作者:銃太郎(SIG550)さん

葉月の世界 第10話 『姉妹』


…私…何をしてたの?…

気の遠くなる時間
数え切れない世界

私は旅人だった

数え切れない人々

風景と同じだった
同じと思おうとした

ただ一人を除いて…

全てを愛するが故に
愛してはいけない人

でもあの子…忘れられない
たった一人の…


…声が聞こえる

懐かしいあの子…

…泣いてる
私を呼んでる…

心が痛む

あの子の心…私には見える

…アイタイ
アイタイ ドコニイルノ…
サビシイヨ…


あの時と同じ
諦めようとした
あの子
でも…

泣かないで
泣かないで


弱い子だった
泣き虫だった
甘えん坊だった

あの子

守ってあげなきゃ
ずっと思ってた

きれいな心をしてた
でも
ガラスみたいに脆かった

傷つけちゃいけない
ずっと思ってた
なのに私…

ごめんね
ごめんね

もうこんな事はやめよう

あの子

こんなに求めてるのに



忘れるなんてできないのに…

待ってて
今行くから

待ってて
抱きしめるから

待ってて
伝えるから
今度こそ…

だから

泣かないで
泣かないで
どうぞ…








8月7日 お昼前 前夜からたっぷり愛し合ったボクと初美はようやく起き出した。
初美はダイニングのテーブルに着き、ボクは簡単な食事を作る。
初美がボクの前から消えるまでは当たり前だった光景が、また戻ってきたんだ。
夢のようだ…昨夜だって抱きしめたらまた消えちゃうんじゃないかってハラハラしたし、今もまだ夢を見てるんじゃないかと不安がよぎる。
でもボクの体に残された初美の痕跡が、夢じゃないと告げてくれる。
初美…本当に帰って来てくれたんだね。
嬉しさの余り思わず鼻歌が漏れる。
気がつくと後に初美が微笑んで立っていた。

「葉月ちゃんが鼻歌歌うなんて珍しいね。」

「だってこんなにしあわせな誕生日は生まれて初めてなんだもの。
何たって宇宙で一番の誕生日プレゼントを貰ったしね。」

「まあ、葉月ちゃんたら。」

ボク達がまたキスをしていると、レンジの上でスープの鍋が吹きこぼれてしまった。

「いけない!初美、もう食べようよ。」

食べている間もボクは顔がにやけてるらしく、それを見て初美が笑う。
だって嬉しいんだもん、しょうがないじゃん。

 二人が幸せに浸っていると、廊下の奥がなにやら青白く光った。
足音とともに黒い人影が近づいて来る。それはダイニングの入口で立ち止まると素っ頓狂な声で叫んだ。

「あ〜!!おでこちゃん!!あんたいつの間に帰って来たのよ〜!」

リリスだった。

「あたしがこんなに心配してたのに、謝りにも来ないで二人で仲良くごはんなんか食べて〜!
何よそれ〜!」

「お姉ちゃん…」

「葉月も葉月よ〜!せっかく仲直りしようと思ったのに、デレデレしちゃって〜!
昨日の喧嘩は何だったのよ〜!リリスちゃんバカみたいじゃないの〜!もう知らない!!」

リリスはぷいと出ていくと、大きな足音を立てて二階へと上がって行ってしまった。

あちゃー!あんまり嬉しくってリリスと喧嘩中なのすっかり忘れてた。 余計拗ねちゃったよ、困ったなー。

「お姉ちゃんと喧嘩したの?葉月ちゃん。」

初美は心配そうにボクの顔を覗き込む。
ボクは昨日までのいきさつを初美に話した。
本当はリリスを大切に思ってたんだって気付いたこと、リリスに謝ろうとしてたことも。

「わかった。葉月ちゃん、私に任せて。」

初美はにっこり微笑んで言った。

「え?でも…」

「大丈夫、私もお姉ちゃんに話すことがあるから。葉月ちゃんはここで待ってて。
お姉ちゃんは二階に居るのね?」

「うん、初美の部屋に居ると思うけど…」


――――――――――――――――――――――――――――――――――

【初美の部屋、ベッドでふて寝するリリス】

[コンコン]

「お姉ちゃん、あたし、イブよ。入るわね。」

ベッドの傍らに腰を下ろす初美

「お姉ちゃんごめんね。心配掛けて。」

「何よ〜、あんたなんか葉月といちゃいちゃしてればいいでしょ〜。」

「お願い、そんな事言わないでお姉ちゃん。私のお話聞いて欲しいの。」

「話って何の〜?」

リリスの目の回りにはくまが出来ていた。頬には涙の跡も…

「葉月ちゃんは昨日謝ろうとしてたの。そこに私が帰ってきたから…」

「嬉しさの余りリリスちゃんを忘れてたって言うの〜?
そりゃあ、あたしもあんたと再会した時は〜嬉しくって葉月の事忘れたし〜、気持ちは解るけど〜。
っていうか何でひょっこり戻ってきたの〜?」

