作者:銃太郎(SIG550)さん

葉月の世界 第1話 『再会』


五日も雨が降り続く6月30日の夕方、学校を終えたボクは自宅近くの駅に降り立った。

改札機から定期券を抜き取って定期入れに戻すと、いつもは左の出口の方へ向かう筈なのに、
今日ばかりはどういう訳か反対の方向へと足が向いた。

駅前は雨にもかかわらず、買物客や学校帰りの中高生で、かなりの人通りがあった。
その中をボクは家と反対の方角へと歩いて行った。

何故だかはわからない。

家へ帰ってもどうせ一人だしな。
父さんも母さんも仕事が忙しいからって、大事な長女の高等部の入学式の日にも帰って来なかったし。

そんな気持ちがボクの足を家から遠ざけたのかもしれない。

 ボクの学校は中高一貫のエスカレーター式なので、他の中学生と違って受験勉強に悩まされずに済んだ。
と言っても、高等部に上がると成績別にクラス分けがされるので、それなりに勉強は頑張ったつもりだ。

でも、自分で言うのも何だけど、ボクの成績は学年で10位以下になったことはなかったので、
それほど苦労をせずに、成績優秀者が集まるクラスに入れたんだ。

だから高等部に進学してからも、いつものようにつまらない毎日を過ごしていた
…んだけど、なぜか去年の6月以前の記憶が曖昧なんだ。

なにか大切な事を置き忘れて来たような、
誰かに何かを伝えたかったような…

ボクは一体何者なんだろう?
ボクは何をしたいんだろう?

でもそれが何かは分からない。

 そんな事を考えながら歩いていると、ボクは小高い丘のある大きな公園の中にいることに気付いた。

ボクは何かに導かれるようにその丘の頂に向かって歩いて行った。
そこには一本の大きな桜の樹があって、毎年春になると沢山の花を咲かすので有名なんだけど、今は6月だから行っても何も無い筈だ。

でも、そこに行けば何か大変な事が起こる。
さっきから胸騒ぎがしてならない。
だからボクはそのまま歩き続けたんだ。

降りしきる雨の中そびえる桜の大木、ボクはその前で足をとめた。


どうしてこんなに懐かしいんだろう
どうしてこんなに胸が痛むんだろう
どうしてこんなに悲しいんだろう
…あれ、ボク、泣いてる
涙が止まらない
何故?…

その時、誰かがボクの名を呼んだ。

「葉月ぃ、久しぶり〜、元気だった〜?」

振り向くとそこには一人の少女が、小首を傾げて微笑みながら立っていた。

大きな目玉の付いた縁の広い変な形の黒い帽子、
フリルの付いた白のブラウスの胸には蝶々結びの白い大きなリボン、
黒のタイトなミニスカートと同じ色のストッキングにガーターベルトと革靴、
広い襟のある黒いマントを纏い、
悪戯っぽさを秘めた深紫の大きな瞳、
長い金色の巻き毛と大きな胸の美少女。

この娘、どこかで見覚えがある。
ボクの心に一つの言葉が浮かんだ。
…リリス…
それがこの娘の名前なのか?

その時ボクの体に雷に打たれたような衝撃が走って、沢山のイメージがフラッシュバックのように脳裏に甦って来た。

この樹の下で抱き締めた愛しい姉、
巨大な図書館、本の世界での数々の冒険、そこで出会った人達、肌身離さず持っていた大切なボクの分身、悲しい別れ、
そして、共に旅をした少女。

