作者:銃太郎(SIG550)さん
葉月の世界 第3話 『涙』 |
「葉月ぃ〜、ごはん出来たよ〜!」 突然リリスの声がしたので、ボクは慌てて引き出しを閉じた。 「もう出来たの?わかった。服を着てすぐ行く。」 ダイニングに行くと、テーブル一杯の料理を前に、ニコニコ顔のリリスがいた。 「どお、すごいでしょ〜。 肉も野菜も魚もぜ〜んぶ出してみました〜。」 出してみました、ってやっぱり魔法で出したのか。 なんか怪しいなー。 でも、それよりもっと気になる事がある。 「ねえリリス、どうしてボクにこんなに親切にするんだ?」 「どうして、って〜それは葉月が大好きだからに決まってるじゃな〜い。」 「なにか隠してない?例えばこれとか。」 ボクはジーンズのポケットから引出しから持って来たあれを取り出した。 それは初美が残したペーバーナイフ。 それを左手で前に突き出すと、いきなり強い光を放ちながら刀の形へと変化した。 それは本の世界を旅した時にボクの分身だった大切な刀。 ボクの世界に帰って来た時に、元の姿に戻ったまま力を失っていたんだ。 「ボクのソーマを完全に封じ込めたのに、どうしてこいつがまだ力をもっている?」 「あ、あははは、それはその〜」 「体の中に空間の歪みが出来たら体はそれに吸い込まれてしまう。 それくらいボクでもわかる。ボクの体はどうなっている? ボクをどうするつもりだ?答えろ!」 ボクは刀を抜いて切っ先をリリスの顔の前に突き付けた。 「わざわざボクの記憶を戻しに来たのもこのためだったんだろう?」 「ま、まあ葉月ぃ、落ち着いて〜。」 リリスは冷や汗をかいている。やっぱり何か隠してるな。 「これが落ち着いて居られるか!。 今ここでリリスを斬ってもいいんだぞ、昨夜の事もあるしな。」 「ああ〜ん葉月ぃ、それだけは許して〜。 ぜんぶ話すから刀を納めて〜。お願い。」 リリスはボクをなだめすかして座るよう促したので、 ボクは刀を鞘に納め、テーブルに立て掛けてイスに座った。 「まず〜何から話そうかしら〜。」 「ボクのところへ来た理由から話してよ。」 「イブを追い掛けて来たのは本当よ。葉月をまた旅に誘うつもりだったのも本当。 だってあの時も、リリスちゃんが何万年かかっても見つけられなかったのに〜、 葉月が居たらすぐに見つかったでしょう?」 「じゃあHしたのはボクの能力を覚醒させてイブを探させるためだったのか?」 「Hは成り行きよ〜。だって、葉月があんな事してるの見ちゃったら〜…」 「えっ?」 「な、なんでもないの〜。 あんな事になったのは偶然なの〜。 それで〜、ほっとくと葉月自身がこの世界の全てを飲み込んでしまって、 葉月がこの世界の本そのものになってしまう危険があったから、 新しい本にソーマを封印して難を逃れたつもりだったの〜。 でも完全に封印した筈のソーマがまた発動しちゃったのは〜、 葉月の中でソーマを生み出す力が生まれたってことなのね。 どうして人間の葉月がそんな力を持ってるのかは分からないんだけど〜、 イブと何か関係があるのは間違いないわね。」 「それが、ボクの中で眠っていたのにリリスとHしたせいで目覚めたっていうの?」 「そうなの〜。イブの忘れ物とリリスちゃんのソーマが、 葉月がイク時に無防備になった魂に働いたみたいね〜。 葉月自身がソーマを生み出してる証拠にまた強くなって来てるわ〜。 葉月はまだ不完全だからソーマを自分でコントロール出来ないの。 だから〜完全体になるまでリリスちゃんが、毎日ソーマを封じ込めないといけないのよ〜。」 「完全体って何なのさ?」 「ん〜、一言でいえば〜魂が形を持つことの出来る存在、かな。 いうなれば魂そのものが肉体だから、色んな形態を取る事ができるし、 時間に支配されて滅びることはないの。 つまり永遠の存在ってわけ。あたしやイブみたいにね〜。 葉月は〜、まだ魂と肉体が別の物だから、肉体は時間に支配されてていつかは滅びてしまうの。 魂が形を持てるようになるには魂が高いソーマを持つことが必要なの。 普通の人間にはとても耐えられない事なんだけど〜、 やっぱり葉月は特別な人だったんだわ。 あんな強いソーマを体から発して平気なんて。」 「完全体になればこの世界は安全なの?」 「世界が壊れない程度にソーマを自分で制御できるからね〜。」 「そしたら初美を探しに行けるんだね?」 「もちろんよ〜。 