ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者&イラスト:こずみっくさん

世界の交叉路の上で#1

 東 初美   
前髪を真ん中で分けていて、いつも微笑みを浮かべている 少女。
背中まで伸ばした髪と、垂れがちな双眸はやわらかく、やさしげな物腰が一層きわ立つ。温厚な性格で、誰に対しても優しかった。小柄で、自分より頭ひとつ、小さい。しかしそれに反して、豊富な胸と柳腰を持ち、加えて綺麗な顔立ちをしていた。言い寄る男も後を絶たない。
ボクはそんな初美が好きだった。
誰よりも 何よりも・・・


 窓から、カーテン越しに朝日が射し込む。
薄暗い部屋の中は、整えられたいくつかの調度品がならんでいた。何の前触れも無く窓際にあるステレオの液晶画面が光り、AM.6:40を示す。
「今日の乙女座の運勢はー?・・・」
 タイマーが作動し、スピーカーからラジオが流れる。
それに反応し、ベットから身を起こす。
長く艶めく髪は漆黒の色。肌は曇り一つなく白い。重い瞼をわずかに開き、長い睫毛が瞳にかかった。
思い出したかのように腕を持ち上げ、伸ばした。
袖からのぞく手首も白く、細い。 それらを持つ少女は、腕を下ろし、弛緩させると同時に吐息を零した。
緩慢な動作でベットを立つと、その傍らにあるリモコンを手に取る。
「次は獅子座の運勢いってみよう!体力も気力も絶好調!好きな人と出掛けてみるのもいいかも!ラッキーカラーは赤!ラッキーアイテムは鈴!次はー・・・」
  ピッ
 リモコンでタイマーを切る。その顔にはやや喜色が浮かんでいる。
「ま、とーぜんかな」
 リモコンをベットに放ると、結ってあった三つ編みをほどく。
 そして制服へ手をのばした。


着替えをすまし、食卓へ向かう。するとそこには一人の少女が腰掛けていた。
「おはよ、初美。」
 その少女に声をかける。
少女は何も言わず、ただ微笑む。
声をかけた方もそれで十分なのか、構わず向いの席へ腰を落とした。
初美と呼ばれた少女は一言も発っすることなく、その様子を眺めた。
 初美は喋ることが出来なかった。何故かは、少女には分からなかったが、生活に支障は無いのであまり気にしていない。


 少女の名は 東 葉月 といった。
姉妹、と言うことになっているが、血は繋がっていない。自分よりわずかに年下だが、自分より背が高い。彼女のとても綺麗な長い黒髪が好きだった。細くしなやかな四肢は無駄が無い。切れ長の割に大きな瞳は自分をやさしく見つめてくれる。

 とても強い人。 けれど、とても脆い人。

 それが、初美と呼ばれる少女の認識だった。



 
 初美が手話で言葉を紡ぐ。
葉月は頭の中でそれを訳し、口を開く。
「ん、なに?」
 わずかにくぐもった声でかえす。口に銜えた歯ブラシの為だ。
(今週、あいてる?新しくできた遊園地、行かない?)
「遊園地?」
 鏡から目をそらし、横に座る初美を見る。
初美もこちらを見上げ、微笑む。
(うん。駅の裏にできたところ。)
「・・・あぁ・・・」
 朧げに思い出す。
(どう?)
「いいよ。予定も無いから。」
 葉月はほとんど予定があったかどうかも考えず、自然に答える。
(ほんとう?)
「うん。」
 初美は嬉しそうに微笑む。
葉月も釣られるように笑った。しかし
・・・レポート・・今日中に終わるかな・・・
 休日にまわしていた課題を頭の隅で思い出していた。