気がつくと、ボクは彼女の名前を呼んでいた。

「リリス…リリス!会いに来てくれたんだね。」

ボクは懐かしさで ますます涙が止まらなくなった。

「よかった〜、思い出してくれて。あん、涙拭きなよ〜。」

リリスはリボンを解き、ブラウスのボタンを外すと、
胸の谷間から白いレースのハンカチを取り出して、ボクに手渡してくれた。

「葉月の記憶の封印を解くためには、一番大切な思い出を鍵にする必要があったの。
だから〜リリスちゃんがこの本の中身をちょっと操作して、ここに来てもらったって訳。」

リリスの説明に涙を拭きながらボクは問う。

「どうして、ここがボクの大切な思い出の場所って知ってたの?」

「いつだったか、図書館で話してくれた事有ったじゃな〜い。」

「そうだっけ?まだ記憶が曖昧で…そうだ、初美、初美はどうした?一緒に来てるんだろ?」

途端にリリスの顔が曇った。

「それが…なんてゆ〜かぁ」

「…そうか」

《がっくし》

そうだよね。
あんな振られ方したんだもん。
来る訳ないよね。

その時丘の麓の方で人の声がした。その方向に目をやると、高校生のカップルが楽しそうに喋りながら、相合い傘でこちらに歩いてくるのが目に入った。

「リリス、ここじゃなんだから家で話そう。」

「ちょ、葉月ぃ、待って〜、引っ張らないでよ〜」

ボクはリリスの手を握って、カップルと反対の方へ歩き出した。



 雨の街をセーラー服を着たボクとキテレツな恰好をしたリリスの怪しい二人連れが歩いて行く。
ボクは青い傘をさしているけどリリスは帽子を被っているだけだ。
なのに濡れないのは彼女のソーマの力のせいだろう。
ボクが本の旅で発揮した能力は、ボクがこの世界に戻った時に初美(イブ)が封印してしまったらしく、今のボクは普通の15才の女の子とほとんど変わりが無い。

さっきから道行く人達の視線が気になる。
リリスの帽子のせいだ。
でも、ボクはそんな事を無視して家へと急ぐ。
あの場所にあれ以上いたら、切なさに押し潰されそうだったから、一刻も早く立ち去りたかったんだ。

大きな交差点でボク達が信号待ちで立ち止まると、
塾通いらしい数人の小学生が、リリスの帽子をみて言った。

「ねえ、見て見てー。へんな帽子ー。」

「ほんとだー。魔女みたーい。」

そのうちの一人が、帽子の垂れ下がった先端に触れようとしたのにリリスが気付いて優しく言った。

「だめよ〜、触っちゃ〜。
大事なものなんだからね。」

「おねえさん、魔法使いなの?」

「そうよ〜。
あたしは愛と正義の魔法少女マジカルリリスちゃんで〜す。よろしくね、うふ。」

何言ってんだか…
まったく、リリスは変わらないな。
しかも、それらしいポーズまでして。
そんなのどこで覚えたんだ?

「だったら、なんか魔法見せてよ。」

ガキんちょが冷やかし半分にリリスをけしかける。

「じゃあ、今からこの背の高いおねえさんを猫耳メイドにしてみせま〜す、

デパスパキシル ソラナクス〜!」

テキトーな呪文にボクが脱力していると、ちょうど信号が青に変わった。

「馬鹿なことやってないで行くよ!」

「あ〜ん、せっかく子供達とお友達になろうと思ったのに〜。意地悪なんだから
〜、ぷんぷん」


やばいやばい、危うく猫耳メイドにされる所だった。
なにしろボクの能力は封印されてるから、リリスの魔力に抵抗出来ないからね。

すねるリリスを強引に引っ張ってボクは家路を急いだ。


住宅街の緩い坂を登っていくと、左手に見える赤いタイルの外壁の一際目立つ家、それが東家、ボクの家だ。
そして初美との思い出がいっぱい詰まった…

初美…何もかもが、皆懐かしい…


「ねぇ葉月〜、まだ〜?」
せっかく感傷に浸っていたのに、リリスの文句に遮られてしまった。

「もうすぐだよ、ほら、あの家だ。」

「へぇ〜、実物を見るの初めてだけど、けっこういい家ね〜
っていうか〜何で歩いて来なきゃなんないの?
リリスちゃんの能力使えばすぐなのに〜」

「いいよ、そんなの」

そうか、その手が有ったっけ!すっかり忘れてた。そうしてれば雨の中、恥ずかしい思いしなくて済んだんだ。
ボクもヤキが回ったかな。

「そんな事よりほら、中に入って。」

「お邪魔しま〜っす!
なんか〜好きな人の家に招かれるってドキドキするね〜」

「リリス、なんか勘違いしてない?」

「もぉ葉月ったら照れちゃって〜。
一年ぶりに再会した恋人を家に招く。二人切りの時間、
途切れる会話、見つめ合う目と目、再び燃え上がる恋、『リリス』『葉月ぃ』
『ボク、初美のことは諦めるよ。もうキミしかいないんだ。今までつれなくしてごめんね。』
『あぁ〜んうれしぃ〜。もうリリスちゃんだけを好きでいてくんなきゃいやなんだから。』
『もちろんだよリリス』
そして二人は唇を重ねる…
いや〜ん、リリスちゃんどうしよう〜
って葉月いないしー」

