作者:銃太郎(SIG550)さん

葉月の世界 第15話 『出発』


それからボクは疲れて泥のように眠った…と言いたいけど、実はよく眠れなかった。
というのは、ずっと悪夢にうなされていたからなんだ。

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突然ボク達は閃光に包まれ、その光の中から戦士の姿をした男が現れた。
「我こそはアスガルド族の王ヴォータンである。イブを頂きに参った!
貴様が東葉月か、邪魔だてするなら容赦せぬぞ!」

「五月蝿い!初美は誰にも渡さない!」

ボクは刀を抜いて闘いを挑んだ。

「ほう、お前がイブを守ると言うのか?
面白い、相手をしてやろう。だかお前の力では我は倒せん。」

「黙れ!やってみなければわからないだろう!!」

ボクは全力でヴォータン目掛けて斬り掛かった、しかし奴が腕を一振りしただけでボクはあっさりと弾き返されてしまった。
何度やってもヴォータンに一太刀も浴びせる事が出来ない。
ついにボクは地面に思い切りたたき付けられ、ぐうといううめき声を上げて身体か動かなくなってしまった。

「うぐ…身体に力が入らない…」

「言ったであろう?お前には一級神の我は倒せぬ。愚かな人間の娘よ、思い上がるな。」

地面にうずくまるボクにヴォータンは侮蔑と憐れみの入り交じった口調で言い放った。

「この刀とイブは頂いて行く。
我がソーマを増幅する力を持つこの神剣ノートゥングがあれば、宿敵ヤミ・ヤーマの創ったこの図書館世界を潰し、イブを妻として我が王国の再興が果たせるのだ!」

ヴォータンはボクの手から刀を奪うと、失神している初美(今はイブの分身だけど)を抱き抱え、空間の歪みの中へと消えて行った。

「待て!それはノートゥングなんかじゃない!初美を帰せ!ボクの初美を連れて行くな!」


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「初美ーーーー!!!」

ボクは自分の声に驚いて目が醒めた。

「夢…?うなされてたんだ。」

ボクは全身寝汗でびしょびしょだった。

「あの夢って一体…」

ボクは未だ早鐘のように動悸を打っている心臓を落ち着けるために、三回深く呼吸した。
そして大きく伸びをして、いつの間にかお湯に浸かって元に戻ったジギスムントが掛けてくれたらしい毛布を跳ね退けてソファから起き上がった。
まだ昨日の疲れが身体から抜けない。ジギスムントとエッチしかからだろうか?
「あー、ボク男としちゃったよ…なんか変な感じだな。
ボクってダメだな…成り行きとは言え初美になんて言おう…(自己嫌悪)…は…初美!?」

その時ボクの中に電流が走った。次の瞬間、ビデオの再生ボタンを押したように心に記憶が蘇った。
初美…!そうだ!あれはただの夢なんかじゃない!ヴォータンに初美と刀を奪われて…気付いたらここにいたんだ!
こんな事してられない!初美を助けに行かなきゃ!

「ジギスムント!どこだ!」

大声で名前を呼びながらボクが駅長室から出ると、待合室の方から声が聞こえた。
どうも女の子の泣き声みたいだ。迷子の魂でもいるのかな?行ってみよう。

待合室に近づくにつれて次第に声がはっきり聞き取れるようになった。

「えーんえーん」

「ああ…いいかげん泣き止んで下さい。一体何があったのか話してくださいませんか?お願いしますよぉ。」

子供のように泣きじゃくる声に混じって、困り果てた様子でそれをなだめるジギスムントの声も聞こえる。
ボクが待合室に足を踏み入れると、そこにはこちらに背を向けて屈み込んでいるジギスムントの他に、二人の少女が同じく背を向けて立っていた。
泣き声の主はどうやらその向こうに居るらしい。

