ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者:零亜さん

3章御神の剣士


 高町兄妹の前に現れたのは、長い黒髪にセーラー服を纏った少女であった。
 それと同時に少女はアスファルトに倒れる。
「あ!」
 とっさの事だったので思わず美由希は少女を抱きとめる。すると、あることに気付く。
 少女は傷だらけなのだ。
 身体のいたる所に切り傷があり、セーラ服も所々切れ目がある。
 そして少女は日本刀を持っているのだ。柄頭には月を模った飾りがある。
 明らかに何者かと交戦していた事が伺える。
「どうしたんで・・・。」
 美由希が問う前に少女が通ってきた茂みから音がした。
 いや、音がしたと同時にとてつもない速さで銀髪の女性が少女と美由希に襲い掛かる。
「!?」
 少女を抱えていたため美由希の反応が遅れた。
 しかし、女性は突然バックステップをし距離を取る。その刹那何かが美由希と女性の間を通る。
 女性が取った行動はこれを避けるためのものだった。
 女性に向けて飛ばされたのは恭也の持つ飛針であった。
 恭也の方はすでに戦闘態勢に入っている。だが、相手の実力が未知数であること。そして状況の一端だけでも確認したい、という考えが恭也を躊躇わせる要因となった。
「気を・・・つけろ・・・そいつは、人じゃない。」
 美由希に抱えられた少女=葉月が恭也に注意を促す。
「!?」
 一瞬、この少女の言っていることが理解できなかった。しかし、次の瞬間恭也は葉月の言った言葉の意味を身をもって知ることになる。
 女性が恭也に仕掛ける。
 そのスピードは集中していなければわからないほどのものだった。紙一重の所でそれを避ける恭也であるが、間近で見る女性の鋭い爪による一撃がどれほどの威力を持っているかを垣間見た。
 友人知人に人外のモノがいる恭也にとってもこれほどの相手には今だかつてあったことがない。“化け物”と言う言葉はこの女性のためにあるのだろう、という考えが恭也の脳裏を過ぎる。
 「確かに、人じゃないな・・・」
 恭也が呟く。しかしそれは、目の前に立つ女性に対してだけではなかった。
 美由希に抱きかかえられていた葉月は既に愛刀を手に持ち、構えていた。
 ついさっきまで倒れていた姿からは想像も出来ない。まだ所々浅い傷はあるが、それ以外は何ら支障はない。明らかに異常な治癒能力だ。
 美由希も葉月を心配しつつも小太刀を構える。
 女性が恭也へ突進し、腕を振り下ろす。
 しかし、その腕が恭也に触れることはなかった。

 恭也の瞳に入る全ての風景が色褪せた背景へ変貌する。
 精神を極限まで高めることによって、数倍の知覚速度と反応速度を得ることが出来る、“古流剣術御神流”奥義の一つ・・・・
「神速」
 自分へ振り下ろされる腕がスローモーションに円を描く。そしてその色を失った世界の中で恭也は動いた。
 その動きは人の目に止まることはないであろう。
 恭也は女性の後ろに回りこみそのまま斬り込む。
 思いもよらぬ恭也の攻撃によって女性はバランスを失い、そのまま地面に顔をぶつけながら転倒する。
 自分の突進力と恭也の攻撃が相まって女性の体は倒れたところから数メートルの所でようやく止まった。
 その一部始終を目撃していた葉月は驚いていた。
「すごいな・・・・」
「うちの兄、強いんですよ」
 どうも緊張感の欠ける所がある、美由希。
 しかし葉月とて驚いているばかりではない。
 女性が態勢を直そうと立ち上がるところを見逃さなかった。
 恭也の“神速”ほどではないにしろその身体能力を生かした動きは御神の剣士に匹敵する速さと鋭さを持っている。
 立ち上がるその瞬間を狙い、葉月が仕掛けた。
 振り返る女性は瞬時に右腕を突き出しその斬撃を防ごうとする。
 葉月の振り下ろした刀は女性の体を斬る事は出来ず変わりに右腕を切断することとなった。
 女性との間合いを取る。
 女性は顔面からアスファルトにぶつかった為、その美貌に溢れていた顔の皮膚が破れ中の組織が露になっていた。
 加えて斬られた腕からは血が止まることなく溢れ出る。さしずめホラー映画のワンシーンだ。
 状況が不利になったのを悟ったのであろうか、女性は切取られた腕を掴むと葉月達に背中を見せそのまま夜の闇に溶け込んでいった。
 
 数日後・・・・・
 海鳴を見下ろす高台に停車したバスから、一組のカップルが降り立った。
 いやどちらかというとカップルではなく兄妹であろう。
 青色の長髪に黒い服で身を包んだ見る者に薄幸のイメージを与える少女とメガネを掛けた黒髪の少々、いや、全体的にひ弱なイメージをかもしだす青年である。
 回りから見れば仲の良い兄妹に見えなくもないこの二人だが、これが実は主従関係にあると知ったら一体何人の人間がこの青年を憎むであろうか・・・・
 憎しみで人が殺せれば、この青年は何回殺されるだろうか。おそらく、四桁は軽く超えるだろう。
 ・・・どうも犯罪チックな匂いがするは気のせいだろうか?
 「レン、着いたぞ」
 少し疲れた面持ちで青年が隣にいる少女に言う。
 海鳴が一望出来るこの高台はつい最近雑誌で紹介された所だった。
 この二人はニュースで報道されている『吸血殺人』の舞台になっているこの町に野次馬精神爆砕で乗り込んできた・・・・わけではない。
 きっかけはほんの些細なこと、というよりレンの要望だった。
 海鳴には翠屋という人気の喫茶店があり、レンが興味を示したのだ。
 レンはこの青年=遠野志貴の使い魔で吸性鬼である。少女と黒猫という二つ顔を持つレンは普段は猫の姿で遠野家ですんでいる。
 そのため、志貴は時々考えてしまう。レンの本当の姿を知ったら同居人たちは何と思うだろうか。
 ふいにその同居人たちの顔を思い出す
 翡翠は・・・
(・・・・・)
 普段から無表情であるその顔からはあまり考えられないが、少なくとも悪い関係にはならないだろう。
 琥珀さんは・・・
(あら、可愛いですね〜♪志貴さんったら幼女誘拐してきたんですか〜。それだったら私も誘ってくださればいいのに〜♪)
 想像に難しくないのはなぜだろうか・・・・
 そして・・・・そして・・・・
 紅い髪をなびかせながら仁王立ちする妹・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・
 これ以上想像しようとすると眼鏡を外した時以上の頭痛に襲われるのはなぜであろうか。
 こうして遠野志貴と使い魔レンの海鳴巡りが始まった。

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By よっくん・K