作者:銃太郎(SIG550)さん

葉月の世界 第12話 『禍根』


「ねえリリス、ガルの言ってた次元の隙間の入口ってどうすれば行けるの?」

「ええ〜!葉月行くつもりなの〜?」

9月2日の晩、夕飯を済ませたボクと初美とリリスはリビングでテレビの時代劇を見ていたが、ボクは昨日ガルガンチュアが話してくれた事が気になって仕方な
かったので、リリスに切り出した。

時空間移動装置の故障で狭間の世界を漂流していたガルガンチュア達は、ある時、空間の割れ目から巨大な獣の尻尾のような物がはみ出しているのを目撃した。
それはまるで犬、あるいは狼のそれに似た形をしていたが、通常の物よりはるかに大きかった。

ボクは狼と聞いて、海に行った時に仲間の裏切りによって暗黒に落とされたフェンリルの事が頭に浮かんだ。

「確かめたいんだ。」

「でも〜、葉月はまだ…」

「わかってる。ボクがまだソーマを制御出来るか不安だと言うんだろ?
でも移動が出来るかどうかは確かめてみないとわからないじゃないか。」

「でも狭間の世界を移動中にソーマが急に変動したら、空間に裂け目が出来て次元の隙間に放り出されるかも知れないのよ〜。」

狭間の世界は本の世界と図書館の間に広がっているなにもない世界だ。
それとは別に図書館世界全体が存在する次元と、別の次元との間にあるのが次元の隙間なんだ。

そこは全てのソーマを吸収する底無し沼みたいな空間で、狭間の世界と違って、
そこに落ちるとたとえ神族でも出ることの出来ない永遠の暗黒の世界。
肉体的な死が存在せず、永遠の命を持つ神族にとって、そこに落ちる事は死と同じような意味を持つ。
ソーマを吸い取られて全ての感覚を失い、動く事も出来ずただ意識だけがある状態となって暗黒の中を永遠に漂い続ける。
それは死よりも恐ろしい苦痛だと言う。

「でも、それがフェンリルだとしたら放って置けないよ。」

「フェンリルなんか助けてどうすんのよ〜。あたし達を捕まえようとしたヤツよ〜。情けは禁物〜。」

リリスは食べかけのアイスが溶けるのも構わずに続けた。

「それに〜、助けた後どうするの〜?図書館は以前あいつに荒らされたから狩人達が目を付けてて連れて行けないし〜。」

「ここへ連れて来ればいいじゃん。」

「ええ〜!?そんな事したらおでこちゃんの居場所がわかっちゃうじゃないの〜!」

「私なら平気よ、お姉ちゃん。ソーマを制御して人間並みにすれば、私がイブだとはわからないわ。」

初美が今まで食べていた【ガリガリ君】の棒をくわえながら言った。

「大丈夫〜?イブ〜。」

「私はお姉ちゃんみたいなうかつ者じゃないわ。」

「うかつ者って何よー、ぷんぷん。」

初美をいじめるな、バカリリス!

「で、葉月は何のためにフェンリルを助けるの〜?」

「敵の情報を聞き出すいいチャンスだろ。
それにさ、助けて恩を売れば何かに利用出来るかも知れないよ。」

「葉月って意外に腹黒いのね〜。誰に似たのかしら〜。」

リリスは初美を横目で見るが、初美は鼻歌を歌ってとぼけている。

「とにかく行ってみようよ。ボクも大分ソーマを制御出来るようになったしさ。」

リリスは危険ならすぐに引き返す事を条件に、渋々承諾した。




「じゃあ行ってくるよ、初美。」

「気をつけてね、葉月ちゃん。」

「ありがとう初美、心配してくれるんだね。」

「だって私の大切な葉月ちゃんだもの。」

「初美…」
「葉月ちゃん…」

そして二人は熱い口づけを交わす。

「ちょっと〜あんた達出掛けるたびにラブシーン演じるのやめてくんない〜?」

あーリリス五月蝿い!