「初美、なにか乗りたいもの、ある?」
 葉月が、傍らに立つ初美へ声をかける。
(葉月ちゃんの好きなものでいいよ。)
 初美は微笑し、葉月を見上げながら答えた。
賑やかな雑踏の中、二人の少女は立っていた。
周りには、様々なアトラクションが聳え立つ。
「ボクはいいから、初美が決めて」
 言われ、思案げに顎に指を当てた。ぐるりと視線を巡らせ、あてた人さし指を近くのアトラクションに向けた。
「あぁ、いいよ。」
 そして二人の少女は雑踏にまぎれていった。
休日の遊園地はカップルや親子連れで賑わい、喧噪を帯びていた。そんな中初美は葉月を伴い、人垣の中を縫うように歩く。こうして2人で出掛けるのは久しぶりだな・・・と葉月は思った。
 

 大分歩き、太陽が中天を指す頃、鏡の館と題されたアトラクションへ入った。
入り口で一度別れ、初美が先に入っていく。一人ずつ入ることになっているらしい。初美は黒い幕をくぐり、館へと足を踏み入れる。中には何十人もの自分が立っていた。大小様々な鏡が一面に張り巡らされている。壁伝いにしばらく進むと、少し開けた場所にでた。不意に初美は足をとめる。
 そして、口を開いた。

「どうしたの?お姉ちゃん。」

 初美は、か細い可憐な声を紡ぎ出す。
しかし、その声は、何も無い空間にこだまし消えた。すると、初美の背後の鏡にうつる姿がゆらりと歪む。
「・・・ん〜、ちょっと困ったことになったのよ。」
 何も無い筈の空間から突如、別の声がする。
「困ったこと?」初美が返すと、声も「そ。」と答え、鏡の中の姿が、別のシルエットを生み出す。
「でさー、あんたに好き勝手に遊ばれてるとかなり苦労するのよねぇ。」
 小柄な体躯に愛らしく垂れた瞳、それに不釣り合いな程大きく縁の広い黒帽子。そこから溢れるようにのびる長い金髪を背に流し、襟のついたマントを羽織った少女。それが、鏡の中で頬に指を当て、思案するように小首を傾げた姿で現れた。
「だからさーあんたの助けが必要なのよ、イヴ。」
「お姉ちゃんじゃ何とかならないの?」
「もともと管理は、おでこ!あんたの仕事でしょ!それに何とかならないから、来たんでしょーがっ!」
 ビッ と、鏡の中の何人もの少女が一斉に初美を指差す。
「そうなの?」
 初美はそれを見上げ、心底不思議そうに尋ねる。
「そーよ!あんたもたまには図書館の整備くらいしたらどーよっ!」
「さぁ、私配列とかあんまり覚えて無いから・・・」
 その時、背後から足音が響く。少女は愛らしい顔を忌々し気に歪め、言い放つ。
「・・・後で覚えてなさいよ。」
 次の瞬間、鏡の中の姿が一斉にかき消え、もとの姿を思い出す。初美の背後へ、足音が近付いた。
「初美?」
 葉月が立ち止まる初美に声をかけた。
初美はきょとんとした顔で、振り返る。
「どうかした?こんなところで立ち止まって。」
 初美は微笑み、左右に首を振った。
「そう?」
 葉月はわずかに納得いかないような顔をしつつも、それ以上追求せず、「行こうか。」と言うと、そのまま出口へ向かった。
 

 その後、ジェットコースター脇にオープンカフェを見つけ、そこで昼食をとり、目につくものを転々と乗り継いだ。
 
 そして、いつの間にか日は沈み、カップルの姿が目立ちはじめる。初美は葉月の手を引くように、観覧車へ向かった。葉月は、握られた手の感触に、僅かに頬を染めた。乗り込むと、観覧車の窓の景色がゆっくりと回る。初美は窓に手を当て、下を覗き込む。葉月も縁に頬杖をつき、光りはじめた街を眺めた。そしてふと、視線をずらす。
 初美は楽しそうに街を一望していた。葉月は、とり合えず来て良かったのかな、と今日一日を振り返える。そして不意に自分が初美を見つめていたことを意識し、頬を赤らめると慌てて視線を戻した。
幸い初美がそれに気付いた様子は無い。
それを確かめると、葉月は胸をなで下ろした。

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