31 『或ル国ノ王ノ物語』 - 1
私がまだ子供だった頃、エラムは小国で、他国同士の小競り合いを、日和見をして、あっちへこっちへと同盟を結んで破棄してを繰り返しすことで国としての命を保ってきていたそうだ。私は知らないことばかりの子供なので、詳しいことは知らなかったが、これが理由であまり他国にはよく思われてなかったそうだ。
私には父、姉の2人の家族がいた。父は国務で忙しく、あまり顔を見たことがない。母は、若くしてこの世を去ったそうだ。私を産んで、そのまま他界。なので、僕は母の顔を写真でしか知らない。
母のいない私にとって、姉は母のような存在だった。年が離れており、私が3歳の時、姉は16歳。随分と歳の離れた姉妹だったが、姉は面倒見がよく、勉強から日常生活まで、一から面倒を見てくれていた。
実は、姉と私は血がつながっていない……と言っては語弊があるが、両親が違う。私が産まれるまで、父と母の間になかなかこどもができなかったため、次期国王を誰にするかで内紛があったそうだ。その争いを鎮めるため、父の傍系の年頃の娘を養子として迎えたそうだ。それが姉―――オティリエだった。
姉は才色兼備、文武両道の完璧な存在として有名で、14歳の時にエラム王国の法律を半年ほどで学び、スパイ防止法を導入するよう進言したことや、15歳の時に他国のスパイに襲われたとき、2対1で敵を撃退したことなど、その伝説は誰もが知る英雄的な存在だった。
彼女が王族直系として養子に迎えられることに反対した人はいなかった。
しかし、そこで私が産まれてしまった。
直系の子供が生まれたことで、姉はいわゆる補欠の位置づけになり、私の養育係として王宮で働くことになった。当時の私はそんなこと知らないので、呑気にしていたが、当時の姉の心労は計り知れないだろう。それでも、姉は私にたっぷりの愛情を注いでくれていた。
ある日の記憶。
「ウィルマは……大人になったらなにになりたい?」
姉と王宮の庭で遊んでいるとき、ふと、姉がこんなことを聞いてきた。
「私は、『こくおう』になるんだって!」
私は無邪気に答えた。私はその時、国王になると色々な大人に言われてきた。何も知らない私は、国王というものが何かわからないまま、無邪気に答えた。
姉は、ううん、違うの、と首を横に振る。
「私はね、ウィルマの気持ちが気になるの。ウィルマは……何になりたいの?」
私は考えた。そして、子供なりに考えた将来の夢を姉、オティリエに話す。
「およめさん!」
私は、その時の姉の……オティリエの顔を思い出せない。笑っていたのだろうか。泣いていたのだろうか。
その時、姉は、なにを想っていたのだろうか。
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////
私が6歳になった時。私は9年間、全寮制の学校で過ごすことになる。
というのも、私が王宮を追われる身となったわけではない。父が「自分が将来預かることになる国民を、一緒に生活して学べ」と言ったからだ。今でこそそれは父なりの優しさというか、私のことを想ってのことだろうとわかるが、当時の私は追い出されるような気持だった。それもそうだろう、9年間なんて言ったら私が産まれてからこの時まで生活した時間より長くその場所にいることになるのだから。
姉が一緒に支度を整えてくれた。
「たまには私も様子を見に行くからね」
姉は優しく、寂しくて泣きじゃくる私をしゃがんで抱き寄せた。今でもあの時の姉のぬくもりを忘れられない。
「しばらく勉強見てあげられないけど……がんばるんだよ?」
「………わたし、お姉ちゃんじゃないとヤダ」
私は駄々をこねる。姉はそんな私をみて、両手で私の両頬を挟む。
「ぶぇ。なにするの〜」
「いい?私もウィルマとずっとに一緒にいたい。でもね、いつか一緒にいられなくなるの」
「………お姉ちゃん、いなくなるの?」
私がまた目を潤ませて尋ねると、姉は首を横に振る。
「いなくならないよ。でも、ウィルマはお嫁さんになるんでしょ……?」
「………うん」
「でしょ?だから、いつか、私とは別々に生活するようになる。そうなったときは私とずっと一緒に生活できるわけじゃないの。これはその練習。お嫁さんになるための勉強なの」
「…………」
「がんばれる?」
「………わかった」
よしよし、いい子いい子と言って、姉は私の頭をなでる。
私は姉になでられるのが大好きだった。姉の手は、私を安心させてくれる。
