作者:銃太郎(SIG550)さん
葉月の世界 第9話 『I』 |
「なあリリス、一体いつになったらボクは初美を捜しに行けるんだ!」 8月6日 金曜日、ボクは朝からイラついていた。 ボクは明日の誕生日で16歳になる。初美がボクの前から消えた時と同じ年齢に。 なのにボクは未だここにいて、何もできないでいる。 初美の身に危険が迫っているというのに、それなのにボクが守れないまま初美の齡に追い付くなんて… 「だって〜、まだ葉月はソーマの制御が完全には出来ないし〜、それに神族と戦うんだからもっと鍛えないと〜。」 リリスは朝食のトーストをほお張りながら答えた。 「リリスの召喚した魔獸は全部倒した。もう充分だろ?」 海から帰って以来、毎日ボクはリリスに、フェンリル達と戦う為の戦闘訓練を受けている。 魔獣を倒すうちに、ボクは自分の能力が確実に上がって来ているのを感じていた。 「上級神の力はあんなものじゃない。 もっと力を付けないと勝てないわ。」 「でも、一刻も早く初美の居る世界に行かないと、ヤツらに先を越されたら取り返しのつかない事になるだろ!」 「今のままじゃ危険が大きすぎるわ。 葉月の強すぎるソーマが本の世界のソーマと干渉したら、その世界が破壊されるかも知れないし〜。 それに〜おでこちゃんの隠れんぼは完璧だから、いくら上級神の力でも簡単には見つけられないわよ〜。」 「ずいぶん慎重だな。いつものリリスなら考えるより先に行動するのに。」 「図書館世界をまるごと破壊してしまおうって連中相手だもの、うかつな行動は出来ないわよ〜。 葉月の体も心配だし〜。」 「そんな事言って、リリスはボクが初美の物になるのが嫌なんじゃないか? だから初美を捜しに行かせまいとしてるんだろ!」 「違うわよ〜。」 リリスは困惑の表情を浮かべたが、かまわずボクは続けた。 「ボクとHをするようになってから、ボクを初美に渡すのが惜しくなった。そうなんだろ?」 「そんな事思ってないってば〜! 今の葉月は前の旅の時とは違うんだから、完全にならないとダメなのよ〜。 そのためにリリスちゃんが協力してるんじゃないの〜!」 「そんなのもういい!」 「何よ〜!葉月一人だけの力で神族に勝てると思ってるの〜? 自惚れないでよ〜!」 「ボクは自惚れてなんかいない!リリスの分からず屋!」 「分からず屋は葉月の方じゃないの〜!」 「五月蝿い黙れ!」 「何よ〜!人の気も知らないで! もう葉月なんか知らない!ぷんぷん!」 リリスは怒って空間の歪みに姿を消した。 いつもなら嘘泣きしてボクの気を引こうとするのに、今日に限ってどっか行っちゃうなんて… すねてんのか? 「何だよ、リリスのばか!」 ボクは吐き捨てるように言うと、部屋に戻ってベッドに横になった。 今日は水泳部の練習に誘われてたけど、なんか行く気がしないな。 先輩には悪いけど、今日はサボるか… ボクはこの一年間、何をしていたんだろう… 大切な初美を失い、生きる目的を失い、初美がいた事さえ忘れてただ抜け殻のようになって暮らしてた。 世界中のなにもかもがつまらないと思いながら… 友達が出来ても、リリスが来て初美の記憶が甦っても、この喪失感はずっと心の底から消えはしない。 初美を失ったボクなんか、存在する意味なんて無いんだ。 初美を守れないボクなんて、何の値打ちも無いんだ。 運命って何て残酷なんだろう… 目の前に希望を見せて置きながら、人がそれに手が届きそうになると、どこか手の届かない所へと奪い去ってしまう… 初美の居ない世界なんて、無くなってしまえばいい。 初美の居ないボクなんて、消えてしまえばいいんだ… 「わああ…初美!お姉ちゃん!…どこにいるの?帰って来てよ!会いたいよ…ボク…ひっく…寂しいよ… ボクを置いて行かないで…一人にしないでよぉぉぉ!」 ボクはベッドに突っ伏して号泣した。 何度も何度も初美の名を呼びながら… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「あれ、ボク寝ちゃってたのか…」 気がつくと、辺りは真っ暗になっていた。 どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。 なんか最悪な気分だ。 時計を見ると11時を廻っている。15時間も眠っていたなんて… 何もする気がしないな… 何でこうなったんだろう… ボクはリリスと出会ってから今までの出来事を思い出してみた。 