27
僕とジャッキーは約束通りエントランスで待ち合わせ、表に回されていた車に乗る。二人乗り終えると、自動的に車が発進した。
車の中は少し独特な雰囲気だった。ジャッキーは黙ったまま車窓から外を眺めていた。
いつもは移動中は一緒になる人と話しながら現地に向かっていたため、移動時間が長く感じる。
「…………あのさ」
「……どうしたの?」
ジャッキーは話を始めるかと思いきや、また黙り込んでしまった。
「………ごめん、なんでもない……」
「………そう」
車の中の雰囲気はいいものではなかった。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////////
カイオワ、バスク街。街並みはカルトヴェリとは少し違う感じの建物が多いが、雰囲気は割と似ている街だった。エラムの手が入った街はどこもこんな感じになるのかもしれない。
カイオワと言えば、リーの故郷だ。かつてはエラムと敵対関係にあったと聞いている。
僕たちはバスク街のホテル前に止まった車を降り、そのまま二人でチェックインを済ませた。
「じゃ、用意ができたらエントランスで。昼間のうちに大体の現地を回って土地勘を掴んで、夜にマトのところに突撃しよう。」
ジャッキーと軽く打ち合わせをしたのち、僕たちはそれぞれ与えられたルームキーの部屋に入る。
「………ジャッキー、どうしたんだろう」
僕は部屋に入って、扉を閉めた後、一人で呟いた。改めてジャッキーの様子が少し変だ。僕は、いったいどうすればいいんだろうか。
そんな気持ちが僕の胸の中で悶々としていた。
エントランスに行くと、既にジャッキーがスーツに着替えて待ち構えていた。
「一応だけど、転移装置とか色々は持ってるよね?」
「うん、持ってきてあるよ」
「OK。なんか小型化されるとぱっと見でいろいろ持ってきてるかどうかわかんないからそこは不便だね〜……じゃあ、街の方を見て回ろうか!」
ジャッキーは気丈に振舞っている。今はいつものジャッキーに見えるが……。
僕たちはそのままホテルを出て、街並みを見て回った。
「あ!フェルディ!待って、ここ見よう!」
ジャッキーは不意に止まって、テンション高めに建物を指さす。そこでは絵画の展示会をやっているみたいだ。
「え……任務中だけど、いいのかな…?」
「大丈夫大丈夫、任務さえこなせば基本何やってても問題ないから!ね、行こ?」
僕はジャッキーに引っ張られ、展示会の中へと連れられた。
ジャッキーも元気がなかったし、少し気晴らしが必要なのかもしれない。僕はそう思うことにし、展示会についていくことにした。
中はあまり広くないが、二階にまたがって展示物があったので割と作品は豊富だった。受付のおじいさんと少し話したのだか、その人が描いた絵のようだ。なかなか独創的で、不気味な絵が多い。中にも人が少なかったので、あまり有名な画家というわけでもなさそうだ。
僕とジャッキーは順路に沿って作品を見て回った。
「ジャッキーって、こういう油絵見るの好きなの?」
「う〜ん、そういうわけでもないけど……なんとなく見たくなって!ほら、人もいないし、なんか落ち着けそうだな〜って」
そういう割には、割と絵に食いついている。今見ている絵は……誰かが叫んでいる絵だ。やはり不気味だ。
「すごいね……あのおじいちゃんには世界がこうやって見えてるのかな」
心なしか、ジャッキーが少し元気そうで安心した。
続いて二階。二階にも同じような不思議な絵がたくさん飾ってある。僕たちは先ほどと同じように順路に従って絵を見ていった。
その中に一つ、きれいな景色を描いた風景画があった。透き通った水色に草原が描かれ、その中にぽつんとひとり、麦わら帽子を被った少女が後ろを向いている。題名は「ゆめのあと」。きれいで明るい絵なのに、なんだか寂し気な空気が感じられた。
「…………きれいだね」
「……そうだね」
「この子は………どういう気持ちでここに立ってるのかな」
僕はふとジャッキーの横顔を見る。その目は最近よく見るぼーっとした目だ。
「ジャッキー………」
「おっと!ごめんごめん、少ししんみりとしちゃったね、じゃあそろそろ出ようか!」
ジャッキーはそういうと、出口の順路の方へと歩いてゆく。僕にはまるで、この絵の中の少女がジャッキーに憑依したかのように感じた。
