33 『或ル国ノ王ノ物語』−3
その次の日からしばらく、放課後はアレックスのトレーニングに付き合う日々が続いた。
「私さ、あの一人で本読んでる子と仲良くなりたいんだよね。」
ランニングをしながら、私はアレックスに彼と仲良くなりたい思いを打ち上げる。
「…………まじか」
「そんなに不思議なこと?知らない子と仲良くなりたいのは普通じゃない?」
「……いや、まあそれはいいと思うんだけど。なんだかお前って変わった奴だなぁと…」
「そうかなぁ……」
トレーニングを一緒にやるようになってから、私とアレックスは最初の頃よりだいぶ仲良くなったと思う。私は同じことをやろうと思ってるだけなんだけどな。
「アレックスも一緒に話しかけに行こうよ」
「ええ………俺はいいよ……」
「え〜〜〜行こうよ!アレックスも友達少ないんだから!友達増やすことはいいことだよ?楽しいし!」
「…………お前、そういうことはもう少しオブラートに包めよ……」
「オブラート?何それ……」
私が聞きなれない単語について聞くと、アレックスは溜息をついて肩をすくめた。
「………もういいよ……」
「で、どう?いかない?」
「いや〜………どうしようかな……」
私の提案にアレックスは渋った。男の子同士だというのに、なかなか女々しいやつだ。
「よし!じゃあ、明日!話しかけに行こう!放課後、開けておくこと!いい??」
「マジか………」
私は少し、強引にアレックスを連れていくことにした。こうでもしないとアレックスは私についてこないと判断したからだ。
「まぁ………わかったよ」
「よし!じゃあ約束!」
丁度校庭を5週したので、私たちは走るのをやめ、そのまま少し外周を歩いた。
「はぁ……」
アレックスがまた溜息をつく。
「そんなに嫌なの?」
私はアレックスに尋ねる。アレックスは首を横に振った。
「いや……嫌なわけじゃないんだけどな………ほら、俺喋るのそこまで得意じゃないから……」
「え〜そう?私とは話せてるじゃん」
「お前は……なんか違う」
「何が違うの?」
「なんか変わってるからな、お前は」
「なにそれ〜〜〜」
私たちはそのまま近くの芝生に腰を下ろした。橙色に染まる夕日が私たちを照らした。
私はその夕日をみながら、あるいたずらを思いつく。
「ねね、ちょっとこっち向いて。」
「………?」
アレックスは顔を素直に私の方に向ける。私はアレックスのおでこめがけて、キスをした。
「…………は?」
アレックスはアホっぽい声をあげて、みるみる顔が赤くなっていく。そして、慌てて私から距離をとった。
「何してんの!?」
「約束のチューだよ。お姉ちゃんとよくやるの。このチューに誓って、約束、守ってね!」
アレックスは照れたように口元を腕で隠して、私から目線を外した。
「…………」
「ね?」
「……あんまり、他の奴にはやらない方がいいと思うぞ………」
アレックスはそういうと、足早に寮の方へと歩いて行った。
可愛い反応をしてくれた。わざわざイタズラした甲斐があった。
私もアレックスを追いかけるように寮の方へと戻った。
夕日は私たちを温かく照らしていた。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////////
そして、約束の日。私たちは、みんなが去って例の彼しかいない教室へと入った。
彼は相変わらず、自分の席で何かの本を読んでいた。マッシュルームみたいな髪の毛に、丸眼鏡をかけている彼は、いかにも本が好きそうな見た目で、一人席に座って本を読んでいる姿に違和感がなかった。
「ねぇねぇ、何の本を読んでいるの?」
「………植物の本」
「へぇ〜!植物好きなんだ!」
「………別に」
彼は私たちを気にする素振りはなく、本を読み続けている。アレックスは私の後ろで私と彼の様子をうかがっていた。
「ねね、何かおすすめの本とかある?私も何か読んでみたいんだ〜」
「……今、本読んでるから。また今度」
「……そっか…ごめんね、忙しいところ…」
「…………」
あまり会話が弾まない。少し気まずい空気になってきた。
どうすればいいかわからなくて黙って突っ立っていると、後ろから背中をつんつんされる。振り向くと、アレックスが外に出よう、とジェスチャーを送ってくる。
私は頷いて、アレックスと一緒に外に出る。
出る前に「じゃあ、また来るからね!」と声をかけたが、彼が反応することがなかった。
