作者:銃太郎(SIG550)さん
葉月の世界 第13話 『危機』 |
【狭間の世界のどこかにあるヴォータンの居城ワルハラ】 「フライア、何故わしの方針に反対したお前がそのような知らせを持って来るのだ。」 玉座に座ったヴォータンがいぶかしげに問う。 「私は一族の事を常に思っております。ですから裏切り者は許せないのですよ。 これは我々にとって一大事、主義主張などにこだわってはおれません。」 「ではフェンリルが裏切ったのは本当なのだな?フライア!」 フライアが玉座の前でひざまづきながら答える。 「間違いありません。これを御覧下さい。」 フライアが両手を前に翳すと、1m程の透明な球体が現れ、その中に葉月達に介抱されるフェンリルの姿が映し出された。 「フェンリルは東葉月とリリスに手傷を負わされ、虜になった上に二人に篭絡されたのです。」 「おのれフェンリル、暫く姿を見せぬと思えば、わしが目を掛けてやった恩を忘れおって!色香に迷ったか!」 ヴォータンは怒りに体を震わせて手に持った杯を握り潰し、かけらを床に投げ付けた。 「フェンリルは東葉月の持つノートゥング(神剣)の力を借りてヴォータン様に反逆し、我々を屈服させるつもりに違いありません。 おそらく図書館世界を守る事を条件にリリス達を見方に付け、傷が癒え次第王位を奪う為に我等を攻撃するつもりでしょう。 東葉月は人間ながら神に敵する能力を持つ特異体、放置しておけば神族全体にとって危険な存在となりましょう。」 フライアは薄笑みを口に浮かべながら言う。 「ノートゥングを持つ者は我がアスガルド族の王を名乗る事が出来る。 東葉月の持つ剣はヤミ・ヤーマとの戦いで失った我が剣の代わりとなるであろう 。絶対にフェンリルに持たせてはならん! リリス等を囮にしてイブを捕え我が妻とし、一族再興の為にソーマを供給させるつもりであったが、もはや一刻の猶予もならん。 ヤミを失えば図書館世界を守る為にイブ自ら姿を現すであろう。 わしが直々にきゃつらを成敗してくれるわ! 出陣の支度をいたせ!」 ヴォータンは玉座から立ち上がり号令した。 「お気をつけなさいませ、敵は油断ならぬ相手。」 「特異体か…面白い、見せてもらおうではないか、東葉月とやらの力を。」 ヴォータンが不敵な笑いを浮かべるのを、フライアは冷ややかに見るのだった。 (腹臣フェンリルを葬り、戦士達をそそのかして謀反を起こさせるつもりだったが、奴が東葉月に助けられたのは予想外だったね。 でもお陰でもっといい手を思い付いたよ。ヴォータンめ、見てるがいいわ。フフフフ…) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「やっぱりあそこは反応しなかったね、初美。」 「そうね、残念だわー。でも意外にちっちゃくてかわいかったわね。」 「しぼみきってるって感じだったわね〜、かわいそう〜。」 ボクと初美とリリスは昨夜フェンリルにいたずらを仕掛けたんだけど、ボク達がいくら刺激してもフェンリルの下半身はピクリとも反応しなかったんだ。 ボクはちょっと期待してたのに残念。 それにしても初美は凄く扱い慣れてる感じだったな…ああ…ボクが男だったら初美にあんなこと… 「お前ら、本人の目の前で…ちっちゃいとか言うなー!」 そうだ、ボク達フェンリルが寝ている客間に居るの、忘れてた。 「お前ら、俺の体が動かないのをいいことに、玩具にしようとしたな!」 ベッドの上でフェンリルが怒ってる。 「何怒ってんのよ〜。あたし達みたいな絶世の美少女3人に夜ばいされるなんて、男冥利に尽きるでしょ〜!」 リリスが逆切れしてる。オッサンみたいな事をいうな! 「お姉ちゃんは黙ってて。 あなたをどうやって手当てすればいいか分からないから調べさせてもらったの。 人間の医者に診せる訳にいかないでしょ。」 そう言いながら初美はフェンリルを抱き起こし、持って来たオニオンスープをスプーンですくって食べるように促した。 フェンリルは躊躇っていたけど、初美が優しい笑顔で勧めたから恐る恐るスープを口に含んだ。 そんな初美の姿を見てボクは小さい頃を思い出していた。