僕たちは展示会場を出た後も、いろいろな場所を回った。服屋、カフェ、ゲームセンター……そうこうしているうちに、時間は午後7時を回った。日も沈み始め、あたりが暗くなっていく。
「ジャッキー、そろそろ行かないと……」
ジャッキーに仕事の話を促す。ジャッキーは振り帰らず、空を仰いだ。
「そうだね。そろそろ行かないとね」
「……………」
ジャッキーは深く深呼吸をする。そして、うなずき、自分の頬を両手でパンパンと叩いた。
「よし!いこう!さっと終わらせてさっと帰ろう!」
ジャッキーは気合を入れるように声を出し、歩みを進めた。
マトの住んでいるマンションへ辿り着く。結構よさそうなマンションで、自動ドア前に番号キーがあった。どうやらここで呼び出しをしないといけないみたいだ。
「えーと………502、だね。よし、呼ぶよ」
ジャッキーは番号キーを押し、「呼び出し」のボタンを押す。2コール目で、中のひとが出てきた。
「………どちら様ですか」
低めの、女の人の声だ。警戒している感じが通話越しに伝わってくる。
「すみません。バリさんですか?私たち、エラム連邦の者ですが、少しお話を伺いたいな〜と思いまして。少しお話しできませんか」
「……………」
返答が返ってこない。というか、ジャッキーもかなり直接的に言ったな。今までは割と素性を隠してたと思うけど……。
「わかった。まあ、覚悟はしてたし。いいよ、カギは開けるから、入ってきて」
通話が切れると、隣のガラス扉から、カチャリとオートロックが外れる音がした。
「え、空けちゃうんだ……」
「…………」
僕は驚いたが、ジャッキーは特に驚く様子もなく、中へと入っていく。
僕もあわてて、ジャッキーの跡を追った。
エレベーターを使って階層を上がり、502号室の前の扉の前についた。ジャッキーが迷いなくインターホンを押す。程なくして、ドアが開いた。
「………どうぞ、入ってください」
中から出てきた女性は、ショートカットの女性だ。服は明らかな部屋着というか、パジャマ姿薄化粧をしていて、きれいにしてる感じがわかる。
ジャッキーと僕は顔を見合わせ、促されるまま部屋に入る。
部屋の中は、割ときれいにしてある感じがした。一つの光景を除いて。
ベッドの上には、被害者と思われる人の遺体が寝かせてあった。
顔の上には布がかぶせてあるので、被害者の顔は見えない。しかし、殺したとは思えない感じな丁重な扱いだったので、違和感と不気味さが増した。
「これは………」
ジャッキーがその遺体に近づくと、女性が待ったをかける。
「その体には障らないで。せめて、私がここにいるうちは。」
ジャッキーは驚いた顔をしたが、すぐに向き直って謝罪する。
「ごめんなさい、目に入ってしまったので。」
いや、これは別に調べて当然だと思うが……と思ったが、黙っておく。ジャッキーには何か考えがあるのだろう。
「いえ……当然のことと言えば当然のことです。わがままを聞いてくれてありがとう」
女性は僕たちをリビングの椅子へと招いた。僕とジャッキーは招かれるがまま椅子に座る。女性は対面側に座った。
「………腕を、出してもらえますか」
女性は軽くうなずき、腕を卓上に乗せる。ジャッキーが針を腕に刺す。すると、傷口からは煙が出てきた。黒だ。
僕はすかさず、転移装置のボタンを押し、『霧切』を取り出す。
「待って!!!!!!!!!!!」
大声を出して僕を制止したのは、女性ではなく、ジャッキーだった。
ジャッキーはハッとしたようにすると、少し俯いた。
「……ごめん……でも、少し待って……」
自分でも大声を出したとは思ってなかったようだ。女性の方は相も変わらず落ち着いている。というより、なにかあきらめている感じがした。目から生気が感じられない。
「………どうして……どうして、逃げなかったんですか……」
「…………」
ジャッキーの問いに、女性は答えない。しばらく沈黙が続く。
「………私ね、そこに寝てる子と、付き合ってたの」
女性はしばらくすると、口を開いた。横たわってる遺体は女性のものだ、僕は一瞬何が何だかわからなかったが、徐々に理解をし始める。いわゆる、LGBTというものだ。
「久しぶりにね。デートをしようって私から誘ったの。あそこにいて、ホントに長い間、会えてなかったから。でもね、あの子、別の女を作ってたみたい」
「…………」
女性は続ける。