「じゃあ、『約束のチュー』。して?」
「…………」
私は、姉のおでこにキスをした。『約束のチュー』、私と姉の間で約束を交わすとき、決まってこのキスをしていた。
姉は微笑み、私の両頬にキスをする。
「よし。じゃあ、学校の前まで見送るから」
私は、姉に付き従うように王宮を後にした。
「着いたよ。ここが、ウィルマ……あなたが9年通う学び舎だよ。」
国立ランチバーク学校。その校門前についた。
外観はあまりきれいとは言えない、木造の2階建ての校舎だった。その校舎の隣に、同じくらいの大きさの、宿舎のような建物があった。あそこが寮なのだろうか。
校舎から、大人が出てくる。背の高い女性だ。姉もまあまあ身長が高い方のはずなのだが、姉よりも身長が高い。170センチほどだろうか。
「ああ、ウィルマちゃんですね。お話は伺っております。」
「ヴィヴェカ先生ですね。ウィルマをしばらくの間、よろしくお願いします。」
二人が大人な挨拶を交わす。私は、姉の後ろに隠れて先生と呼ばれていた存在に警戒していた。
「あら……嫌われちゃったかな?」
先生がしゃがみ、困ったような笑顔を浮かべる。
「ちょっとシャイな子なので……この子が慣れてきたら沢山しゃべると思います。ほら……挨拶して?」
姉に促され、私は姉の背後から出て、お辞儀をする。
「ウィルマです。これから9年間、お世話になります。」
「………」
先生は、黙ってこちらをぽかんと見ていた。驚いているようだ。はっとした先生は、調子を先ほどのように戻す。
「すみません……ここまで挨拶をしっかりできる子は初めてだったので。驚きました…」
「はは……では、よろしくお願いします。ほら、いってらっしゃい、ウィルマ」
私は、姉に持ってもらっていたカバンを受け取り、先生の方へと移動する。
「じゃあ行こうか、ウィルマちゃん」
先生に手を繋がれ、私は引かれるがまま校舎の方へと向かう。
後ろを振り向く。校門前では、姉がこちらに手を振っていた。
唐突に寂しさがこみあげてくる。私はたまらず、大きく手を振って叫んだ。
「おねえちゃ〜〜〜〜〜〜ん!!!!」
私は、姉の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。姉も、私の姿が見えなくなるまで、ずっと校門前で手を振ってくれた。
私には父、姉の2人の家族がいた。父は国務で忙しく、あまり顔を見たことがない。母は、若くしてこの世を去ったそうだ。私を産んで、そのまま他界。なので、僕は母の顔を写真でしか知らない。
母のいない私にとって、姉は母のような存在だった。年が離れており、私が3歳の時、姉は16歳。随分と歳の離れた姉妹だったが、姉は面倒見がよく、勉強から日常生活まで、一から面倒を見てくれていた。
実は、姉と私は血がつながっていない……と言っては語弊があるが、両親が違う。私が産まれるまで、父と母の間になかなかこどもができなかったため、次期国王を誰にするかで内紛があったそうだ。その争いを鎮めるため、父の傍系の年頃の娘を養子として迎えたそうだ。それが姉―――オティリエだった。
姉は才色兼備、文武両道の完璧な存在として有名で、14歳の時にエラム王国の法律を半年ほどで学び、スパイ防止法を導入するよう進言したことや、15歳の時に他国のスパイに襲われたとき、2対1で敵を撃退したことなど、その伝説は誰もが知る英雄的な存在だった。
彼女が王族直系として養子に迎えられることに反対した人はいなかった。
しかし、そこで私が産まれてしまった。
直系の子供が生まれたことで、姉はいわゆる補欠の位置づけになり、私の養育係として王宮で働くことになった。当時の私はそんなこと知らないので、呑気にしていたが、当時の姉の心労は計り知れないだろう。それでも、姉は私にたっぷりの愛情を注いでくれていた。
ある日の記憶。
「ウィルマは……大人になったらなにになりたい?」
姉と王宮の庭で遊んでいるとき、ふと、姉がこんなことを聞いてきた。
「私は、『こくおう』になるんだって!」
私は無邪気に答えた。私はその時、国王になると色々な大人に言われてきた。何も知らない私は、国王というものが何かわからないまま、無邪気に答えた。
姉は、ううん、違うの、と首を横に振る。
「私はね、ウィルマの気持ちが気になるの。ウィルマは……何になりたいの?」
私は考えた。そして、子供なりに考えた将来の夢を姉、オティリエに話す。