「やっぱやめといたほうがよかったな」
私はアレックスといつものようにランニングをしていると、アレックスがそんなことを言ってきた。
「……なんでそんなこと言うの〜。別に話しかけるのはよくない?」
「いや……やめといたほうがよかったというより、話しかけてみてよかった、かな。あいつ、多分人とそんなに関わりたくないんじゃね」
「………そんなこと……」
そんなことない、と言いたかったが、そんなことある感じの対応だったので、最後まで言葉を出すことができなかった。
「俺は別に意図して人を避けてたわけじゃないけど、あいつの場合は意図して避けてたのかもしれない。まあ、無理に話すことはない」
「…………」
でも、それって誰とも話さずにこの学校生活を終えるということではなかろうか。
それは、少し寂しい。私はそう思う。
「……世の中、色んな奴がいる。お前みたいに沢山の人と交流を深めたいって思うやつもいれば、できるだけ独りでいたいって思うやつもいる。俺は、そいつ自身の意思を尊重してやりたい、と思うね」
「なんか………いろんな人を見てきたような口ぶりだね」
私が意地悪に言葉を返すが、アレックスは気に留めずに話をつづけた。
「俺さ、親の仕事の関係でいろんな大人を見てきたんだ。本当に、色んな奴がいるよ。俺は、そういうたくさんの大人と親の関係を見ていて、自分が会った全員の人間と仲良く打ち解けあう必要はないって、そう思った。」
「……でもさ、それはせっかく仲良くなれる可能性を排除してない?そんなの……寂しい」
アレックスは、走るのをやめ、止まって私の方を向いた。私もアレックスに合わせて走るのをやめる。
「それはお前の……ウィルマの価値観の話。で、俺が話したのは、あくまで俺の価値観の話。俺とウィルマの間にも価値観に相違があるんだ。あいつとお前の間にも……違いがあっておかしいことはないだろう?嫌がってる相手に無理に自分の価値観を押し付けるのは、相手の心を傷つけるだけだ」
「…………」
「俺は、お前の価値観が悪いとは思わない。でも、それを無理に押し通すのは、俺は違うと思う。人はそれぞれ考えがあるくらいがちょうどいいんだよ」
「………そっか。なんか、アレックスって見た目以上に大人だね」
「見た目以上にって………」
アレックスはまた前を向いて走り始める。私もそれについていった。
「……わたし、アレックスに不満がある」
「………急だな。何?」
「『お前』っていうのやめてよ。私にもウィルマって名前あるし。」
「ふてくされんなよ……」
「本気。嫌がってる人に嫌がることはやったらいけないって今言ってたじゃん」
アレックスは頭の後ろを掻いて、少し間をおいて答えた。
「………照れるんだよ…名前で呼ぶの。女子だし……」
「嫌がってるの、私は!!」
「………わかったよ。今度から気を付ける……」
「ふ〜ん………」
私たちはその会話を最後に、外周を一周走った。
一周を走り終え、私とアレックスはいつものように芝生に座る。
「ねえ」
「………何?」
「呼んで。名前。」
「…………ヤだよ」
「なんで?さっき名前で呼ぶって言ったじゃん」
「それは今度呼ぶ機会があったらの話。なんでわざわざ呼ばなきゃいけないんだよ……」
「いいから」
「………………」
「………………………………」
「………」
「………………………………………………」
「………わかったよ……」
睨みあった末、アレックスが根負けして、肩をすくめて下を向いた。
「………ウィルマ」
「……よし。許そう」
「もう!何なんだよ!」
「ふふ………おもしれ〜〜〜〜」
私はランニングを終えた後のこの芝生での会話が好きだ。きっと、アレックスも同じだろう。私は、アレックスのこうやって素直に思ったことを言ってくれる所が好きだ。
「よし!じゃあ今日は私のご飯の買い物に付き合って!」
「え!?今から!?!?」
「いいじゃん、別に。今から寮帰って終わりでしょう?少しくらい付き合ってよ。」
「………お前には敵わねえ……」
「あ!お前って言った!その罰に、今から買い物付き合え!拒否権はない!!」
「ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜もう!わかったから!!」
こうして、私はアレックスを買い物につき合わせることに成功した。
荷物は全部アレックスに持たせることにしよう。帰り道が楽になってうれしいことこの上ない、私はそんな意地悪なことを考えていた。