体が弱かったボクはよく熱を出して寝込む事があって、いつも初美は優しく看病してくれた。 ボクの目に初美は、まるで天使が白い翼で優しく包み込んで癒してくれているみたいに見えたんだ。 今フェンリルを優しく看病する初美の姿は、あの時と変わらない。 やっばり初美は天使だったんだ… あ、でも初美はホントは女神なんだけどね。 「う…うまい。」 スープを一口食べたフェンリルは感激の声を上げた。 「よかった。昨日は食べてくれなかったから心配したわ。 今日はレトルトのお粥じゃなくて、葉月ちゃん特製のオニオンスープだからとってもおいしくて元気が出るよ。」 「イブ、俺はお前を捕える為にお前の大切な葉月達を襲った男だ。こんなに親切にして良いのか?」 「ふふっ、私は弱っている人を見ると放っておけない性格なの。」 「オリュンポス族お得意の博愛主義か、くだらん。生半可な優しさは命取りになるだけだ。」 「私そんなんじゃ…」 困惑する初美。 「ちょっと、イブを困らせないでよ〜!あんた、なんか誤解してるみたいだけど〜、オリュンポス族は博愛主義なんかじゃないわよ。 オリュンポス族が大切にしてる愛はエロス、平たくいうと性愛の事なのよ〜。つまり色恋沙汰で物事が決まるってわけね〜。 だから〜恋愛問題で争いが絶えないの。愛欲と嫉妬の渦巻く世界ね〜。 ヤミ・ヤーマが、この次元に来たのもそんな争いのせいなのよ〜。」 リリスが珍しく真面目に反論してる。雪でも降らなきゃいいけど… 「ヤミ・ヤーマはオリュンポス族の王ゼウスが、ある女神と浮気して生まれた子なの。 ゼウスはヤミ・ヤーマをその女神に育てさせたんだけど〜、成長してから浮気が嫉妬深い王妃のヘラにバレてしまったの。 そして怒ったヘラはヤミ・ヤーマと母親の女神を次元の隙間に落とそうとしたの。 慌てたゼウスはすぐに助けに行ったけど〜、助ける事が出来たのはヤミ・ヤーマだけで、母親の女神は助からなかった。 で、ヘラの怒りから逃れる為に一人ぼっちでこの次元にやってきたって訳。半分追放されたって感じ〜。 そんな事する連中が博愛主義な訳ないでしょ〜。 あたし達があんたを助けたのは〜、同情とかじゃ無くて〜ぶっちゃけ敵の情報が得られると思ったからよ〜。ね〜、葉月。」 リリス、それを言っちゃっていいのかよ、このお喋りが! 「あ、ああ、そう…だね。それに…ボクとフェンリルはまだ決着が付いてないしね。 だからあんたが元気になるまでボクが奴らから守る。」 「そういう事。だから良くなるまでお世話してあげる。そのかわりにフライアの弱点を教えてもらわないといけないんだけどね〜。」 「ヴォータン様を裏切る事は出来ない!」 「…忠義を尽くすフェンリルの気持ちは分かるよ。でもフライアに勝たなければ、あんたの世界に戻れないんじゃないのか? フライアを放っておけばヴォータンも危険にさらされると思うけどね。 今すぐとは言わない、話す気になったらいつでもボクに言ってよ。」 「……。」 フェンリルは黙り込んでしまった。 「とにかくこれを全部食べて。食べたら身体を拭いてきれいにしてあげるわね。」 初美がまた優しくスープをフェンリルの口に運ぶ。 「お…俺に優しくするな!そんなに優しくされ…たら…俺は…俺は…」 みるみる内にフェンリルの目から涙が滝のように流れ出した。 「オ〜イオイオイ(TロT)」 「な、なにも泣くことないじゃないか(汗)」 いかついフェンリルが子供みたいに泣くんでビックリ!おまけに鼻水まで垂らしてるし。 「あらら〜凄い感激屋さんなのね〜、見掛けによらず。」 「女の子に優しくされた事が無いんじゃないかしら。 さあ、涙を拭いて鼻もかんで。」 初美がハンカチで顔の涙を拭う。 「ぐじゅ、かたじけ゛な゛い゛…ズビーム!」 「きったな〜い。 あなた、よっぼどフライアに虐められてたのね〜。」 「面目ない…」 「病気の時は誰でも弱気になるから仕方ないよ、リリス。」 「リリスちゃん病気になった事無いからわかんな〜い。」 リリスが両頬に人差し指を立てて首を傾げた。そのポーズはキモいからやめろ。 「お前の生命力はゴキブリ以上だからな。