「およめさん!」
私は、その時の姉の……オティリエの顔を思い出せない。笑っていたのだろうか。泣いていたのだろうか。
その時、姉は、なにを想っていたのだろうか。
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////
私が6歳になった時。私は9年間、全寮制の学校で過ごすことになる。
というのも、私が王宮を追われる身となったわけではない。父が「自分が将来預かることになる国民を、一緒に生活して学べ」と言ったからだ。今でこそそれは父なりの優しさというか、私のことを想ってのことだろうとわかるが、当時の私は追い出されるような気持だった。それもそうだろう、9年間なんて言ったら私が産まれてからこの時まで生活した時間より長くその場所にいることになるのだから。
姉が一緒に支度を整えてくれた。
「たまには私も様子を見に行くからね」
姉は優しく、寂しくて泣きじゃくる私をしゃがんで抱き寄せた。今でもあの時の姉のぬくもりを忘れられない。
「しばらく勉強見てあげられないけど……がんばるんだよ?」
「………わたし、お姉ちゃんじゃないとヤダ」
私は駄々をこねる。姉はそんな私をみて、両手で私の両頬を挟む。
「ぶぇ。なにするの〜」
「いい?私もウィルマとずっとに一緒にいたい。でもね、いつか一緒にいられなくなるの」
「………お姉ちゃん、いなくなるの?」
私がまた目を潤ませて尋ねると、姉は首を横に振る。
「いなくならないよ。でも、ウィルマはお嫁さんになるんでしょ……?」
「………うん」
「でしょ?だから、いつか、私とは別々に生活するようになる。そうなったときは私とずっと一緒に生活できるわけじゃないの。これはその練習。お嫁さんになるための勉強なの」
「…………」
「がんばれる?」
「………わかった」
よしよし、いい子いい子と言って、姉は私の頭をなでる。
私は姉になでられるのが大好きだった。姉の手は、私を安心させてくれる。
「じゃあ、『約束のチュー』。して?」
「…………」
私は、姉のおでこにキスをした。『約束のチュー』、私と姉の間で約束を交わすとき、決まってこのキスをしていた。
姉は微笑み、私の両頬にキスをする。
「よし。じゃあ、学校の前まで見送るから」
私は、姉に付き従うように王宮を後にした。
「着いたよ。ここが、ウィルマ……あなたが9年通う学び舎だよ。」
国立ランチバーク学校。その校門前についた。
外観はあまりきれいとは言えない、木造の2階建ての校舎だった。その校舎の隣に、同じくらいの大きさの、宿舎のような建物があった。あそこが寮なのだろうか。
校舎から、大人が出てくる。背の高い女性だ。姉もまあまあ身長が高い方のはずなのだが、姉よりも身長が高い。170センチほどだろうか。
「ああ、ウィルマちゃんですね。お話は伺っております。」
「ヴィヴェカ先生ですね。ウィルマをしばらくの間、よろしくお願いします。」
二人が大人な挨拶を交わす。私は、姉の後ろに隠れて先生と呼ばれていた存在に警戒していた。
「あら……嫌われちゃったかな?」
先生がしゃがみ、困ったような笑顔を浮かべる。
「ちょっとシャイな子なので……この子が慣れてきたら沢山しゃべると思います。ほら……挨拶して?」
姉に促され、私は姉の背後から出て、お辞儀をする。
「ウィルマです。これから9年間、お世話になります。」
「………」
先生は、黙ってこちらをぽかんと見ていた。驚いているようだ。はっとした先生は、調子を先ほどのように戻す。
「すみません……ここまで挨拶をしっかりできる子は初めてだったので。驚きました…」
「はは……では、よろしくお願いします。ほら、いってらっしゃい、ウィルマ」
私は、姉に持ってもらっていたカバンを受け取り、先生の方へと移動する。
「じゃあ行こうか、ウィルマちゃん」
先生に手を繋がれ、私は引かれるがまま校舎の方へと向かう。
後ろを振り向く。校門前では、姉がこちらに手を振っていた。
唐突に寂しさがこみあげてくる。私はたまらず、大きく手を振って叫んだ。
「おねえちゃ〜〜〜〜〜〜ん!!!!」
私は、姉の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。姉も、私の姿が見えなくなるまで、ずっと校門前で手を振ってくれた。
22/03/04 00:00更新 / Catll> (らゐる)