「私さ、あの一人で本読んでる子と仲良くなりたいんだよね。」
ランニングをしながら、私はアレックスに彼と仲良くなりたい思いを打ち上げる。
「…………まじか」
「そんなに不思議なこと?知らない子と仲良くなりたいのは普通じゃない?」
「……いや、まあそれはいいと思うんだけど。なんだかお前って変わった奴だなぁと…」
「そうかなぁ……」
トレーニングを一緒にやるようになってから、私とアレックスは最初の頃よりだいぶ仲良くなったと思う。私は同じことをやろうと思ってるだけなんだけどな。
「アレックスも一緒に話しかけに行こうよ」
「ええ………俺はいいよ……」
「え〜〜〜行こうよ!アレックスも友達少ないんだから!友達増やすことはいいことだよ?楽しいし!」
「…………お前、そういうことはもう少しオブラートに包めよ……」
「オブラート?何それ……」
私が聞きなれない単語について聞くと、アレックスは溜息をついて肩をすくめた。
「………もういいよ……」
「で、どう?いかない?」
「いや〜………どうしようかな……」
私の提案にアレックスは渋った。男の子同士だというのに、なかなか女々しいやつだ。
「よし!じゃあ、明日!話しかけに行こう!放課後、開けておくこと!いい??」
「マジか………」
私は少し、強引にアレックスを連れていくことにした。こうでもしないとアレックスは私についてこないと判断したからだ。
「まぁ………わかったよ」
「よし!じゃあ約束!」
丁度校庭を5週したので、私たちは走るのをやめ、そのまま少し外周を歩いた。
「はぁ……」
アレックスがまた溜息をつく。
「そんなに嫌なの?」
私はアレックスに尋ねる。アレックスは首を横に振った。
「いや……嫌なわけじゃないんだけどな………ほら、俺喋るのそこまで得意じゃないから……」
「え〜そう?私とは話せてるじゃん」
「お前は……なんか違う」
「何が違うの?」
「なんか変わってるからな、お前は」
「なにそれ〜〜〜」
私たちはそのまま近くの芝生に腰を下ろした。橙色に染まる夕日が私たちを照らした。
私はその夕日をみながら、あるいたずらを思いつく。
「ねね、ちょっとこっち向いて。」
「………?」
アレックスは顔を素直に私の方に向ける。私はアレックスのおでこめがけて、キスをした。
「…………は?」
アレックスはアホっぽい声をあげて、みるみる顔が赤くなっていく。そして、慌てて私から距離をとった。
「何してんの!?」
「約束のチューだよ。お姉ちゃんとよくやるの。このチューに誓って、約束、守ってね!」
アレックスは照れたように口元を腕で隠して、私から目線を外した。
「…………」
「ね?」
「……あんまり、他の奴にはやらない方がいいと思うぞ………」
アレックスはそういうと、足早に寮の方へと歩いて行った。
可愛い反応をしてくれた。わざわざイタズラした甲斐があった。
私もアレックスを追いかけるように寮の方へと戻った。
夕日は私たちを温かく照らしていた。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////////
そして、約束の日。私たちは、みんなが去って例の彼しかいない教室へと入った。
彼は相変わらず、自分の席で何かの本を読んでいた。マッシュルームみたいな髪の毛に、丸眼鏡をかけている彼は、いかにも本が好きそうな見た目で、一人席に座って本を読んでいる姿に違和感がなかった。
「ねぇねぇ、何の本を読んでいるの?」
「………植物の本」
「へぇ〜!植物好きなんだ!」
「………別に」
彼は私たちを気にする素振りはなく、本を読み続けている。アレックスは私の後ろで私と彼の様子をうかがっていた。
「ねね、何かおすすめの本とかある?私も何か読んでみたいんだ〜」
「……今、本読んでるから。また今度」
「……そっか…ごめんね、忙しいところ…」
「…………」
あまり会話が弾まない。少し気まずい空気になってきた。
どうすればいいかわからなくて黙って突っ立っていると、後ろから背中をつんつんされる。振り向くと、アレックスが外に出よう、とジェスチャーを送ってくる。
私は頷いて、アレックスと一緒に外に出る。
出る前に「じゃあ、また来るからね!」と声をかけたが、彼が反応することがなかった。
「やっぱやめといたほうがよかったな」
私はアレックスといつものようにランニングをしていると、アレックスがそんなことを言ってきた。