リリスが玄関で一人芝居をしている間にボクはキッチンでお湯を沸かし始めた。

「何してるんだリリス、早く上がりなよ、こっちだよ。」

ボクはダイニングからリリスを呼んだ。

「言っとくけど、靴を脱いでスリッパに履き替えるんだよ。」

「もぉ〜、日本の家って面倒なんだから〜。」

ぶつくさ言いながらリリスがダイニングにやってきた。

「ここに座って。いまお茶入れるから。」

「リリスちゃん紅茶はアールグレイがいいな〜。お茶菓子はスコーンと薔薇のジャムで〜、」

「はい、出来たよ。」

「ありがと〜、ってインスタントコーヒーじゃないの〜。」

「贅沢言わない。ボクはこれか日本茶しか飲まないんだ。」

「せめて豆から入れるとか〜」

「ボク一人だからね、これで十分…一人…そうなんだ、一人なんだ…
初美はいないんだよね…」

自分が言った事に落ち込んでしまったボク。

リリスがツッコミを入れるかと思ったら、以外にもうつむいてしゅんとしている。

「どうした?リリス、元気無いじゃん。」

「う、うわーん!」

なんだ?いきなり泣き出して。いつものウソ泣き?じゃない、ホントに泣いてる!

「リリス、一体どうしたんだ?何で泣いてるんだ?」

「ええーん、リリスちゃん、また一人ぼっちになっちゃったー!」

「初美は…イブはどうした?」

「おでこちゃん、また家出しちゃったのー。えーん」

「家出って、ヤミの仕事に戻ったんじゃなかったの?」

「ひっく、そうなんだけどね、こないだいきなりいなくなっちゃったの〜。」

「何か思い当たる事はない?けんかしたとか。」

「そんなことしないよ〜
リリスちゃん、イブのこと恨んでたけど、ホントは大好きなのに〜、えーん」

ボクだって初美にふられてひとりぼっちだって事を、思い出して泣きたいのに。
目の前で派手に泣かれたんじゃ悲しんでる訳にいかないな。

「とりあえずこれ飲んで落ち着きなよ。さあ、」

コーヒーを一口飲むと、リリスは少し落ち着いたようだ。

「それでリリスは寂しいからボクに会いに来たの?」
「それもあるけど〜、葉月が何かイブの手掛かりになるような事を知らないかなと思って〜」

「知ってる訳無いじゃん、今まで記憶操作されてたんだから。」

「そっか、そうよね〜。がっくし
リリスちゃん、やっとヤミの仕事から解放されると思ったのに〜。」

「心当たりは無いの?行きそうな世界とか。」

「多すぎてわかんない〜」

「…」

リリスが途方にくれるのも無理はない。本の世界にいる時のイブはソーマをほとんど封印してるから、
ヤミの能力でも見つけることが出来ないんだ。
リリスが長い間イブを探し続けていた理由もここにある。

リリスの話によると、イブが本の世界から消える時に発する強いソーマ(ボクが浴びたアレね)をうまく感知してすぐにそこへ駆け付ければ、捕まえることができるらしい。

でもそれは一瞬だから、もたもたしてると取り逃がしてしまう。

初美が消えた時にケンちゃんが少し遅れてボクの前に現れて、がっかりしてたの
もそのためなんだ。

次にそのチャンスが巡ってくるまでまた16年待たなければならないからね。

「ねえ葉月ぃ、また一緒にイブを探して!あなたと一緒なら見つけられると思う
の。」

「見つけてどうすんのさ。連れ戻したってまたどっか行っちゃうかも知れないじゃない。
イブの心はボクやリリスにはどうすることも出来ないよ。
あの旅で解ったんだ、イブは全ての世界に自分の記憶を残すために旅を続けてるんじゃないかって。
だからイブを一つの場所に留めることは出来ないんだ。」

「じゃあ、葉月はおでこちゃんの事諦めたの?」

「そうじゃないよ。ただ、ボクはさっき記憶が戻ったばかりだから、ボクの中の初美はあの時のままなんだ。
あんな別れ方したんだから、追い掛けたらボクが惨めじゃないか。」

「随分潔いわね〜。なんか葉月らしくない。」

「そうじゃないよ。ただ、記憶が戻ったばかりでまだ混乱してるっていうか…」

その時リリスのお腹がぐうっと鳴った。

「そうだ、夕ごはん食べてってよ、今作るから。」
「じゃあ〜リリスちゃん鴨が食べたいな〜。あと、フォアグラのソテーと〜、前菜はなにがいいかな〜。ねぇ、葉月は何がいいと思う〜?、ってまたいないし」