「長い間音信不通だったから。新しい女を作っていたってのは……まあわかる。辛かったけど、それは飲み込んだ。でも、私があそこに閉じ込められたのを話したら……『信じられない』とか、『嘘ついてごまかさないで』って言われちゃった。それで口論になって。あの子、私にビンタをしてきて。『心配してたのは私の方なんだよ』って、泣いて怒鳴って。まるで私が悪いみたいに。わたしも閉じ込められてたの、辛かったから、かっとなっちゃって……それで……」
女性の瞳から涙が一滴落ちる。
「……あそこ、というのは…………?」
ジャッキーが女性に質問する。すると、女性ははじめて表情を変えた。驚きと怒りが混じったような、瞳孔が開ききったおぞましい顔。そして、元の、すべてをあきらめたような顔に戻る。
「………そう……。あいつらは、どこまでも残酷なんだ……」
「答えて。あそこ、って何」
ジャッキーが椅子を立ち女性に詰め寄る。女性はジャッキーの視線を受け止めた。
「………教えない。これは、私なりの、あいつらへの……エラムへの、最後の抵抗」
女性も強く答える。ジャッキーは何かを抑えるように、我慢しているような表情をしたが、静かに椅子に座りなおした。
「あなたたちに八つ当たりをしても仕方ないってのはわかってるけど……。でも、死ぬ前の最後くらい、わがまま一つくらいしても、いいでしょう?」
女性は自嘲気味に話す。僕は二人が何を話しているかわからなかった。
「……………フェルディ……、お願い。」
ジャッキーは俯きながらつぶやく。僕は介錯のことだと思い、持っていた『霧切』を鞘から取り出す。
どうしてジャッキーが手を下さなかったのだろう。様子も少しおかしい。知り合いなのだろうか。
僕は席を立ち、女性の後ろに回り、刀を構える。
「………最後に残したい言葉は」
一応聞いておくべきかと思い、僕は女性の背後から尋ねる。
女性はしばらく黙っていた。そして、最後の言葉を残す。
肩が震えていた。溜めていた気持ちがあふれ出したのだろう。女性は泣いていた。嗚咽を一生懸命止めているのがわかる。
「……ごめん。ごめんね、アイラ。私も、今、罰をうけるから…………」
僕は彼女の首を、一振りで切り落とした。
車の中は少し独特な雰囲気だった。ジャッキーは黙ったまま車窓から外を眺めていた。
いつもは移動中は一緒になる人と話しながら現地に向かっていたため、移動時間が長く感じる。
「…………あのさ」
「……どうしたの?」
ジャッキーは話を始めるかと思いきや、また黙り込んでしまった。
「………ごめん、なんでもない……」
「………そう」
車の中の雰囲気はいいものではなかった。
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カイオワ、バスク街。街並みはカルトヴェリとは少し違う感じの建物が多いが、雰囲気は割と似ている街だった。エラムの手が入った街はどこもこんな感じになるのかもしれない。
カイオワと言えば、リーの故郷だ。かつてはエラムと敵対関係にあったと聞いている。
僕たちはバスク街のホテル前に止まった車を降り、そのまま二人でチェックインを済ませた。
「じゃ、用意ができたらエントランスで。昼間のうちに大体の現地を回って土地勘を掴んで、夜にマトのところに突撃しよう。」
ジャッキーと軽く打ち合わせをしたのち、僕たちはそれぞれ与えられたルームキーの部屋に入る。
「………ジャッキー、どうしたんだろう」
僕は部屋に入って、扉を閉めた後、一人で呟いた。改めてジャッキーの様子が少し変だ。僕は、いったいどうすればいいんだろうか。
そんな気持ちが僕の胸の中で悶々としていた。
エントランスに行くと、既にジャッキーがスーツに着替えて待ち構えていた。
「一応だけど、転移装置とか色々は持ってるよね?」
「うん、持ってきてあるよ」
「OK。なんか小型化されるとぱっと見でいろいろ持ってきてるかどうかわかんないからそこは不便だね〜……じゃあ、街の方を見て回ろうか!」
ジャッキーは気丈に振舞っている。今はいつものジャッキーに見えるが……。
僕たちはそのままホテルを出て、街並みを見て回った。
「あ!フェルディ!待って、ここ見よう!」
ジャッキーは不意に止まって、テンション高めに建物を指さす。そこでは絵画の展示会をやっているみたいだ。
