作者:銃太郎(SIG550)さん
葉月の世界 第5話 『巨狼』 |
翌朝、ボクがキッチンに行くと、既にマウが起きて朝食の支度をしていた。 「お早うございます、葉月様〜。 昨日のお詫びに朝ごはんは私がご用意させていただきました〜。 昨夜はよくお休みになられましたか〜?」 そう言うマウの目の下にはクマが出来ている。 「お早う、マウ。昨夜は大変だったみたいだね。」 「やだ〜、ご存知なんですか〜?恥ずかしいです〜。」 真っ赤になって照れるマウ。 「その顔を見ればわかるよ。仲がいいんだね。 ボク、みんなを起こして来るよ。」 ボクは皆を起こして回ったけど、やはりなかなか起きなかった。 媚薬の効果は絶大だったみたいだ。でもリリスは関係ない筈なのに何故? 「ふあ〜、ふぁ月ぃ〜、おはよう〜。昨夜は18回も…素敵だったわよ〜。」 「なんで知ってる。」 ふと机の上のパソコンを見ると、モニタにボクのベッドが映っている。 「リリス!隠しカメラなんかいつの間に仕掛けたんだ!」 「あはは、ばれちゃった?おでこちゃんが以前仕掛けてたのを使わせてもらって たのよ〜。 おかげで葉月のいやらしい姿をたっぷり楽しませてもらっちゃった〜♪」 「♪じゃないだろ!リリス、後でボクが調教してやる。」 「うそ〜!あぁ〜ん嬉しい〜!調教してして〜。」 「リリスの変態。」 起きぬけからハイテンションなヤツ。 見られてたなんてすごく恥ずかしい。でも、そんなに嫌じゃない… 初美はボクがオナってる事を知ってたんだ。 あーん初美ぃ、知ってたんなら、なんでボクを襲ってくれなかったの? ボクたちがダイニングに降りていくと、テーブルに食事の用意が出来ていた。 「みなさんお早うございます〜。今日の献立は〜、ハムエッグとサラダとホットケーキです〜。」 「おいしそうだね、マウ。遠慮無くいただくよ。」 ボクはホットケーキを一口食べた。 こ、この味は! 周りを見ると、マウ以外青い顔をして固まっている。 「マウ、どうしてこの味を…」 「はい〜、初美様のホットケーキを忠実に再現してみました〜。 名付けて地獄のクリーチャーです〜。」 「ボクがどうしてもこの味を出せなかったのに、すごいよ、マウ!」 「葉月様に喜んで頂く為に頑張りました〜。」 「すごく嬉しいよ。ありがとうマウ。」 ボクはマウを抱き締めて唇にキスをした。 「はふ〜、葉月さま〜。恥ずかしいです〜。」 また真っ赤になって照れるマウ。かわいい。 「ちょっと〜!なに二人で盛り上がってんのよ〜。 これじゃあたしたち、罰ゲームみたいじゃないの〜(泣)。」 「ガーン!この世の物とは思えない味だ、ガーン、ガーン、ガーン!」 「でもガル、魔法の材料に使えるかもしれないわよ。マンドラゴラの根よりも使えそうだわ。」 「うむ、不老長寿の秘薬が作れるかもしれんな。 これはアルカディアに持って帰ろう。」 「みんな食べないのか?だったらボクが学校に持って行ってお昼に食べるよ。」 「グリュエールなんか気絶してるのによく平気ね〜。 やっぱり葉月、ただ者じゃないわ〜。」 「葉月さんは初美さんの愛の奴隷なんですわ。 だからクソまずいホットケーキを食べさせられても喜びを感じるんじゃないかしら。」 「そうなの?リツコ。葉月ってMなんだ〜。 リリスちゃんにはむしろSなのに何故?(さっきも調教って言ってたし〜) そうまでさせる東初美の魅力が恐いわね〜。」 奴隷だなんて、ボクはけっしてそんなつもりは無い…と思うんだけど。 何故か頬が熱くなってきた。 それからボクは学校、リリスは図書館、ガル達はアルカディアへ、それぞれ向かった。 昨夜の邪神の話が気になって胸騒ぎがするので、ボクは刀を袋に入れて竹刀のようにして持って行くことにした。 電車を降りて学校へ向かう途中のコンビニの前に、いつも数人のヤンキーがたむろしている。 