「ジギスムント、一体何があったんだ?」

ボクは背後から声を掛けた。

「おお、葉月さん。起こしてしまって申し訳ありません。実は…」

ジギスムントが振り返って応えようとした矢先、泣き声がぴたりと止んだ。
次の瞬間、どーんとジギスムントを突き飛ばして泣き声の主がボク目掛けて突進して来た。

「あ〜ん葉月〜!会いたかったよ〜!!」

そいつはいきなりボクの首に抱き着き、頬にキスの雨を降らせた。

「うわ、止めろリリス!人前だぞ…んむ…」

さらにリリスは唇にまでキスして来た。
みんなに見られてるのに恥ずかし過ぎる…
ボクはなおも吸い付いてくるリリスを力ずくで引き剥がした。

「リリス、いいかげんにしろよ、恥ずかしいだろ。」
しかししつこくボクに抱き着いてくるリリス。

「だぁって〜、リリスちゃん寂しかったのぉ〜。」

「わかったから胸に頬擦りするな、尻を触るのも止めろ…あっ…」

思わず変な声が出てしまった…恥ずかしい…

「あいたたたた…お二人は仲がよろしいですな。リリスさんは葉月さんに実によくなついていらっしゃる。泣いてばかりで何を聞いても答えてくれないので困っていた所だったんですよ。」

ジギスムントが腰を摩りながら起き上がって来た。

「どうしてリリスがここに?」

ボクはコアラのようにボクの身体にしがみつくリリスの頭を撫でながらジギスムントに尋ねた。

「彼女達がここへお連れしたんです。」

ジギスムントは傍らの二人の少女を見た。

「ボクは東葉月、君達は?」

「ワタクシは[魂狩り]の翡翠と申します。葉月さまの事はリリスちゃんからうかがっておりますわ。」

セミロングの碧色の髪の、黒のゴスロリの服とオーバーニーの太ももの部分にフリルの飾りの付いた黒いソックスを身につけた背の低い少女がペコリとお辞儀をした。

「同じく、琥珀です。よろしく。」

栗色の長い髪で長身の(といってもボクより少し低いけど)少女が右手で敬礼のような仕草をした。
彼女は黒の革のビキニに膝上まであるブーツを着用していた。
トップは胸のあたりが大きく開いているので大きいバストの谷間がはっきりと見える。
すごくエッチくさい格好だ。しかも手には長い鞭まで持ってるし…
しかも二人とも首輪をしている。[魂狩り]って事は魔族か?

「ワタクシたちが異変を察知して葉月さまのお宅へ駆け付けると、葉月さまがこちらへ落ちて行くのが見えました。
その後にリリスちゃんが鎖で全身をぐるぐる巻きにされてもがいていたんです。」

翡翠と名乗る魔族の少女がいきさつの説明を始めた。

「すぐにここへ連れて来ようとしたんですけど、神族の封印がされていたんで、解除のパスワードを調べに魔界に戻ったりして時間がかかってしまったんす。申し訳ない。」

琥珀が後を続けた。

「じゃあリリスもヴォータンの仲間にやられたんだ…っていいかげん離れろ。」
ボクはしつこく甘えるリリスを再び引き剥がした。

「あのね、葉月がヴォータンと闘ってる時に〜、変な連中に取り囲まれてぐるぐる巻きにされたの〜。
でもね、そいつらヴォータンに気付かれるな、て話してたわ〜。」

リリスは甘え足りない様子で指をくわえながら口を開いた。

「て事は…フェンリルの言ってたフライアの手下か?」

「そうかも知んない〜」


「おそらくフェンリルは奴らに捕まったかあるいは…くそ!」

ボクは悔しくてほぞを噛んだ。
ふと傍らのリリスをよく見ると、なんか異様にすっきりしている…そうか、アレがないんだ。

「リリス、ヤミの帽子とマントはどうしたんだ?」

「あ〜!!そうだ〜!帽子もマントもあいつらに取られちゃったの〜!
リリスちゃんあれが無いと困っちゃうの〜…ぐす…ぐす…えーん
葉月〜リリスちゃんどうしたらいいの〜えーんえーん」

リリスはまた床にへたりこんで泣き出した。

「ああ、泣かないで下さいリリスちゃん、本当に困ったですわ。」

「アメとかあげてもダメだったしね。どうしたらいいのか…」

翡翠と琥珀が途方に暮れている。しかしアメって…まるでお子ちゃま扱いされてるよリリス。

「ねえ、翡翠に琥珀、リリスを駅長室まで連れていくのを手伝ってくれないか?
ソファで休ませたいんだ。」

「ええ、喜んでお手伝いします。三人なら楽に運べますわ、よかったわね琥珀ちゃん。」

「助かるよー、ここまで背負って来るのに重くってさー。」

二人が快諾してくれたので、泣きじゃくるリリスを担いで駅長室へ運んだ。
ボクは駅長室の冷蔵庫にあった牛乳でホットミルクを作ってリリスに飲ませた。
少しお腹が膨れて身体も暖まったら気持ちが落ち着いたのか、ようやくリリスは泣き止んだ。