ゴキブリリス。」 「ゴキブリリスって、変なあだ名付けないでよ葉月〜。」 「ボクをエロ探って言ったお返しだ。」 「もぉ、葉月って根に持つタイプなのね〜。」 「悪いか!」 「何よ〜。」 「二人とも喧嘩はそのくらいにしてね。 葉月ちゃんは小さい頃病弱だったからいつも私が看病してたのよ、お姉ちゃん。 その頃の葉月ちゃんも泣き虫だったわ。」 「は、初美…それは言わないで…」 「ふ〜ん、病弱だったんだ〜。今の葉月からは想像も付かないわね〜。 今は健康そのもの、フェロモンムンムンのエロエロボディー。」 「それ以上言ったら斬るよ! リリスはやたらエロさにこだわるな。 やっばりボクの体だけが目当てだったんだ…」 ボクはリリスから顔を逸らし、わざと悲しそうにして見せた。 「ああ〜ん、葉月ぃ〜違うわよ〜。謝るから悲しまないで〜。」 リリスがボクの肩を抱いて来た。 「じゃあボクの事好き?」 ボクは膝まずいて上目使いにリリスを見た。 「もちろん大好きよ〜。」 「じゃあ…お願い聞いてくれるかな?」 ボクはリリスの目を真っ直ぐに見た。 「葉月のお願いなら何でも聞くわよ〜。(ドキドキ)」 「じゃ、今日から掃除と洗濯はリリスの係ね。」 「ええ〜?何で〜?」 「何でも聞くって言ったじゃん。」 「騙したわね葉月〜。ひど〜い!」 「いつもボクがリリスのうそ泣きに騙されてるからね、お返しだよ。 それから、ゴミ出しとトイレ掃除も忘れないでよ。」 リリスの肩にポンと手を掛けて言うボク。 「あ〜んイブ〜、葉月がいぢめるの〜。」 「お姉ちゃんが悪いのよ。口は災いの元って言うでしょ。お掃除頑張ってね。」 フェンリルの体を濡れタオルで拭いていた初美が冷静に突っ込む。 「あ〜ん、リリスちゃんお掃除よりお仕置きの方がいいの〜。」 「五月蝿い黙れ。」 「お前達、仲が良いのだな。」 フェンリルが半ば呆れたように言った。 「フェンリルさんは仲のいいお友達は居ないの?」 「俺は友情など信じない。」 「へ〜、友達居ないんだ〜。かわいそう〜。」 「お、大きなお世話だリリス!」 「じゃあ一人ぼっちなのか?」 「姉が一人居るが…ずっと虐められっぱなしで…」 「なんか凄く不幸ね〜。リリスちゃん切なくなってきたわ〜。この分じゃ彼女も居なさそう〜。 …あっ、落ち込んじゃった…。」 俯くフェンリルの周りだけどんよりとした空気に包まれている。 「控えろリリス、口が過ぎるぞ。」 ボクはリリスをたしなめた。 「だって〜葉月がいぢわる言うから…ゴニョゴニョ」 拗ねるリリス。 「お姉ちゃん、いじけてないでパジャマ着替えさせるの手伝って。」 初美が言うのも無視してリリスは後ろを向いてブツブツ言い続ける。 「しょうがないな。(リリス、後で初美と二人でお仕置きしてあげるから)」 ボクはリリスに耳打ちした。 「本当?じゃあ手伝いま〜す。」 あーリリスをからかうのって面白い。 それからボク達は、フェンリルを寝かし付けて、リビングに戻った。 「所で葉月ちゃん、今日は学校行かないの?」 紅茶をカップに注ぎながら初美が言う。 「奴らがいつフェンリルを襲って来るかもしれないし、暫く休むよ。」 「サボり〜?いけないんだ〜。」 リリスが耶愉するように言う。 「怒るよ!リリス。どうせこの世界は本当の故郷じゃないんだからいいじゃん、学校行かなくて。」 ボクはムッとして反駁した。 「どうせって、そんないい加減なつもりでこの世界を創ったんじゃないのに〜。」 「だって、この世界のなにもかもが本物じゃない。コピーじゃないか!」 「葉月ちゃん!」 初美が悲しそうな顔をした。 「私とお姉ちゃんは葉月ちゃんに幸せになって欲しくてこの世界を創ったのに、そんな言い方しなくても…」 「初美…」 初美が消えたあの夜、初美が男から手紙を貰った事をボクが責めた時、見せたあの顔と一緒だ… ボクははっとした。ボク…また初美を悲しませちゃった… 謝らなきゃ… 「ごめんね初美。二人の気持ち、わかってたはずなのにボク…。」 「葉月ちゃん…」 見つめ合うボクと初美。 その時、強い光が辺りを包み、ボクは目が眩んでしまった。 つづく |