いつもうちの生徒にちょっかいを出して嫌がられている連中だ。 今日も登校する生徒達にしつこく絡んでいた。 こいつらはなにかと悪い噂の絶えないタチの悪い奴らなので、みんな避けているんだ。 しかしボクが奴らの前に立つと、ヤンキー達は逃げるように立ち去って行った。 「さっすが東先輩ねー。カッコいいわー。」 「あの凛とした迫力の前にはヤンキーも形無しねー。」 「ああーん、お姉様、素敵ー。」 後輩達が羨望の眼差しでボクを見る。 ボクは、初美や他の生徒達に絡んでくる不良達をボコってるうちに、 不良達の間で[聖フェミニン女子学院の黒天使]と呼ばれて恐れられるようになったんだ。 それだけじゃなくて、いつの間にか話が大きくなって、暴走族を三つも壊滅させたとか、ヤクザから姐さんと呼ばれてるとか、 あげくの果てに新宿の裏社会を取り仕切っているとか、とんでもない噂が流れてるらしい。 失礼な。まあ、裏社会以外は特に否定はしないけど。 そのお陰で男子が言い寄って来なくなったからいいけどね。 逆に女子の人気がますます高まって、プレゼントやラブレターの洪水に悩まされる事になったのが難点かな。 皆の視線を振り切るようにボクが歩き出そうとしたその時、突然空が割れて、 その裂け目からなにか巨大な生き物が現れた。 狼のような姿をしたそいつは、校庭に降り立つと、50m程もある体をこちらに向けて、 真っ赤に光る瞳でボクを睨みつけた。 「みつけたぞ、人間の娘。」 「お前は何物だ!」 ボクは刀の柄に手を掛けながら問い掛けた。 「我が名はフェンリル、汝のソーマを頂きに参った。」 そう名乗ると、その化け物はボク目掛けて襲い掛かって来た。 咄嗟にボクは飛びのいて、奴の背後まで全力疾走し、その勢いでジャンプして校舎の屋上に立った。 周りを見ると、みんな止まったままだ。時間が停止してるのか? 「既に時間の流れの外に立つ存在になっているようだな。 さすがにヴォータン様が欲しがるだけの事はある。」 「何の事だ!なぜボクを狙う?」 「ふっ、知れた事。人間の娘、我が主復活の糧となれ!」 言うや否やフェンリルはまたボクに飛び掛かって来た。 ボクは高くジャンプして隣の中等部の校舎の屋上に跳び移り、着地と同時に抜刀した。 刀身が青白い光を発し、刀の力が発動する。 ボクはそれを正眼に構えてフェンリルを見据えた。 「こ、これは、ノートゥング?まさか…。」 フェンリルがたじろいだ一瞬をボクは見逃さなかった。 「はぁぁぁぁ!!」 シャキンシャキンシャキン! 巨狼目掛けて斬り付けた。 ボクが校庭に着地すると、そいつは刀にソーマを奪われて、半分の大きさまで小さくなっていた。 「おのれ、人間の分際でこしゃくな!」 フェンリルは怒りに我を忘れてなおもボクを襲おうとしている。 ボクも刀を構えて対峙する。今度は手加減しない。 すると、そいつの体がいきなり光り出し、光の塊をボク目掛けて放った。 「はっ!」 ボクが刀を振り下ろすと、光の塊は真っ二つになって消滅した。 そしてボクがとどめを刺すために斬りかかろうとした時、巨狼の頭上に光る巨大な魔法陣が出現した。 「むうう、体の自由が効かぬ。結界か?」 「大丈夫か、葉月。助太刀するぞ!」 声のする方を見上げると、屋上に人が立っていた。 「ガルガンチュア!リツコ!」 「葉月さん、今のうちにとどめを!」 リツコが叫ぶ。 「とんだ邪魔が入った。だが娘、これで終わりと思うな。また会おうぞ!」 そう言い放つと、フェンリルはどこへともなく消え失せた。 「葉月さん、お怪我はありませんか?」 ガルたちが校庭に降りて来た。 「ありがとう、リツコ。ボクは大丈夫だ。お陰で助かったよ。」 もう少しで倒せたのに、ガル達が来たお陰で逃げられちゃったじゃないか。 「アルカディアに帰ったんじゃなかったのか?」 