「翡翠に琥珀、リリスを助けてくれてありがとう。ボクからも礼を言うよ。」

二人をソファに座らせて、コーヒーを勧めながらボクは二人に礼を言った。

「いやあ、リリスちゃんはアタシらの御主人様ですから当然の事をしたんです。それに、アタシら魔界に生きる者が感謝される資格なんて…」

照れ臭そうに謙遜する琥珀。魔族なのに以外と謙虚だな。

「それにしてもさすが噂に聞く葉月さま、リリスちゃんがあっと言う間に泣き止んでしまいましたわ。まるで恋人同士みたいです。」

翡翠が感心したように言う。

「いや、ボクとリリスは恋人じゃないから…敢えて言うならセフ…ゲフンゲフン…ただの友達だ。」

いかん、何を言ってるんだボク。
「それは置いといて、リリスの帽子とマントが奪われたとなると、やはり列車で図書館へ行くしかないか。」

「ごめんなさい葉月〜」

しょげ返るリリス。

「奴らがヤミの力を手に入れたって事は…図書館が危ない!早く行かなきゃ!
ジギスムント、始発列車はまだ?」

「発車まであと1時間です。」

ジギスムントが懐中時計を見ながら答えた。

「じゃあ切符をもらわないと…」

「それならリリスちゃんの顔パスで乗れるわよ〜。」

「あのー、ワタクシ達も連れて行っていただけませんか?」

急に翡翠がボクの手を取って言い出したので、ボクは面食らってしまった。

「連れて行くって…なぜ?」

「ワタクシ達をイブ様に会わせて欲しいんです。」

「初美…イブに?」

「はい、イブ様のソーマでワタクシ達を人間に戻してもらえないかと…」

「人間に戻すって…どういう事?」

「アタシと翡翠は元々人間の高校生だったんです。ある事故のせいで魔界に堕ちてしまって…」

「事故?」

「ワタクシと琥珀ちゃんは、生れつき霊感が強くて人には見えないものが見えたり感じたりする能力があったんですの。
実はリリスちゃんも何度がお見掛けしておりました。
そんなある日魔物がワタクシを襲って来て…そしたら目の前に真っ暗な穴が開いて魔物を吸い込んでいったんですの。ワタクシはそれに巻き込まれて魔界へ堕ちてしまいました。
琥珀ちゃんはワタクシを助けようとして巻き添えに…琥珀ちゃんごめんなさい、ワタクシのせいであなたまで…」

「謝らないで、翡翠。アタシは翡翠と一緒に居られるならどんな世界でも怖くないよ。」

「琥珀ちゃん…ありがとう。」

見詰め会う翡翠と琥珀。この二人、仲がいいんだな。

「それで仕方なく魂狩りになったのかい?」

「魔界に堕ちたアタシらは魔族に捕らえられたんです。一度魔界に堕ちた人間は元の世界に戻れないのが掟なんです。その掟のせいでアタシらは窓の無い塔に閉じ込められ、魔族となるために調教される事になったんです。
長い調教の末、下級の悪魔となったアタシらは魔界の奴隷になることを誓わされてこうして働かされているんです。」

「そうなんだ…辛い経験してたんだね。…ねえ琥珀、調教ってどんな事をされたか聞いてもいいかな?」

「それは…ちょっと…ここではいいにくいっていうか…ねえ翡翠?」

「そ…そうですわね…」

二人とも急に顔を真っ赤にして目を逸らしながらもじもじしだした。もしかして恥ずかしい事をされたのか?

