連載小説
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20
「………お母様、申し訳ありませんが、検査が済んでおりません。腕を出していただけますか」
リーは泣き崩れる母親の元へ歩み寄る。それを遮るように、父親がリーの前に立ちはだかった。
「同じコーカサスの人間なのにこうも血も涙もないなんてな………信じられねぇ……」
「………仕事ですので」
父親の煽りに反応せず、リーは静かに答える。
「………鬼、だな。お前ら……」
「いいのよ……あなた。もう………」
母親の一声を聞き、父親は納得していない様子ではあったが、リーから少し距離を取った。
「………では、失礼します」
リーは母親の腕に針を刺し、抜き取る。結果は白。傷口から煙が上がることはなく、傷口からは血が滴ってきた。
「……このタンポンを使って傷口を抑えてください。傷口は数分でふさがります」
母親はリーからタンポンを受け取ったが、傷口を抑える様子がない。母親の目には、生気が感じられなかった。
すると、トンネルの中から沢山の車が出てきた。護送車のような大きめの車だ。
「次は何なんだよ……」
「安心してください。我々の仲間です。あとは彼らが案内します。それでは…」
父親が警戒するが、リーが諭す。そして、僕を連れて護送車の列の一番後ろの車から降りてきた人の元にリーが歩いていく。
「お疲れさまでした。事後処理はこちらで引き継ぎます。車の方は空港の方へ回してありますので。」
車から降りてきた人がリーへ事務連絡程度に話しかけてきた。黒髪で長めのおかっぱボブ、真っすぐ髪が下りた、顔立ちの整った女性だ。歳は僕より少し歳上……20歳程度だろうか。
落ち着いた彼女とは対照的に、リーは少し食い気味に詰め寄った。
「お疲れ様……って思うなら車をここまで持ってくるのが筋じゃない?」
「いえいえ…ここは今から事後処理で混雑しますので、少し離れたところがよいかと思いまして。それに……事後処理についてはあなた方は関わることができない決まりですから」
「……理由になって無くない?車を持ってくることと事後処理の関係とかないでしょ」
「理由になってますよ。車はまだ到着していません。ここに滞在なされますと先の制約から我々は事後処理が行えません。その間に例の生命体の鮮度はどんどん落ちてしまい、本来ならばわかったことも分からなくなってしまいます。この理屈、お分かりになられますか?」
二人は初対面の僕でもわかるくらいには険悪な空気になっていた。僕がリーをいさめる。
「まあ……ここは言う通りにしよう」
「……………チッ」
リーは舌打ち一つを残して、その女性を背に空港の方へ歩き出した。僕もリーへついていく。


「……あのさ」
「……何」
歩き始めてしばらくたってから、僕はリーに話しかけた。
「さっきの子と仲悪いの?」
「………まあ……なんか、腐れ縁みたいな感じ」
「…………そっか…」
「…………」
「……それにしてもさ…今回のT型生命体、子供だったね…」
僕は歩きながら、今回の戦いを振り返る。いくら化け物とはいえ、仕留めるときはさすがに心が痛んだ。それに……
「………それに、普通の人間が庇ってるとか……しかも親子関係だとか………もう何が何だかわからないよ……」
「……吸血鬼の伝承に、『幻覚』ってのがあるらしい。対象に対して物事を誤認させる能力。あいつらにも、その能力があるみたい。実際私も何パターンかそういう個体に出くわしてる。夫に、親に、友人に化けた奴。それが今回は娘だった。それだけの話」
「………そうなんだ……」
『幻覚』をみせる能力を持つ個体。何でもありだなぁ……。
「……でも」
「…?」
リーは唐突に歩くのをやめ、空を仰いだ。僕もそれにつられて夜空を見上げる。星がきれいに瞬いていた。月が雲に隠れていて、より一層星がきれいに見える。
「……さっきの子供。死ぬ寸前まであの二人のことを父母呼ばわりしてた。」
「…………」
「私はね、沢山の人間の死ぬ直前を見てきた。死ぬ直前に嘘をつく人間はそんなにいない。死を悟ったまともな……違うな、『まともだった』人間は、みんな思い思いのことを口にする………でも、あの子供は、最後まで『嘘』を突き通した。子供なのに。」
「…………」
「もしこれが………『鬼だから』っていう理由だったら…………この世にいるべき生物じゃない………と思う……」
「………そうだね」
僕はリーの表情をうかがう。彼女はなんだか、悲し気な顔をしていた。

「へぇ〜〜〜〜〜〜〜、やっぱ気持ち悪い考え方をするんだね、君たちは」
唐突に後ろから幼い女の子の声が聞こえる。僕たちは慌てて声の方へ振り向く。
そこには、僕より少し歳の小さそうな女の子が立っていた。二つ結びの、紅い眼が特徴的な女の子。可愛げな服、可愛げな容姿とは対照的に、その声は冷たい。
「そっちのツインテは……なんか見たことあるけど………そっちの男は新入りかな?」
「………つけてたのか」
リーの声が強張っているのを感じる。ちらっとリーの方を見ると、彼女の頬には汗が伝っていた。
「あ〜〜〜…別にそんなに気にしなくていいよ。ちょっと聞いてただけ。いやね、たまたまそこを通りがかったらなんか沢山車があるところから離れてく二人が見えてね。面白いかな〜って思って後ろを歩いてただけだから」
「…………」
リーは無言で彼女の武器……スクリュードライバーを取り出した。彼女も吸血鬼なのか。
僕もリーに合わせて霧切を取り出す。
「え!怖………そんな急に殺し合い、始める??安心してよ〜〜別に今日はそういうつもりで来たわけじゃないし。ほら、武器も持ってきてないよ?」
おちゃらけた様子で女の子は両手をひらひらさせる。
「……………」
リーは挑発ともとれる女の子の発言には耳も貸さず、構え続けた。
「ききわけのない奴だなぁ………安心しろよ。」
少女がひらひらさせていた両手を下ろし、拳を握りしめる。同時に、月光が僕らを照らす。少女の目つきが変わり、僕ら二人のことを力強く睨みつける。紅い彼女の目の瞳孔が、猫の目のように細くなった。
「殺してぇのは、アタシも同じだからよ」
僕の背中から冷たい風が吹く……いや、これは寒気だ。恐怖で動くことができない。
今までに恐ろしい連中はたくさん見てきたが、そのどれとも違う、今までにあったことのない恐ろしさ。
あれは………呪いだ。
途端、腕をリーに引っ張られ、僕は動きを取り戻す。
「逃げるよ!!!!!!」
リーは全力で叫び、空港の方へ走り出した。
我に返った僕は、急いでリーの後を追う。

背中から高笑いが聞こえる。その高笑いが、空港に着くまで、ずっと耳の中でこだましていた。
21/09/23 01:55更新 / Catll> (らゐる)
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