ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者:零亜さん

4章翠屋


「翠屋」
 喫茶店を兼ねた洋菓子店で、恭也達の母「高町桃子」が経営しているお店である。
 若い頃は都内の有名ホテルのチーフを努めていたパティシエの桃子。その彼女が作る洋菓子はかなり有名で、わざわざ遠くから買いに来るファンも少なくない。
 “カラン”
 ベルの音と一緒にお客さんがお店に入ってくる。
「いらっしゃいませ〜♪」
「・・・・・・いらっしゃいませ。」
 明らかにニュアンスの違う声が客を迎える。その声の発生元は・・・・・・リリスと葉月である。
 ことの発端は数日前、あの戦いの後になる。


 敵の襲撃を何とか凌いだ葉月達・・
「や〜っと終わったみたいね。」
 ふぃにどこか抜けた声が背後からする。振り返るとそこにいたのは・・・・
「リリス・・・」
 戦いになるとなぜかいなくなる美少女がいた。
「いや〜、さすがの葉月はんでも今回はやばかったでんな〜」
 そして体型規格外の饅頭型関西オカメインコ、ケンちゃん。
「とりあえず、まずはその傷の手当ての方が先決ですね。話はその後に・・・」
 二つの小太刀を収め恭也は葉月の方に振り向く。
「家にいけば傷薬とか包帯とかありますよ。私達の家は近くにあります。行きましょう。」
 同じく小太刀を収める美由希。
「そうそうこのリリスちゃんが介抱して上げるから♪」
 最後のリリスの言葉は無視することにした。

 高町家。
 ここの家主である高町桃子は寛大だった。
 母とは言え、死んだ父と結婚したのは10年も前ではない。恭也達とは血は繋がっておらず当然若い。
 だが、恭也や美由希、さらに居候である中国人ハーフ“鳳蓮飛”や“城島晶”実子の”なのは”と分け隔てなく「我が子」として扱い、つまりは、そういう女性なのだ。
 そして桃子はお茶請けを出してその場を後にした。
 傷の手当てを受けながら話を進める葉月達。自分たちの正体とその他もろもろを隠し、とりあえず初美のことを尋ねた。
「いや、残念だけど・・・・・」
 それが答えだった。
「でも、まだこの場所にいないというわけじゃない。もう少し聞きまわってみたらどうだ?」
 それも一理あった。幸い恭也の母は喫茶店を営んでいた。人が集まり情報を聞き出すには持って来いだ。
 そして・・・今、葉月達はここ「翠屋」で短期ではあるがバイトをすることになった。

「すいませ〜ん」
 ふぃに後ろの席から声が掛かる。
「はい。」
 その声に気付き葉月は席に向かう。席には眼鏡をかけた青髪の美女が一人いる。
「すいません、このシュークリーム一皿お願いします。」
 その一言を聞き一瞬葉月の体が停まった。
 そのシュークリームは数日前お茶請けとして出されたものと同じものだからだ。
「かしこまりました。」
 短く言うと葉月は皿をさげ、カウンターに向かう。
 そして数分後、新しい皿を持って戻ってきた。
 注文を出し終えた葉月をリリスが迎える。
「アレ、また注文されたの?」
「うん、これで三回目。」
「そんなにおいしかったかな?」
「少なくとも不味くはなかった。でも・・・ボクは好きにはなれなかった」
 数日前のことを思い出す。お茶請けとして出された”新作”シュークリームの味を。
 パティシエ桃子の得意とするシュークリームは絶品で恭也の父“士郎”がそれを食べて桃子に告白したほどである。
 しかし新メニューであるこのシュークリームは明らかに客を選ぶであろう。その“新作”の名前は「カレーシュークリーム」
 生地からクリームにいたるまでスパイスをふんだんに盛り込んでカレーの風味を最大に生かしたこのシュークリームは、時期早朝というか、日の目を見るのが早すぎた、というのか、明らかに今のブームにのることはないであろうことがわかる。
 葉月やリリス、恭也を初めとする高町家の全員が試食したが、みんな一口で動きが止まった。
 桃子が作るので不味くはないが、けしていまのニーズに合うものではないことは間違いないと思っていた。
 そして今、このシュークリームを実に美味しそうに食している人がいる。
 葉月、リリスの心境はいかばかりのものであろうか。
 ふと横に目を向ければ、少し離れた所でやはり葉月達と同じ面持ちでその席を見ているウェイトレスがいる。きっと考えている事は同じだろう。
 そして、おそらく試食以外の意味でこれを選んだ客が彼女一人である事もまた、その表情から伺える。
 
 余談ではあるが、このシュークリームは完全限定生産品で少数しか作られない。
 というか、最初からある程度予想は出来そうなものであるわけで・・・・・
 酔狂や好奇心で客が注文する以外ほとんど見向きもされないため、これ以上は作れないのが現実だ。
 しかし、どういうわけかここ最近は毎日のように作り続けているらしいが、いつまで作り続けるのかは店長である桃子のみぞ知るところであった。
 だが、今日に限ってはあるだけ全部なくなっているだろう。
 そして・・・・
「う〜ん♪オ・イ・シ・イ〜♪すいませ〜ん、このシュークリームもう一皿お願いしま〜す♪」
 再び、店内に追加注文の声が響く。
 葉月の目に映る、実に日常的でありながらもとてもそうではないその光景は志貴達がこの町に来るつい二日前の出来事だった。

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