ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者:零亜さん

5章直死の少年


 遠野志貴と使い魔レンは海鳴の商店街の一角を歩いていた。
 「はぁ〜〜〜」
 そんな志貴の口から海よりも深いため息がこぼれる。
“クイックイ”
 心配したのかレンが裾を引っ張っている。
「あ、レン。なんでもないよ」
 明らかになんでもなくもない顔で志貴は答える。
 そして・・・・・・・
「はぁ〜〜〜〜〜」
 また、ため息がもれた。
 この場合のため息の原因はまず間違いなく金欠であろう。
 しかし今回だけは違っていた。

 紅い月に照らし出された街の暗闇。辺りには横たわる沢山の屍。そこに立つ、朱に塗れた手の少女。
 志貴のよく知っている少女だった。志貴のよく知っていた少女だった。
 結局、彼女との約束を守ることが出来なかった。そして・・・彼女を護ることも出来なかった。
 後悔に浸りながら、無力を思い知らされながら・・・遠野志貴はただ、目の前で消えてゆく少女の躯を眺めていた。
 
「おっはよ〜♪」
 志貴の頭上からあっけらかんとした声が響く。
「・・・アルクェイド」
 まだ朦朧としている頭をさすって、なるべく目を開けないようにして志貴は起き上がる。そして枕元にある眼鏡を掛け、辺りを見渡す。間違いなく自分の部屋だ。
 アルクェイド・・・金髪の吸血鬼で真祖と呼ばれる部類に入る。そして・・・志貴が殺した女性でもある。
 「な〜に〜、せっかく起こしに来てあげたのに〜」
 彼女の場合、起こしにくる以前に、部屋への侵入経路が問題なのだ。
 案の定、部屋の窓は破られていた。なぜ破られているのか、誰が破ったのか、考えるまでもなかった。
 その犯人は今、志貴に馬乗りしているからだ。
 そして彼女にとって起こしに来ることは遊びに行くと同意義でもあった。
「今日は学校休みなんでしょ?だったら映画いこう♪」
 このとおりだ。
“コン、コン”
「志貴様、失礼します」
ふぃにドアが開き、一人のメイドが入ってきた。
「あ・・・ああ、翡翠おはよう」
 何とか平静を装う志貴であるが、あたりには気まずい雰囲気が漂う。
 ベッドの上で女性に馬乗りされる男性・・・この構図はやはり問題だろう。
 はたから見ればとても居たたまれない状態だが、翡翠はどこ吹く風もなくいたって冷静だった。
 もともと無感情であるからだろう。
「翡翠、おはよう♪」
「アルクェイド様、おはようございます。」
 ・・・・・・・・・・
 あたりを不気味な沈黙が包みこむ。
「それで翡翠、他に用はないのか?」
 その沈黙に耐え切れず、志貴は口を開いた。
「朝食の準備が出来ています。秋葉様がお待ちになられてます。」
「そんなことより志貴、映画行こうよ〜」
 本来なら女性に囲まれてるこの環境はハーレムと呼ぶに相応しいのであろうが、志貴の場合だけは違った。
 八方塞がりなのだ。身動きだとれない状態なのである。
その上一人一人が人外の力を持ち、志貴を巡る争うが起こる。それこそ地獄絵図のような・・いや、そのものだ。
 嫉妬などされたらそれこそ肉の欠片も残らない。
 前門の虎、後門の狼。右はライオン、左は熊。頭上は竜、足元はマグマ。
 それが遠野志貴の現状であった。
 これが平日、学校があった日なら、アルクェイドをなだめて、秋葉と一緒に朝食を取り、学校帰りにアルクェイドの部屋に行きフォローに入るのであるが、こういった休日はそうもいかない。
 アルクェイドの申し出を呑めば秋葉の機嫌が悪くなり、秋葉との朝食に行けばアルクェイドの機嫌が悪くなる。
 解決方法などあるはずもない。
 しかしそれは、ある意味喜ぶべきことなのである。被害を受けるのは遠野志貴ただ一人で済むのだから。
 しかし、今日だけは違った。
「・・・」
「アルクェイド?」
 アルクェイドの様子が変なことに気づく。
「ん、何?志貴」
「・・いや、何かあったのか?」
「ううん、何でもない。ちょっと用事が出来たから帰るね〜。」
 そう言い残すとアルクェイドはもと来た道、即ち窓から飛び降りた。
 「おい!アルク・・」
 慌てて窓から身を乗りだす。しかしアルクェイドの姿はすでになかった。
 そして・・・それがアルクェイドを見た最後だった。
 それから毎日のようにアルクェイドの部屋へ行くが、アルクェイドが帰ってきた様子はなかった。
 それが遠野志貴が海鳴に来る一週間前の出来事である。

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