リリスのわがままを無視して、ボクは料理を始めた。

《1時間後》

「さあ、出来たよ。ハンバーグ食べれるよね?」

「わぁ〜美味しそう!葉月って料理得意なんだ〜。」

「夕ごはんはボクの担当だったからね。」

「じゃあおでこちゃんは?」

「朝、トーストを焼く係。」

「それは賢明な選択ね〜、なにしろあいつ、宇宙一味覚音痴だもんね〜。」

「でも、ホットケーキはすごく美味しかったよ。」

「葉月、それ…ひょっとしてギャグ?」

「何言ってるんだ、初美のホットケーキは宇宙一美味しいんだからね。
あれは天使が作ったご馳走なんだ。」

「ええ〜!どうして〜? リリスちゃん、あれを食べたせいで3日間トイレとお友達になって、3キロ痩せたのよ〜。」

あんな美味しい物をけなすなんて、失礼なヤツだな。あの刀が使えたら叩っ斬ってるところだ。
でもいいや、あのホットケーキはボクだけの宝物なんだから。

 それからボク達は食事をしながら初美(イブ)の思い出話に花を咲かせた。
話に夢中になって気がつくと、時計は11時を廻っていた。

「いけない、遅くなっちゃったね。こんなに人と話すのは久しぶりだったから。」

「ねぇ葉月ぃ、リリスちゃん、今夜帰りたくない。」

「なんだよ、その男を誘ってるみたいなせりふは。」

「だって〜図書館に帰っても一人ぼっちで寂しいんだもん。」

「しょうがないな。ただし、一緒には寝ないよ。
空き部屋になってる初美の部屋に布団を敷くからそこで寝てよ。」

「あぁ、それならだいじょ〜ぶ。リリスちゃんが寝られるようにしといたから〜。」

なんて言うから初美の部屋へ行ってみると、「あの時」以来空き部屋になっていた筈なのに、すでに初美がいた時と変わらない姿に戻っていた。

リリス、何て手回しがいいんだ。最初から泊まるつもりだったんだな。


「ボク、お風呂に入るから覗かないでよリリス。」

「そんなことしないわよ〜。リリスちゃんを信用しなさ〜い。」

「いやに素直だなー。ふつうなら『あ〜ん、リリスちゃんも一緒に入る〜』とか言うのに。まっいいか。」

ボクは制服を脱ぎながら独り言を呟いたけど、疲れていたしそのままお風呂に入ることにした。


シャワーを浴びていたら、久しぶりに初美の入浴姿を思い出してしまった。

するとなんだか体の芯が熱くなってきたんだ。
顔も火照って心臓もどきどきし始めた。
それがお湯にのぼせたからじゃない事をボクは知っている。

慣れた指が自然とボクの敏感な場所へと滑る。
そして…

「あ…ああん…い、いい…んん、ん、ああ…はあはあ」


《そのころ初美の部屋では》

「あぁん葉月ぃ…もっと、もっとぉ…そこ、いい、いいのぉ」

かつて初美が浴室に仕掛けた隠しカメラ。
そいつが捉らえたボクの画像が初美のパソコンに映し出されるのを見ながら、リリスが自分を慰めていたなんて、その時のボクは知らなかったんだ。



 お風呂から揚がって髪を乾かし、ぱんつを穿いてパジャマの上だけを着る。

下を穿かないのは長い事ボクの習慣になっている。
どうせ寝てる間に脱いじゃうからね。

なぜかって?それは秘密だよ。

といってもこれを読んでるキミにはもうバレバレだろうけどね(笑)

 明かりを消してベッドに横たわる。

布団をかぶってふと枕元のミニコンポの時計に目をやると、午前零時になったところだった。

7月1日、初美の誕生日だ。あれからもう一年経ったんだな。
こんな時に記憶が戻ったのも運命なのかな…

初美…ボク、やっぱりキミのことを…

初美のことを思うとボクは我慢が出来なくなる。

ボク、キミを想ってもうこんなになってるんだよ…

「あ…んん、はっはっ…あ、ああっ」

お風呂でしたばかりなのに、またオナニーしちゃった…

 その時、ふと足元を見ると人影が。

つづく

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