図書館で出会っていきなりリリスに抱き着かれたっけ。 ボクに一目ぼれしたって言ってた。 馴れ馴れしくてぶりっ子で変なヤツだけど、アイツがいたおかげで悲しい気持ちが結構紛れたっけ。 あいつ、初美の事を話す時のボクの顔は、綺麗で可愛くて切なくて、胸がキュンとなって抱きしめたくなるくらい好きだって言ってたな。 リリスはイブが嫌いだと言ってたけど、イブの話をする時のリリスはとても楽しそうだった。 本当はきっとリリスもイブを愛してるんだ。 だから、イブと再会した喜びの余りボクを置いて図書館に帰ってしまったんだ。 だけど結局ボクを忘れられなかった。 イブとボク、二人への想いの狭間で、リリスも悩んでたのかも知れない。 本の世界を旅してる間、アイツには結構世話になったな。 今もなにかと気遣ってくれてるし(ちょっとズレてるけど)。 ひどい事言っちゃったな… リリスに謝らなきゃ。 時計は11時55分を指している。 16歳になる前に謝ろう。 ボクはベッドから起き上がると、部屋を出てリリスの部屋(元の初美の部屋)のある二階へ通じる階段を登った。 【りりすちゃんのおへや】と書かれた乙女チックな札の掛かった扉の前にボクは立った。 何故か激しい胸騒ぎがする…あの時と同じだ。 ノックをするが、返事は無い。 ボクはすこしの間躊躇したが、意を決してノブに手をかけて扉を開いた。 部屋は明かりがついてなくて真っ暗だ。 しかし、ベッドの上に座る人影が、窓から入る月明かりに浮かび上がって見えた。 「リリス、帰ってたのか?」 しかし、返事は無い。 「リリス、あのさ…今朝はゴメン、ひどい事言っちゃて。」 ボクはベッドに近寄った。 しかし、月明かりにぼんやりと見える人影はリリスとは違うように見えた。 髪は巻き毛じゃないし…セーラー服を着てる? 誰? その時、枕元のデジタル時計が午前零時を表示した。 「葉月ちゃん…」 突然の出来事にボクは凍りついた。 この声は…忘れようとしても忘れられない、あの運命の夜に聞いた声。 ボクは驚きの余り息が止まりそうになった。 何か言おうとするが、口が動くだけで声が出ない。 手足ががくがくと震え、全身がこわばってその場に立ち尽くしていたボクは、やっとの思いで声を絞り出した。 「初美?…初美なの?」 その人影は答えた。 「お誕生日おめでとう、葉月ちゃん。16歳だね。」 そこには、月明かりに照らされて、ボクが死ぬほど想い焦がれた愛しい人が、一年前と変わらない天使のような笑顔で微笑んでいた。 「初美!帰って来てくれたんだね!初美!初美!初美ー!!!」 叫びながらボクは初美に抱き着いた。 涙が溢れ出して止まらない。 「ごめんね葉月ちゃん、今まで辛い思いをさせて。」 「初美、会いたかった、会いたかったよぉ…」 ボクは子供の頃のように初美の胸に抱かれて泣きじゃくった。 「お姉ちゃんのバカバカ!今までどこ行ってたんだよぉぉ…」 懐かしい初美の匂いに包まれていると、ボクは泣き虫で甘えん坊な葉月に戻った気がした。 「葉月ちゃん、ごめんね。本当にごめんね。私、悪いお姉ちゃんだよね。」 初美がボクの髪を優しく撫でてくれている。 「もうどこへも行かないよね?ボクを一人にしないよね?」 「うん、もうどこにも行かないよ。葉月ちゃんを一人ぼっちになんかしないわ。 葉月ちゃん、顔をよく見せて。」 初美はボクの頬に両手を添えて、顔を上げさせた。 初美の指がボクの顔に掛かった髪を優しくかき分ける。 涙をいっぱい溜めた目で見つめ合うボク達。 ボクは鳴咽を止めることが出来ない。 いきなり初美がボクの顔に唇を近づけて来た。 自然とボクの唇も初美の口に吸い寄せられて行く。 ボク達は唇を重ねた。 お互いの舌と舌を絡め合って激しい激しいキスをした。 今までの空白の時間を埋めるかのようにお互いの唇を貧り合った。 このまま時間が止まってしまえばいい… 永遠にも思える長い長いキスが終わってボク達はまた見つめ合った。 「葉月ちゃん…かわいい」 「初美…ボク、初美の事…」 ボクは胸が苦しくてこれ以上言葉が出ない。 「わかってるわ。何も言わないで。」 初美は優しく肩に手を掛けて、ボクがベッドに横になるよう促した。 再びキスをしながら、初美はボクのTシャツの中に手を入れて来た。 片方の手はボクのジーンズのジッパーを下ろしている。 ボクは既に頭の中が真っ白になって、初美のなすがままに身を任せていた。 