「……なんでそんなこと言うの〜。別に話しかけるのはよくない?」
「いや……やめといたほうがよかったというより、話しかけてみてよかった、かな。あいつ、多分人とそんなに関わりたくないんじゃね」
「………そんなこと……」
そんなことない、と言いたかったが、そんなことある感じの対応だったので、最後まで言葉を出すことができなかった。
「俺は別に意図して人を避けてたわけじゃないけど、あいつの場合は意図して避けてたのかもしれない。まあ、無理に話すことはない」
「…………」
でも、それって誰とも話さずにこの学校生活を終えるということではなかろうか。
それは、少し寂しい。私はそう思う。
「……世の中、色んな奴がいる。お前みたいに沢山の人と交流を深めたいって思うやつもいれば、できるだけ独りでいたいって思うやつもいる。俺は、そいつ自身の意思を尊重してやりたい、と思うね」
「なんか………いろんな人を見てきたような口ぶりだね」
私が意地悪に言葉を返すが、アレックスは気に留めずに話をつづけた。
「俺さ、親の仕事の関係でいろんな大人を見てきたんだ。本当に、色んな奴がいるよ。俺は、そういうたくさんの大人と親の関係を見ていて、自分が会った全員の人間と仲良く打ち解けあう必要はないって、そう思った。」
「……でもさ、それはせっかく仲良くなれる可能性を排除してない?そんなの……寂しい」
アレックスは、走るのをやめ、止まって私の方を向いた。私もアレックスに合わせて走るのをやめる。
「それはお前の……ウィルマの価値観の話。で、俺が話したのは、あくまで俺の価値観の話。俺とウィルマの間にも価値観に相違があるんだ。あいつとお前の間にも……違いがあっておかしいことはないだろう?嫌がってる相手に無理に自分の価値観を押し付けるのは、相手の心を傷つけるだけだ」
「…………」
「俺は、お前の価値観が悪いとは思わない。でも、それを無理に押し通すのは、俺は違うと思う。人はそれぞれ考えがあるくらいがちょうどいいんだよ」
「………そっか。なんか、アレックスって見た目以上に大人だね」
「見た目以上にって………」
アレックスはまた前を向いて走り始める。私もそれについていった。
「……わたし、アレックスに不満がある」
「………急だな。何?」
「『お前』っていうのやめてよ。私にもウィルマって名前あるし。」
「ふてくされんなよ……」
「本気。嫌がってる人に嫌がることはやったらいけないって今言ってたじゃん」
アレックスは頭の後ろを掻いて、少し間をおいて答えた。
「………照れるんだよ…名前で呼ぶの。女子だし……」
「嫌がってるの、私は!!」
「………わかったよ。今度から気を付ける……」
「ふ〜ん………」
私たちはその会話を最後に、外周を一周走った。
一周を走り終え、私とアレックスはいつものように芝生に座る。
「ねえ」
「………何?」
「呼んで。名前。」
「…………ヤだよ」
「なんで?さっき名前で呼ぶって言ったじゃん」
「それは今度呼ぶ機会があったらの話。なんでわざわざ呼ばなきゃいけないんだよ……」
「いいから」
「………………」
「………………………………」
「………」
「………………………………………………」
「………わかったよ……」
睨みあった末、アレックスが根負けして、肩をすくめて下を向いた。
「………ウィルマ」
「……よし。許そう」
「もう!何なんだよ!」
「ふふ………おもしれ〜〜〜〜」
私はランニングを終えた後のこの芝生での会話が好きだ。きっと、アレックスも同じだろう。私は、アレックスのこうやって素直に思ったことを言ってくれる所が好きだ。
「よし!じゃあ今日は私のご飯の買い物に付き合って!」
「え!?今から!?!?」
「いいじゃん、別に。今から寮帰って終わりでしょう?少しくらい付き合ってよ。」
「………お前には敵わねえ……」
「あ!お前って言った!その罰に、今から買い物付き合え!拒否権はない!!」
「ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜もう!わかったから!!」
こうして、私はアレックスを買い物につき合わせることに成功した。
荷物は全部アレックスに持たせることにしよう。帰り道が楽になってうれしいことこの上ない、私はそんな意地悪なことを考えていた。
22/05/18 19:48更新 / Catll> (らゐる)