〈狭間の世界〉

ボクとリリスは手をしっかり握り、フェンリルを探して移動していた。

「見えるか?リリス。」

「尻尾だけ出てたっていうから〜、体が空間の割れ目に引っ掛かっているみたいね〜、しっぽしっぽ〜」

リリスはキョロキョロ辺りを見回していたが、突然ボクに向き直ると抱き着いてきた。

「ねえ葉月〜、さっきおでこちゃんにしたみたいにして…」

「やめろ、リリス…ん」

リリスにキスされて身体の力が抜けて来た…手が服の中に入って…あ…胸と股間を同時に触られたら…こんな所で…しかも移動しながら…
「浮遊しながらHすると気持ちいいのよ〜」

「あ…ダメ…や…」

違う…嫌…こんな…

ボク達は濃厚なHに突入した。
リリスに激しく責められて、ボクはたまらず何度もイカされてしまった。

「はあはあはあ…もうダメ…リリスエロ過ぎ…」

「はあはあ…葉月もう降参〜?夕飯前に初美としたばっかだもんね〜
でもこれでひとまずテストはクリアしたわ〜。激しい快感にもソーマが変動しなかったから〜とりあえずは大丈夫ね〜。」

「テストだったの?今の」

「まあ、趣味と実益を兼ねてるんだけどね〜ウフッ」
ウフッって、8割方リリスの趣味だろ。

ボクは体の痺れが取れるまで、暫く漂いなから息を整えていた。すると…

「リリス、あそこ!」

視界の端に、毛むくじゃらの物体が飛び込んで来た。

「ああ〜、間違いないわね〜、あのバカ犬のしっぼだわ〜。」

リリスはどこからか双眼鏡を出して来て覗いてる。
そんなの持ってるなら先に見つけろよ。


ボク達は、空間の裂け目から覗いてる尻尾を引っ張ったけど、びくとも動かない。

「う〜ん、どうしたもんかしらね〜」

「リリス、どいて」

ボクは刀を抜いた。すると刀身にソーマが漲り、強い光を放ち始めた。
リリスは心配したけど…

「出来るかわからないけど、やってみる。」

ボクは空間を切り裂くのをイメージした。すると体中に力が満ちて来るのを感じた。

(あ…来る…)

タイミングを見計らって全力で切り掛かる。

「たあああー!!!」

刀を振り下ろすと空間が切り裂かれてフェンリルの半狼形態の全身が姿を覗かせた。

「今だ!リリス、引っ張れ!」

「ええ〜?か弱いリリスちゃんに力仕事は無理よ〜。」

「早く!」

ボクも手伝ってフェンリルの尻尾を引っ張ると、ズルッと音がして空間の裂け目から全身が出て来た。
かなりソーマを吸われて人間並にまで小さくなっている。

「こいつ気を失ってるわ〜。かなり弱ってるから当分戦えないわね〜。」

ボク達はフェンリルを家へ連れ帰り、客間のベッドに寝かせて看病した。
その甲斐あって三日後の日曜日の朝、フェンリルは目を醒ました。

「こ…ここは…」

「やっと気がついたな、フェンリル。ここはボクの家だよ。」

「な…お前は東葉月…人間のくせに俺を捕虜に…う…体が動かん…」

フェンリルは起き上がろうとしたが、体力が奪われていて起き上がれない。
「まだ寝てないとダメだ。」

「そうよ〜、3日前まで次元の隙間に頭突っ込んでたんだからね〜。」

「そうだ、俺はロキに…くそ…敵の情けは受けん。」
「強がってても体が動かないんじゃどうしようもないわね〜」

「俺をどうする気だ?」

「知りたいんだ、フライアって誰か、何をしようとしてるのか、何故お前を裏切ったのかを。」

フェンリルは暫く物思いに耽っていたが、その日の夕方、ぽつりぽつりと語り始めた。

「フライアは俺が先代の王の宮廷に奉公に上がった時の先輩だった。奴はその時既に侍従頭として権勢を誇っていたのだ。
ちなみにフライアは本名をラフレシア・ノ・ダーノ・ブーコといい、先王に取り入って由緒あるフライアの名を戴いたのだ。
フライアは権力欲と嫉妬心と独占欲の塊のような女神で、王に取り入って甘い汁を独り占めする反面、己の地位を守る為に邪魔な者に容赦無い嫌がらせをして宮廷から追
い出していた。
俺も配属されたその日から奴の嫌がらせの対象になった。
奴とその手下は俺に仕事を与えず、あるいは間違ったやり方を教えて俺が失敗すると無能呼ばわりした。
また、俺の悪い噂をでっちあげて言い触らしたり、会議では俺の意見を徹底的に無視したのだ。
お陰で俺は長い間冷や飯を食わされたのだ。」