初美はボクの服を脱がせると、ボクの体を見つめて言った。 「葉月ちゃん、綺麗…」 やだ、ボク初美に見られてるよ…恥ずかしい。だけど…うれしい。 「葉月ちゃんのここ、すごい…溢れてる。」 「やだ、見ないで…」 ボク、初美と一つになれるんだ。 初美を想って胸を焦がしながら、気持ちを伝えられずに夜ごと自分を慰めてきた ボクが夢にまで見た瞬間が、とうとう来たんだ。 嬉しい… ボク、今日の為に生きて来たんだ… また涙が溢れて来た。 「初美…愛してる」 初美もボクを愛してるのがわかるよ。 初美の唇が、舌が、指が、初美の全身が、ボクを愛してくれてるのがわかるんだ… それから初美は優しく激しくボクを愛してくれた。 「初美…ああん…気持ちいいよ…」 「葉月ちゃん…好きよ…」 「初美ぃ…」 「葉月ちゃぁぁん…」 互いの名を呼びながら、二人が果てると、ボクはもう一度してくれるよう初美にせがんだ。 そうしてボクは何度も何度も初美を求めた。 ボク達は夜明けまで何度も何度も愛し合ったんだ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 8月7日 朝、すごく満ち足りた気持ちで起床すると、ボクは素肌に男物の白いシャツだけを着て、初美の待つベッドへコーヒーを運んだ。 「おはよう初美、コーヒーが入ったよ。」 「ありがとう葉月ちゃん。」 初美は素肌にシーツを纏っただけの姿でボクからカップを受け取った。 初美の頬は少し赤い。 ボクもさっきまでの余韻が身体の芯に残っている。 「ねえ、初美。」 「なあに?葉月ちゃん。」 「昨夜はうれしかったよ。まさか初美が…その…あんな事してくれるなんて…」 「うふ、葉月ちゃんも上手だったわよ。どこで練習したの? あ、ひょっとしてお姉ちゃんと?」 「え…あの…それは…何て言うか…リリスとは…ゴメン初美!」 ボクは慌ててコーヒーをこぼしそうになった。 「ううん、葉月ちゃんが謝らなくてもいいわよ。 お姉ちゃんも葉月ちゃんが大好きだって事、私も知ってるもの。 それよりお姉ちゃんの誘惑に負けずに私を好きで居てくれた事が嬉しいの。」 「当たり前じゃないか!ボクは初美以外に好きな人なんか居ないんだから。」 「葉月ちゃんの気持ちは知ってたわ。でも… 今まで受け止めてあげられなくてごめんね。」 「ううん、ボクがうまく自分の気持ちを初美に伝えられなかったから悪いんだ。 でも、今日初めて言えた。今度初美に会ったら絶対言おうって決めてたんだ。」 初美はボクに向かってにっこり微笑んだ。 やっぱり初美の笑顔は天使のようだ… ボクはしばらくその笑顔に見取れていた。 「…そうだ、初美、今は喋ってもいいの?」 「うん、今まで特定の人間を愛してしまわないようにしてたから喋れなかったの。 声を出してその人の名前を呼んでしまうと、その世界の運命が変わってしまうから。 それが宇宙の全てに愛を注ぐべきイブの定めなの。でも、私は葉月ちゃんを心から愛してしまった… 一度は定めに従って葉月ちゃんを諦めようとしたわ。でもダメだった。 それほど深くあなたを愛してしまっていたの。」 「じゃあ、定めに背いてまで戻ってきてくれたんだね。すごく嬉しいよ。 これからずっと一緒に暮らせるんだよね。」 「ええ、そうよ。」 「初美!」 ボク達はまた熱いキスを交わした。 そして、そのまま今日何回目かのHになだれ込んだ。 Hが終わったあと、乱れた部屋を片付けていると、ふと机のパソコンが目に入ったので、あの事を思い出した。 「あのさ、ボクの部屋に隠しカメラ仕掛けたの、初美なの?」 「え?どうしてそれを?」 「リリスがこれを使ってボクの部屋を覗いてた。」 「なーんだ、ばれちゃった。てへ。」 初美は舌をぺろりと出しながら、拳で頭をコツンと叩いた。 かわいい… 「もう初美ったら、お茶目なんだから。」 アハハハハハ… その日、ボクの家には何年も聞けなかった笑い声が響いたんだ。 【その頃図書館では】 「わ〜ん!ばかばかばか!葉月のばか〜!!」 「わー!リリス姐さん本を投げんといてーなー!危ないがなー!」 「うるさ〜い!みんな嫌いよ〜!うわ〜ん」 「うにー、リリス、ヒステリー、怖い怖いー」 「せっかくフェンリルに荒らされた本の片付けが済んだとこやのにー。 あーあ、またワイが片付けなあかんのかー。やれやれ。」 疲れ切るケンちゃんだった。 つづく |