「え……任務中だけど、いいのかな…?」
「大丈夫大丈夫、任務さえこなせば基本何やってても問題ないから!ね、行こ?」
僕はジャッキーに引っ張られ、展示会の中へと連れられた。
ジャッキーも元気がなかったし、少し気晴らしが必要なのかもしれない。僕はそう思うことにし、展示会についていくことにした。
中はあまり広くないが、二階にまたがって展示物があったので割と作品は豊富だった。受付のおじいさんと少し話したのだか、その人が描いた絵のようだ。なかなか独創的で、不気味な絵が多い。中にも人が少なかったので、あまり有名な画家というわけでもなさそうだ。
僕とジャッキーは順路に沿って作品を見て回った。
「ジャッキーって、こういう油絵見るの好きなの?」
「う〜ん、そういうわけでもないけど……なんとなく見たくなって!ほら、人もいないし、なんか落ち着けそうだな〜って」
そういう割には、割と絵に食いついている。今見ている絵は……誰かが叫んでいる絵だ。やはり不気味だ。
「すごいね……あのおじいちゃんには世界がこうやって見えてるのかな」
心なしか、ジャッキーが少し元気そうで安心した。
続いて二階。二階にも同じような不思議な絵がたくさん飾ってある。僕たちは先ほどと同じように順路に従って絵を見ていった。
その中に一つ、きれいな景色を描いた風景画があった。透き通った水色に草原が描かれ、その中にぽつんとひとり、麦わら帽子を被った少女が後ろを向いている。題名は「ゆめのあと」。きれいで明るい絵なのに、なんだか寂し気な空気が感じられた。
「…………きれいだね」
「……そうだね」
「この子は………どういう気持ちでここに立ってるのかな」
僕はふとジャッキーの横顔を見る。その目は最近よく見るぼーっとした目だ。
「ジャッキー………」
「おっと!ごめんごめん、少ししんみりとしちゃったね、じゃあそろそろ出ようか!」
ジャッキーはそういうと、出口の順路の方へと歩いてゆく。僕にはまるで、この絵の中の少女がジャッキーに憑依したかのように感じた。
僕たちは展示会場を出た後も、いろいろな場所を回った。服屋、カフェ、ゲームセンター……そうこうしているうちに、時間は午後7時を回った。日も沈み始め、あたりが暗くなっていく。
「ジャッキー、そろそろ行かないと……」
ジャッキーに仕事の話を促す。ジャッキーは振り帰らず、空を仰いだ。
「そうだね。そろそろ行かないとね」
「……………」
ジャッキーは深く深呼吸をする。そして、うなずき、自分の頬を両手でパンパンと叩いた。
「よし!いこう!さっと終わらせてさっと帰ろう!」
ジャッキーは気合を入れるように声を出し、歩みを進めた。
マトの住んでいるマンションへ辿り着く。結構よさそうなマンションで、自動ドア前に番号キーがあった。どうやらここで呼び出しをしないといけないみたいだ。
「えーと………502、だね。よし、呼ぶよ」
ジャッキーは番号キーを押し、「呼び出し」のボタンを押す。2コール目で、中のひとが出てきた。
「………どちら様ですか」
低めの、女の人の声だ。警戒している感じが通話越しに伝わってくる。
「すみません。バリさんですか?私たち、エラム連邦の者ですが、少しお話を伺いたいな〜と思いまして。少しお話しできませんか」
「……………」
返答が返ってこない。というか、ジャッキーもかなり直接的に言ったな。今までは割と素性を隠してたと思うけど……。
「わかった。まあ、覚悟はしてたし。いいよ、カギは開けるから、入ってきて」
通話が切れると、隣のガラス扉から、カチャリとオートロックが外れる音がした。
「え、空けちゃうんだ……」
「…………」
僕は驚いたが、ジャッキーは特に驚く様子もなく、中へと入っていく。
僕もあわてて、ジャッキーの跡を追った。
エレベーターを使って階層を上がり、502号室の前の扉の前についた。ジャッキーが迷いなくインターホンを押す。程なくして、ドアが開いた。
「………どうぞ、入ってください」
中から出てきた女性は、ショートカットの女性だ。服は明らかな部屋着というか、パジャマ姿薄化粧をしていて、きれいにしてる感じがわかる。
ジャッキーと僕は顔を見合わせ、促されるまま部屋に入る。
部屋の中は、割ときれいにしてある感じがした。一つの光景を除いて。
ベッドの上には、被害者と思われる人の遺体が寝かせてあった。