今は不安定だから移動は出来ないけど、 こんどは一人でも本の世界にいくことだって出来るよ〜。」 「それはどれくらい掛かるの?」 「リリスちゃんも初めてだからわかんないんだけど〜、 そうなった時は自分の感覚で分かる筈よ〜、葉月がその刀の力を自在に操った時みたいにね〜。 それまでリリスちゃんが葉月の側に居てあげるから安心して。」 「完全体になるって事は人間でなくなるって事なんだろ? そしたらイブみたいにこの世界に居られなくなるの?」 「そうでもないんだけど〜、 不老不死っていうのはいつか人間世界に居づらくなる時がくるかもね〜。」 「ボクが浴びたイブのソーマがどんな物か知った時から覚悟は出来てるよ。 ただ、初美の居ない世界で永遠に生きるのは耐えられないよ。」 「そうね〜、死なないってことは悲しみも終わりが無いって事だもんね〜。 人間の葉月には想像がつかないかもね〜。 でも、時間は無限にあるんだから焦る必要はないわ。 慣れてしまえば気楽なものよ〜。 それに〜、寂しいならリリスちゃんと一緒に図書館で暮らせばいいじゃない。 ていうか熱烈歓迎。」 「か、考えとくよ。」 リリス、いやに嬉しそうに言うなー。 図書館で毎晩ボクを襲うつもりなんだろうけど、そうはいかないよ。 ボクは一人でするのが好きなんだからね。 「くよくよしたって仕方が無いよ。だってもう後戻り出来ないんだろ?」 「葉月ぃごめんね〜。リリスちゃんたちのせいでこんな事になっちゃって。」 「もう、怒ってないよ。リリスが正直に話してくれたんだから。」 「…あと、一人ぼっちにしちゃってごめんね。」 「あの時はもう帰るしか無かったんだから仕方ないよ。 謝らなくていい。」 「葉月、恐くない?」 「恐くないと言えば嘘になる。でもボクはこう思うんだ。 この世界に存在した初美はあの日、死んだんじゃないかって。 ボクは死んだお姉ちゃんを生き返らせようととしてたんだ。 黄泉の国から恋人を連れ戻そうとしたギリシャ神話のオルフェウスのようにね。 でも、それは不可能な事だったんだ。 一つ違うのは、初美は消えてしまったけれど、 イブとして確かに生きているって事だ。 ボクは今でも初美が好きだ。初美を愛したい。ずっと一緒に居てほしい。 どうしてもボクの物にしたいんだ。 もう一度初美=イブに会って伝えたい。今度こそ言える気がするんだ。 でも、人間のままのボクと女神のイブとは一緒に暮らせない。 だからイブと同じ所にボクが立つために、 どんな試練でも耐えなきゃいけないんだ。」 「そっか〜、葉月の想いはわかったわ。 でも、オルフェウスって〜聞いた事あるような〜 …あぁ〜、思い出した、あのイケメンね〜。 誰に連れて来てもらったか知んないけど〜、図書館にやって来て、 歌を聴かせるから彼女の魂を返してくれって言ったヤツね〜。 そいつ、この可愛いリリスちゃんより死んだ女の方が美しいなんて言うのよ〜。 歌もヘタだったし、ムカついたから追い返してやったわ〜。」 「地獄の王ってリリスの事だったんだ…。 それにしても神話と随分違うね。」 「かなり美化されてるんじゃない? でも〜、今思うと葉月と出会った時と似てるのよね〜…。 あ〜っ!その女もひょっとしてイブだったのかも〜。あ〜ん、追い返すんじゃなかった〜。」 「リリスって、そんな風にしてずっとイブを取り逃がして来たんだね。」 「うぅ〜…(汗)ま、まぁそれはともかく〜、リリスちゃん葉月を応援しちゃうよ〜。 葉月が元気になってくれたら、あたしもうれしいの。だって葉月ときどき夜中に泣いてたでしょう?」 「うん、なにが悲しいのかもわからずに、ただ泣きたかったんだ。」 「あの時さ〜、さよならも言わずにお別れしちゃったでしょ〜? ずっと気になってて、しょっちゅう見てたの〜。 葉月が本の旅で成長した部分まで記憶と一緒に封印しちゃったのに、 脆い部分はそのままになってたからね〜。 あ〜!料理すっかり冷めちゃったね。温め直すから食べて食べて〜。」 「いいよ、媚薬が入ってるんだろ。」 (バレテーラ!) 「それより今日は初美の誕生日なんだ。ボクがご馳走作るからパーティーしようよ。」 「あ、そっか〜。じゃあ、リリスちゃんは、ケーキ焼くね。 大丈夫、今度はちゃ〜んと手づくりだからね〜。 ところで葉月は歌上手い〜?」 「五月蝿い黙れ」 それからボクたちは、セーラー服とメイド服のコンビで買い物に出掛けて、 みんなの注目の的になった。 