「昨夜葉月ちゃんの声が聞こえて、強い力で引っ張られたの。」

「声がって、じゃあこの世界に居たの〜?ならどうして、…ってあんた、本物のイブじゃないわね〜。」

「え?解っちゃった?お姉ちゃん。」

「ソーマは確かにイブのものだけど〜、な〜んかすごく弱いのよね〜。
あんた、おでこちゃんの分身でしょ〜、本体はどこに居るのよ〜。」

「ヴォータンが私を狙ってるから、まだ姿を現す訳にはいかないの。私だって…
出ていきたいけど…」

「出ていくとこの世界が危なくなるって訳ね〜。
でも〜なんでこの世界に隠れてるの〜?」

「ヴォータンが復活したのを感知しちゃって、私を狙ってるのが解ったから、図書館に居るとお姉ちゃんに危険が及ぶと思って身を隠す事にしたの。
で、どうせ隠れるなら葉月ちゃんのそばがいいなーと思って…」

「なによ〜、葉月の事はそっとしておこうって二人で決めたのに〜、抜け駆けしてさ〜。」

「お姉ちゃんだって葉月ちゃんに会いに来てたんじゃない。」

「うわぁ、そっか〜!まあ、結局お互い葉月を忘れられないっていうことね〜。
でも〜あたしが言うのも何だけど〜、せっかく葉月の為にこの世界を創ったのに〜、
これ以上あたしたちの都合であの子を振り回していいのかしら〜?」

「ううん、葉月ちゃんは一人ぼっちで居るより、私達とともに生きる方を望んでるわ。
昨夜あらためてそれが解ったの。」

「それはそうかもしんないけどさ〜、葉月を危険な事に巻き込んじゃったし〜…」

「でも葉月ちゃんには隠れてた私を引き寄せる事が出来るほど、強いソーマの力が宿ってしまってるし、放って置くほうが危険よ。」
「そうよね〜。現にヴォータンの手下に狙われてるものね〜。
どうしてあんな強いソーマがあるのか解んないのよね〜…やっぱりあの出来事のせい?」

「元々葉月ちゃんに備わっていたんじゃないかしら。ずっと前からあの子の中に強い力が眠っているのに気付いてたの。それが何かは解らなかったけど。
その何かを目覚めさせようと色々試してみたけど、ダメだった。
お姉ちゃんはどうやってそれを目覚めさせたの?」

「え?そ、それは〜…葉月とえっちしたら〜目覚めちゃったっていうか〜…」

真っ赤になってもじもじするリリス

「えー?えっちすればよかったのー?なーんだ!それじゃあ16才になる前にすればよかったわー。
そうすれば葉月ちゃんも一緒に連れて行けたし、こんな大騒ぎにならなかったのにー!」

「なによ〜、人事みたいに言って〜、ぜ〜んぶあんたがおバカだったせいじゃないのよ〜!
あんた達相思相愛なんだからさ〜、もっと早く葉月を受け入れてあげてたらこんな苦労は…って結果論だけどね〜それは。」

「私のせいなの?お姉ちゃん。」

「そうよ〜!おでこちゃんが葉月の名前を呼んじゃったからあの世界の因果律が狂ったんだし〜、
ソーマを浴びせて不老不死の身体にしちゃったから助けられたどさ〜。」

「私が葉月ちゃんの名前を?…そういえばそんな事もあったような…」

「ダメだこりゃ。天然にも程があるわ〜、このおでこ。」

呆れるリリス

「あれがなければ〜葉月があの世界から弾き出されて次元の隙間に落ち掛ける事も無かったし〜」

「でも、千年も経ってからそんな事になるなんて…」

「千年経とうが百万年経とうが女神イブのした事は〜その世界の運命を支配し続けるの〜。
自分の事なんだから、いい加減覚えなさいよ〜!
あんたの後始末はいつもこのリリスちゃんがしてるんだからね〜!」

「そうだったの?私そういう事に頓着しないタイプだから…」

「ムッカー!グーで殴ったろか、こいつ…」

「はっ!ごめんお姉ちゃん。私謝りに来たのに。」

「まあいいわ〜、あたしは葉月が幸せになってくれたらそれでいいの。
とにかく〜、こうなったら葉月があたし達と図書館で暮らせるようになるまで面倒見るしかないわよね〜」

「お姉ちゃん、いつになく無欲ねー。ていうか無償の愛?」

「たまにはリリスちゃんにもいい役やらせてよ〜。」
「私にはなんか下心があるように見えるけどなー。」

「うふふ〜、魔王のリリスちゃんをこれだけ働かせたんだから〜、当然それなりの報酬をいただくけどね〜。」

「報酬って…私がお姉ちゃんのメイドさんになるとか?」

「とんでもな〜い!あんたの料理を食べさせられるなんて御免こうむるわ〜。
まあそれはそのうちわかることだから〜。」

「…。ところでこの世界のことは葉月ちゃんは知らないのよね?」

「完全には記憶を戻してないからね〜。葉月は〜ここが元の世界で、旅の期間もほんの一年程だと思い込んでいるわ〜。
【あのこと】は葉月は知らないほうがいいと思うからね〜。」