「まあ…あれは人生観変わるよな。」

「衝撃的な経験でしたわね。…ワタクシは嫌いではありませんでしたけど。」

「あ、アタシも癖になっちゃったっていうかー…最初はイヤだったけどだんだん気持ちよくなったっていうかー…」

なんだかボクまでドキドキしてきたので話題を変える事にした。

「と…ところで君達が堕ちた穴って何だったんだろう?」

「ワタクシも詳しくはわかりませんけど、堕ちる直前にリリスちゃんの姿がチラっと見えた記憶が…」

「えっ?リリスは知ってるのか?」

「ああ〜、そういえば〜、昔魔界から逃げ出した魔獣を連れ戻す時に人間を巻き込んだ事があったような気がする〜。」

「やっばりリリスが元凶か!まったくキミは…」

「お願いです葉月さま!翡翠だけでも連れて行ってくれませんか?この子だけでも奴隷の境遇から助けたいんです!」

「だめよ琥珀ちゃん、ワタクシ達ずっと一緒って約束したじゃありませんか?
琥珀ちゃんが行かないならワタクシも魔界に残ります!」

「翡翠…」

「琥珀ちゃん…」

手を取り合って見詰め合う二人。

「あ、あのさ…ボク達これからすごく危険な敵と闘わなければいけないんだ。
それでもいいのか?」

「はい、ワタクシ達も及ばずながら力にならせて下さい。」

「でも〜、魔界を脱走しても追っ手からは逃げられないわよ〜。捕まってすんごいお仕置きされるんだから〜。いいの〜?」

「元はといえばリリスのせいで二人はこうなったんだからね。
☆偉大なる魔王リリス☆が自分の責任でなんとかしてくれるよ(にこっ)。ねえリリス(キュピーン)」

ボクは精一杯の笑顔をたたえつつリリスを睨みつけた。

「はうっ、笑顔の葉月って逆に怖い〜目が笑ってないし…わ、わかったわよ〜リリスちゃんの蒔いた種だから何とかするわよ〜(汗)」

「だってさ、よかったね。」

「ありがとうございます葉月さま!」

二人が声を揃え、涙ぐんでボクに礼を言う。感謝される資格なんてボクには無いのに…
翡翠と琥珀を危険な目に遭わせてしまうってわかっているんだから。
それでもボクは二人の願いを拒めなかったんだ。
二人が互いに見詰め合う目を見て初美がボクを見つめる目を思い出してしまったから…


そうこうしてるうちに列車の時間がやってきた。
ジギスムントはボク達4人に弁当とお茶とお菓子を持たせて見送ってくれた。
動き出した列車に向かってジギスムントが手を振りながら叫ぶ。

「葉月さーんどうぞご無事でー!あの事はくれぐれも内緒でお願いしまーす!!」

「ねえ葉月〜、あの事ってな〜に?」

「な…何でもないよ」

「あ〜、赤くなってる〜。という事は〜…」

「リリス、それ以上言うならそのお弁当はボクがもらうよ。」

「あ〜んそれはやめて〜。」

「葉月さまとリリスちゃんて本当に仲がよろしいんですね。
どんな魔法を使って契約を結ばれたのですか?」

座席についた途端に翡翠が突拍子もない質問してきた。
な…仲がいいのか?ボク達…端から見たらそう見えるのかな?

「葉月は魔法使いじゃないのに〜…ああ!そっか〜!リリスちゃんは葉月に恋の魔法を掛けられたんだ〜。」

「リリスは黙ってて。」

「…はい」

激しく立ち直りの早いリリスに呆れながら、腹ぺこだったボク達はジギスムントがくれた弁当を食べる事にした。

「ねえ…琥珀って凄い格好してるね。」

「うん、子供のころ読んだ漫画の中の悪魔をイメージしたんだ。いかにも悪魔ーって感じするでしょ。」

と言いながら琥珀はセクシーなポーズを作った。

「琥珀ちゃんは形から入る人ですから。でもスタイルがいいからとても似合いますわ。うらやましいですー。」

「そんな事ないよ、翡翠もその服とても似合ってる。可愛いよ。」

「まあ、琥珀ちゃんたら(ぽっ)」

「ごちそうさま〜。」

「リリス、お弁当まだ半分残ってるじゃん。」

「ちがうの〜、葉月ったら鈍感ね〜。」

「鈍感って何だよ。」

「もぉ、葉月も魔界で調教受けたら?。そしたら解るようになるかもね〜。さっきちょっと受けてみたいって思ったでしょ〜?」

「五月蝿い、やっぱり残りのお弁当没収な!」

「はうう…」


リリスは相変わらずセクハラ発言連発だったけど、ボクを落ち込ませまいとするアイツなりの気遣いだってわかってたからそれ以上突っ込むのはやめにした…

「ところで下級の悪魔にもちゃん呼ばわりされるリリスって威厳なさ過ぎ。」

「そのほうがかわいいの〜!葉月のいじわる〜。ぷんぷん」

「本当にお二人は仲がいいですわね。ねえ琥珀ちゃん。」

「アタシたちも負けずに仲良くしなきゃね。ねえ翡翠。」

「琥珀ちゃん…後でね。(ぽっ)」

また二人は見詰め合ってるし…(汗)



つづく

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