しかしカメラ小僧って、何であんなに制服の女の子が好きなんだろう。 勝手にボク達の写真を撮りまくるし、リリスなんか自分からポーズ取ったりしてるし。 ヤキ入れてやろうかと思ったけど、人が多すぎたので無視して買い物することにした。 買い物を済ませてスーパーから出てくると、リリスはカメラ小僧達とすっかり仲良くなっていて、 撮影会がサイン会&握手会に変わっていた。 「リリス、いい加減に行くよ!」 「おおー!ロン毛&セーラー服コス萌えー!ねえねえ、サインちょーだいよ。」 「ボクはコスプレイヤーじゃない!現役女子高生だ!」 「うおおー!!現役女子高生萌えー!!!」 ダメだこりゃ。 ボクはリリスの手を引いて、そそくさとその場を後にした。 「大体リリスはさあ、知らない人と気安く話し過ぎるよ。 何考えてるか分からないのにさ。」 「何考えてるか分からないからお話しして知ろうとしてるんじゃない〜。 葉月ぃ、どうしてそんなに他人を恐れてるの〜?」 「恐れてなんかいないよ。 ただ、心を覗かれるのが嫌っていうか…」 「それを恐れてるって言うんじゃないの〜。 葉月ももっと人とコミニュケーションしなきゃダメよ〜。」 「それを言うならコミュニケーションだろ。」 「もぉ〜、話の腰を折らないでよ〜。 リリスちゃんを見習いなさいって言ってんの!」 いつになく不機嫌なリリス。そんなに根に持たなくてもいいだろ! 「このリリスちゃんをお手本にしたら〜、素敵なレディになれるわよ〜。 自分で言うのも何だけど〜、あたしって〜、結構キュートで〜、ラブリーで〜、 イケてると思うの〜。」 「…」 「ちょっと葉月、なんで黙っちゃうのよ〜。 リリスちゃんを見習えばモッテモテになるんだからね!」 「その割にはリリスってずっと恋人いなかったよね。」 「う、痛い所を…」 「リリスってさあ、黙ってれば可愛いのに、喋り過ぎなんだよ。」 「なによそれ〜。 でも、葉月が可愛いって言ってくれたからちょっと嬉しいかも〜」 「勘違いするな、今のはお世辞だ」 「もぉ〜、葉月は一言多いんだから〜。ぷんぷん そのぶっきらぼうな喋り方やめてもっと話上手になった方がいいわよ!」 「リリスこそもっと無口になった方がいい。」 「ムッカ〜、なによ〜」 「何だよ」 「言っとくけど、自分から変わろうと思わないと前へ進めないんだからね〜。」 「そんな事わかってるさ!」 そこでボク達はお互いが性格を入れ換えた所を想像してみた。 「おしゃべりでぶりっ子なボク…」 「無口でクールなリリスちゃん…」 (二人同時に) ボク 「キモい!」 リリス「いいかも〜!」 「何さ!」 「なによ〜!」 「ぷっ、ふふふふ」 お互い睨み合ったら、なんだかおかしくなって二人とも笑い出してしまった。 「あ〜!葉月の笑顔って初めて見た気がする〜。」 「そ、そうかな。」 「今までむっつりスケベだったもんね〜。」 「何だよそれ。」 こんな漫才をしてる間に家に着いてしまった。 それからボクが料理をして、リリスがチョコケーキを焼いた。 リリスって料理できるんだ。 でも、なんとなく味は期待しないほうがいい気がするな。 「デコレーションおっけ〜。あとは〜クリームでメッセージを書いて完成よ。」 嬉しそうにチョコレートケーキに文字を書くリリス。 「ふんふんふーん♪」 「リリス、それ違…」 「じゃ〜ん!リリスちゃんお手製スペシャルケーキの出っ来上がり〜!」 「何でハートにLOVEなのさ?それじゃバレンタインじゃないか。」 「ええ〜!そうなの〜? でも〜、葉月とリリスちゃんのH記念日だからこれでいいんじゃな〜い?」 「だから違…」 「さぁ〜たべよ〜!」 いつの間にかリリスの中で目的がすり変わっていたらしい。 誕生日だって言ったのにもう忘れたのか。鳥みたいな奴だな。 とりあえずアホは放っといてささやかな誕生パーティーを始める事にした。 ケーキに17本のロウソクを立てて二人で火を吹き消した時、 ボクの目からまた涙がこぼれ出して止まらなくなった。 リリスに泣き顔を見られるのは、なんか悔しい。 「葉月ぃ、また泣いてるの?」 「一年前の今日も、こうしてお祝いしてる筈だったんだ。なのにボクは…」 「自分を責めないで〜。全部あのおでこちゃんのせいなんだから〜。」 「初美を悪く言うな!」 [ピンポーン] いきなり玄関のチャイムが鳴ったので、ボクは驚いた。 つづく |