「そのつもりだったんですけど、今の騒ぎで乗って来た時空間移動装置が故障してしまって、帰れなくなってしまったんです。」 「時空間移動装置?」 「あそこにあるあれだ。」 ガルが指差す方を見ると、屋上に巨大なクマのぬいぐるみが。 「あれがそうなのか?」 「はい〜、クマちゃん二号です〜。私の発明なんですよ〜。」 「マウ、なんでクマなんだ。」 「私の尊敬するおじ様をモデルにしたんですよ〜。かわいいでしょう〜。」 クマのおじ様って何物? でもなんとなくその人とは気が合いそうな感じがする。 「所でどうして時間が止まっているのかしら。」 「この現象は以前にも経験がある。そう、孤島の世界で。ペリペリに似ている。 だとしたら…」 「葉月、何をするつもりだ?」 「おーい!リリス!聞こえるかー!」 ボクは空の裂け目に向かって大声で呼び掛けた。 すると、裂け目から巨大なリリスの顔が出現した。 リリス、大き過ぎてキモい。 「あ〜!葉月ぃ〜!無事だったのね〜、よかった〜。」 リリス、声でか過ぎ。 「あの化け物は片付けたの〜?」 「逃げられた。それより時間の流れが停止してるんだ。」 「本が破れたせいね〜。すぐに修理するわ〜。 でも、葉月が動けるって事は〜、もうかなりソーマのレベルが上がってるって事ね〜。 さすが葉月、すご〜い!」 「そんな事より図書館は大丈夫なのか?」 「リリスちゃんが来てみたら〜、図書館中の本がぶちまけられてて、あいつがうろついてたの〜。」 「どうして侵入されたんだ?狩人がいるのに。」 「アーヤが狩人をどっかの世界に連れていってたみたいなの〜。 あたしが狩人を呼び戻してる間にあいつがこの本を引き裂いて、無理矢理中に入って行ったのよ〜。」 またアーヤか。絶対わざとやってるな。 「あいつ、一体何者かしらね〜。」 「例の邪神の仲間じゃないか?確か名前をフェンリルって言ってた。 それと主がヴォータンだって。」 「フェンリルにヴォータン…やっばりね〜。」 「知ってるのか?」 「詳しくは後で話すわ。 それよりここ、片付けるの大変なの〜。」 「ボクがそっちに行ければ手伝うんだけど。」 「まあしかたないわね〜。一人でやるわ〜。何日かかるかわかんないけどね〜。 まったく余計な仕事増やしてくれちゃって〜。ぷんぷん。」 「ケンちゃんとコゲちびは無事なのか?」 「あいつらもアーヤに連れていかれてたから大丈夫よ〜。今戻って来たわ〜。」 それから暫くしてリリスが本を修理して、時間が動きだした。 ボクは教室へ、ガル達は修理が終わるまでクマちゃん二世に泊まる事に。 ステルス装置が付いてるから見つかる事はないってマウは言うけど、なんか心配だな。 その夜、リリスが朝の怪物の事を話してくれた。 「ヴォータンっていうのは〜、アスガルド族の王で〜、フェンリルはその家来よ。」 「アスガルド族?」 「神々の二大勢力のうちの一派よ。もう一方のオリュンポス族とは互いに敵対してるの。 二つの種族は相容れない価値観を持っているから長い間争ってたの。 オリュンポス族の行動原理は愛、エロスのことね。 アスガルド族のは力。力だけが正義なの。 男も女も愛し合ったり協力したりせずに力で相手を従わせる、そんな連中よ〜。」 「それが何故ボクを襲ったんだろう。」 「ヴォータンがヤミ・ヤーマとの戦いで失ったソーマを回復するために、 強いソーマを持つ人間を餌食にしてるんじゃないかしら〜。」 「じゃあ、イブを狙ってるのは本当なんだね。」 「ヤミ・ヤーマはオリュンポス族の王の子供だから〜、その娘のあたしたちに復讐心を抱いてるのは確かね〜。」 「早く見つけ出して初美を守らなきゃ… ところでリリスはどうして無事だったんだ?」 「ああ〜、本の山の陰に隠れてたから〜、あはは〜」 「あはは〜じゃないよ。」 リリスに突っ込みを入れながら、ボクは不吉な予感が胸に湧き上がってくるのを感じていた。 つづく |