たわった葉月はしばらく弾むベットに身をゆだねた。
 瞼閉じる。
初美の姿ばかりが映る。
切ないほどの愛おしさが溢れる。
同時に、自分に対しての嫌悪感に襲われる。
葉月は寝返りを打った。ベットが軋み、わずかに音を立てる。白い天井を仰ぎ見る。その体は鉛のように重い。
 葉月は、気分転換に予習でもしようとベットを立ったその時だった。見上げていた天井が突如光り出す。
「な、何だ!?」
緑を帯びた光は、やがて奇怪なシルエットを生み出す。
「これは一体・・・?」
目を見開いたまま驚きもあらわにつぶやく。
そして同時に理解する。

   これは“   ”だと。

葉月の目の前で光は徐々に収束し、1人の少女を顕現した。

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