一気にフライアことラフレシア・ノ・ダーノ・ブーコへのうらみを話し出したフェンリル。

「な〜んかどこにでもあるのね〜、そんな話。王様に言い付ければよかったのに〜、そんな奴。」

「王は阿諛追従の得意なフライアの意見以外は聞き入れなかったのだ。
そんな俺を拾ってくれたのが、その時将軍だったヴォータン様なのだ。
先王が失脚してヴォータン様が王の座に着かれた時にフライアが宮廷を追われたのは当然の報いだった。
宮廷には奴の陰険なやり方に反感を抱く者は少なからずいたからな。
しかし奴はそれを逆恨みしてヴォータン様を失脚させて自らが王になろうと度々画策してきたのだ。
こうなる前に俺が奴を始末しておればこのような事には…
本来ならば次元の隙間に落とされる所をヴォータン様が情けを掛けた恩を忘れおって!」

悔しがるフェンリル。

「なんか不器用な男ね〜。ちょっとかわいそうになって来たわ〜。」

「リリス…」

「敵の情けは受けん」

「意地っ張りね〜。そんな体なのに〜。」

「なぜヴォータンは図書館世界を壊そうとするんだ?」

「先王はヤミ・ヤーマと妥協して図書館世界の存在を認めてしまった。ヴォータン様はそれに反対だったのだ。
なぜなら、図書館はヤミ・ヤーマの創った実験施設で、本の世界はそこで作られた実験生物を展示する動物園だからだ。」

「ど、動物園?この世界がか?」

思いがけない言葉を聞いてボクは驚愕した。

「そうだ、ヤミ・ヤーマは生命を弄び、人間のような下等生物を作って玩具にした。我々はそれに反対し、マッドサイエンティストのヤミ・ヤーマと図書館を抹
殺するために戦いを挑んだのだ。」

「本当か?リリス」

「本当よ。でもね〜、ヤミ・ヤーマは人間を玩具だとは思ってなかったわ。
全能故に傲慢になって争いが絶えない神々が、仲良く暮らす可能性を探る為に人間を創ったの。
実験は成功したとは言えないけど〜、ヤミ・ヤーマはそれを廃棄することをしなかった。なぜならヤミ・ヤーマは、人間が好きだったから。
ヤミ・ヤーマもあたしとイブも短い生を懸命に生きる人間が愛しいの。
ヤミ・ヤーマはあんた達アスガルド族を殺したことなんて無いのに、あんた達はあたし達を殺そうとした。だから身を守る為に戦ったのよ。」

リリス…いつもふざけてばかりいるけどたまにはいいこと言うな。ちょっと見直したよ。

「フライアは何をするつもりなんだろう?」

「それは俺にもわからん。奴の事だ、良からぬ企みをしているのは間違いないが…」

「じゃあボク達、争ってる場合じゃないよね。フェンリルが生きてるってわかったら、奴ら、また襲って来るに違いないよ。」

「そうよ、ここは協力した方が得策じゃないかしら。あなたは当分戦えそうにないし。
それに敵の敵は味方と言うし。」

おかゆを持ってきた初美が言った。

「いつもすまないね、初美」

「それは言わない約束でしょ、葉月ちゃん。」

「ってなにくさい芝居してるのよ〜、レトルトのくせに〜。」

フェンリルはいぶかしげに初美を見ていたが、突然初美の顔を覗き込んで言った。

「お前、イブだろう?いや、イブの分身か?」

(バレテーラ)

「さすが上級神ね〜一発で見破ったわ〜。」

「その光るおでこが何よりの証拠だ。」

初美はひきつった笑いを浮かべて冷汗をかいている。

「フェンリル、ボクの初美に手を出したら許さないからな!」

ボクは初美をかばうようにして身構えた。

「この体では指一本触れる事もかなわね。案ずるな。」


それからボクたちはフェンリルを寝かせてからリビングに戻った

「あの分じゃ当分寝たきりね〜。相当ダメージ受けたからソーマが回復するのに長い時間かかりそう〜。」

「じゃあフェンリルは能力も使えないんだね。」

「ソーマのレベルは人間と変わらないからね〜。」

「でも、家に男性が泊まるのって何年ぶりかしら、葉月ちゃん。」

「そうだなー、父さんと衣緒以外無かったんじゃないかな?」

「ねえ、夜中に襲っちゃわない?」

「え?体が動かないのに、あそこは大丈夫なの?」

ボクは顔を赤らめて初美に聞いた。

「そうね、じゃあ確かめて見ようよ。」

「じゃあ〜、今夜12時に決行ね〜、楽しみ〜。」


気のせいか、悪寒を感じたフェンリルだった。


つづく

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