顔の上には布がかぶせてあるので、被害者の顔は見えない。しかし、殺したとは思えない感じな丁重な扱いだったので、違和感と不気味さが増した。
「これは………」
ジャッキーがその遺体に近づくと、女性が待ったをかける。
「その体には障らないで。せめて、私がここにいるうちは。」
ジャッキーは驚いた顔をしたが、すぐに向き直って謝罪する。
「ごめんなさい、目に入ってしまったので。」
いや、これは別に調べて当然だと思うが……と思ったが、黙っておく。ジャッキーには何か考えがあるのだろう。
「いえ……当然のことと言えば当然のことです。わがままを聞いてくれてありがとう」
女性は僕たちをリビングの椅子へと招いた。僕とジャッキーは招かれるがまま椅子に座る。女性は対面側に座った。
「………腕を、出してもらえますか」
女性は軽くうなずき、腕を卓上に乗せる。ジャッキーが針を腕に刺す。すると、傷口からは煙が出てきた。黒だ。
僕はすかさず、転移装置のボタンを押し、『霧切』を取り出す。
「待って!!!!!!!!!!!」
大声を出して僕を制止したのは、女性ではなく、ジャッキーだった。
ジャッキーはハッとしたようにすると、少し俯いた。
「……ごめん……でも、少し待って……」
自分でも大声を出したとは思ってなかったようだ。女性の方は相も変わらず落ち着いている。というより、なにかあきらめている感じがした。目から生気が感じられない。
「………どうして……どうして、逃げなかったんですか……」
「…………」
ジャッキーの問いに、女性は答えない。しばらく沈黙が続く。
「………私ね、そこに寝てる子と、付き合ってたの」
女性はしばらくすると、口を開いた。横たわってる遺体は女性のものだ、僕は一瞬何が何だかわからなかったが、徐々に理解をし始める。いわゆる、LGBTというものだ。
「久しぶりにね。デートをしようって私から誘ったの。あそこにいて、ホントに長い間、会えてなかったから。でもね、あの子、別の女を作ってたみたい」
「…………」
女性は続ける。
「長い間音信不通だったから。新しい女を作っていたってのは……まあわかる。辛かったけど、それは飲み込んだ。でも、私があそこに閉じ込められたのを話したら……『信じられない』とか、『嘘ついてごまかさないで』って言われちゃった。それで口論になって。あの子、私にビンタをしてきて。『心配してたのは私の方なんだよ』って、泣いて怒鳴って。まるで私が悪いみたいに。わたしも閉じ込められてたの、辛かったから、かっとなっちゃって……それで……」
女性の瞳から涙が一滴落ちる。
「……あそこ、というのは…………?」
ジャッキーが女性に質問する。すると、女性ははじめて表情を変えた。驚きと怒りが混じったような、瞳孔が開ききったおぞましい顔。そして、元の、すべてをあきらめたような顔に戻る。
「………そう……。あいつらは、どこまでも残酷なんだ……」
「答えて。あそこ、って何」
ジャッキーが椅子を立ち女性に詰め寄る。女性はジャッキーの視線を受け止めた。
「………教えない。これは、私なりの、あいつらへの……エラムへの、最後の抵抗」
女性も強く答える。ジャッキーは何かを抑えるように、我慢しているような表情をしたが、静かに椅子に座りなおした。
「あなたたちに八つ当たりをしても仕方ないってのはわかってるけど……。でも、死ぬ前の最後くらい、わがまま一つくらいしても、いいでしょう?」
女性は自嘲気味に話す。僕は二人が何を話しているかわからなかった。
「……………フェルディ……、お願い。」
ジャッキーは俯きながらつぶやく。僕は介錯のことだと思い、持っていた『霧切』を鞘から取り出す。
どうしてジャッキーが手を下さなかったのだろう。様子も少しおかしい。知り合いなのだろうか。
僕は席を立ち、女性の後ろに回り、刀を構える。
「………最後に残したい言葉は」
一応聞いておくべきかと思い、僕は女性の背後から尋ねる。
女性はしばらく黙っていた。そして、最後の言葉を残す。
肩が震えていた。溜めていた気持ちがあふれ出したのだろう。女性は泣いていた。嗚咽を一生懸命止めているのがわかる。
「……ごめん。ごめんね、アイラ。私も、今、罰をうけるから…………」
僕は彼女の首を、一振りで切り落とした。
21/10/14 02:21更新 / Catll> (らゐる)