ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者:零亜さん

2章銀の襲撃者


海鳴。
 東京から少し離れた、山と海に囲まれた閉静な住宅街だ。取り立てて目立つものがあるわけでもなく、のんびりと穏やかな印象を持った町だった。
 だが、ここ数日というものニュースや新聞でその名を聞かない日は無い。
 『吸血殺人』
 今この町ではこうした見出しの連続猟奇殺人が起こっているのだ。
 その噂や事件の特異性からテレビのニュースなどは連日のように報道を繰り返している。
 そして深夜、その町の一角を一組のカップルが歩いていた。
「・・・・・・なんか吸血鬼が出そうな雰囲気だよね〜」
 眼鏡をかけた少女は不安な顔で青年の服の袖を掴んで呟いた。少女は黒髪を三つ編みにまとめている。
 しかし妙なことに腰には小太刀を二つぶら下げている。それは愚か腕には鋼鉄でできたワイヤーとこれまた鋼鉄でできた針を忍ばしている。
 そんな少女の様子に青年が小さく微笑む。
「そろそろ行くか。今日の訓練も終わったことだし」
「う、うん。そうだね」
 その青年も少女と同じように小太刀を二つもち鋼鉄の針とワイヤーを腕に忍ばせている。
 二人が足を踏み出そうとしたその時、不意に茂みが鳴った。
「!」
 青年は瞬時に少女を背中にかばい、音のした方向へ向いた。こんな時間にこんな場所に来るものがいるとすれば、よほど興味本位の命知らずか、今海鳴を騒がしている吸血鬼ぐらいだ。
「・・・・・」
 青年は音のする向きに注意を払いながら腰の小太刀を2振り取り出す。
「美由希!」
 美由希と呼ばれた少女も青年に続いて同じように小太刀を抜く。怖がっていたが敵と思われる者を感じ、瞬時に戦闘態勢を取った。
「恭ちゃん・・・」
 美由希はおそるおそる青年の名前を呼んだ。
「・・・・・来るぞ」
 音源は、とてつもない速さでどんどんこっちに近づいてくる。
 緊張が張り詰める中、身構える二人にたいし、茂みの奥から一人の人物の姿が現れた。



「はぁ、はぁ・・・・」
 葉月は息を上げ、林を駆け抜ける。
 月明かりも届かぬ森が作り出した暗闇の中、葉月は
銀髪の女の襲撃を受けていた。その爪から繰り出される鋭い攻撃の幾度かは避けきれず、服や皮膚に浅い傷をつける。
 襲撃を受けたのが森の中であったのが幸いした。木々や茂みなどの障害物を利用し、葉月は敵の出方を伺う。
 “ざんっ”
 茂みが鳴り、女が跳躍したのがわかる。上を見上げれば、闇と同化した女が、一直線に葉月へと舞い降りるのが目に映った。
 長く伸びた爪を振り上げ、そして下ろした。
 寸前の所で木陰から離れバックステップでかわす葉月の目の前を、白い刃が掠めた。半瞬遅れで風圧が身体を襲う。
 葉月のいた地面から土砂が舞い上がる。地面には直径3メートルほどのクレータのような凹みが出来上がる。凄まじい力だ。さすがソーマを浴びた葉月でも致命傷は免れなかったであろう。
 その土砂がようやく落ち着いたとき、葉月の姿も女の視界から消えていた。すぐさま周囲を見回すものの、音はおろか気配の一つも見つかりそうもない。
 夜の森にひと時の静寂が訪れる。虫の鳴き声一つしない闇の中での争い。
“ガサリ”
 茂みが鳴る。
 振り返り様の女の爪が、音のした茂みを襲う。
 だが、そこに葉月の姿はなかった。一瞬、女の動きが止まる。そのわずかな隙を葉月は逃さなかった。
 無防備にさらけだした背中に一突き。
 深々と刺さった刃は寸分違わず女の心臓を貫いた。茂みを鳴らしたのは葉月の投げた石ころだった。
 ・・・・・終わった。ふいに葉月の顔に安堵の笑みがこぼれる。
 しかし次の瞬間、女の口が半月の形にゆがむ。
「なに・・・」
 確かに心臓を貫いた。それでも動いているのだ。
「ぐっ!」
 女の払った腕に腹を強打され、葉月の身体が吹き飛ぶ。その衝撃で胃液を吐きそうになる。むせて息が出来ずにいるが、辛うじて刀だけは離さずにいる。
 苦痛に顔を歪ませた葉月が相手を見上げる。
 相手は心臓を貫いても活動し続ける化け物だ。いかに葉月でも手に余る。このまま闘いつづければ、最後に立っているのは向こうであろう。
 そうなれば残る手はただ一つ、こんなところで死ぬつもりは毛頭ない。
 葉月は駆け出した。向かう先は公道だった。開けた場所へ出るのは危険だが、このまま座して死を待つばかりとなればそうも言っていられない。
 駆ける葉月の背後で風が鳴った。振り返るまもなく背中に強い衝撃が走る。
「がはっ・・・・」
 なにか重い物を投げつけてきたらしい。だが、それの正体を確かめる余裕などありはしない。その衝撃で葉月は草上に倒れ、転がる。
 息が詰まり、身体が呼吸を忘れる。
 なんとか起き上がり、よたよたと数歩歩いた時、葉月の身体はアスファルトの上にあった。

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By よっくん・K