「本当は千年も旅をしていたなんて、人間の葉月ちゃんが知ったらショックが大き過ぎるものね。」

「だからいい〜?これは葉月には絶対秘密よ〜。」

ふと入口に目をやるリリス
「はぅあ!!葉月居るし〜!」

開いたドアのところに葉月が立っていた。

「千年て何なのさ、この世界がボクの生まれた世界じゃないって何なのさ…」

「葉月ちゃん、聞いてたの?」

「初美がなかなか出てこないから気になって…」

「立ち聞きするなんて悪い子、お仕置きしなきゃだめね…って冗談言ってる場合じゃないわー。
どうしようお姉ちゃ〜ん!(ワタワタ」

「(えっ、お仕置き?ドキドキ…)と、とにかく茶の間で詳しい話聞かせてよ。」

何故か赤面する葉月だった

―――――――――――――――――――――――――――――――


リビングでボクは初美とリリスからボクの身に起こった出来事についての話を詳しく聞いたんだ。

その概要はこうだ

初美と本の世界の旅の記憶を失って、元の世界に戻った筈のボク。心に闇を抱えたまま日常を生きていた筈だったけど…

それから一年弱の時が経過した6月、突如としてボクはその世界から零れ落ちてしまったんだ。

次元の隙間に落ちかけたボクを救ったのは、イブとリリスだった…


実は、ボクが初美を追って旅をしている間に本の世界では千年の時間が経過していたんだ。
けど、ボクはその間、時間の感覚が消失していたので、その自覚が無かった。
ボクにはほんの一年ほどにしか感じられなかったんだ。

初美と別れた後、宇宙庭園から零れ落ちたボクを元の世界に戻して人生をやり直させようと考えたイブは、既に千年が経過して様変わりしてしまっていたボクの
世界を、初美が消えた時点の状態に改竄したんだ。(ただし初美がいた痕跡は消して)

しかし、無理な改竄と本来居る筈のないボクが戻った事によってその世界の矛盾が許容範囲を越えてしまったために、自己保存機能が発動し、異分子と認識され
たボクは世界から弾き出されてしまったんだ。


予想外の事態に慌てたリリスはボクを救うため、元の世界と瓜二つの新たな世界を創り、そこにボクを住まわせる事にした。
もちろん世界から零れ落ちた記憶は消して。

ところがその直後、何故かイブは再びリリスの前から姿を消した。

一人図書館に残されたリリスが、またイブ捜しの旅に出ようとボクの元を尋ねた所から新たな物語は始まった…

「…そんな事があったんた…」

「葉月ちゃんには信じられないよね。ショックだったでしょう?」

「うん。
あの日、初美が目の前から消えた時もそうだったよ。
でも、決めたんだ。もう何があっても恐れないって。ケンちゃんに導かれてボクが生まれた世界を旅立った時にね。
むしろボクを助けてくれたのが初美とリリスだった事が嬉しいんだ。」

「葉月ちゃん…」

「初美…」

見つめ合う二人、自然と唇が引き寄せ合って…

「ちょっと〜リリスちゃんが居るの忘れてない〜?」

ちっ、いいところだったのに。

「あっ!そうだ、私お茶入れて来るね!」

初美は逃げるようにキッチンへ。

「もぉ〜、リリスちゃんも〜葉月に褒められたいな〜」

甘えるようにボクを見上げるリリス。よく見ると結構かわいいかも…

「ごめん、リリス。ボク、リリスの事も本当は大切に思ってるんだ。
もし、初美に出会わなかったらリリスを好きになってたかも知れないよ。」

「え〜、本当?嬉しい〜!…って初美と出会わなかったら図書館に来れないから〜、リリスちゃんと葉月は出会えないじゃないの〜。」

「ま、そういう事かな。」

「も〜お、葉月のいじわる〜。ぷんぷん」

リリスってすぐに笑ったり拗ねたりして、見てて飽きないな。

「葉月ぃ〜、あたしのどこがいけないのよ〜」

「自分の胸に聞いてみれば?」

「リリスちゃんの胸に〜?
[フニフニ]
ああ〜ん、柔らか〜い」

「あほか」

おバカな事してたら初美がキッチンから戻ってきた。

「ジャーン!葉月ちゃんのためにお誕生日ケーキを焼きましたー。」

「早っ!…っておでこちゃんが焼いたケーキって、まさか…(滝汗」

テーブルに置かれたのは16本のろうそくを立てて、クリームでデコレーションが施された五段重ねのホットケーキだった。

「いや〜ん!それだけは勘弁して〜」

「リリスはたべなくていい。ボクが全部食べるから。」

「は、葉月ってすごいわ〜、ていうか変態?」

その日ボク達は、初めて三人で楽しく過ごしたんだ。

でもその時、この世界の外で恐ろしい事が起こっているのをボクは知らなかった。


つづく

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