ヤミと帽子と本の旅人〜ショートストーリーズ〜

作者:零亜さん

第七章「夢見の黒猫」


「買い物は・・・・これくらいかな?」
 海鳴の商店街を歩く葉月は、買い物袋の中身と買い物リストをてらし合わせていた。
 その視線を逸らし、上を見上げる。
 茜色に染まり始めている空が広がっている。騒がしくも賑やかな商店街と人と人とが行きかう歩道。ここは自分の世界を連想させる。
 この世界はきっと、限りなく近く果てしなく遠い所にあるのだろう、そんなことを思う。
 もうそろそろ夕暮れになるだろう。
 どれくらい歩きいたのだろうか。
 そんなことを思っていた時、視界に小さな公園が映った。子供たちはもう帰ったしまったのだろうか。人の姿は無く、ジャングルジムや少し揺れているブランコが子供たちが遊んだ後を物語っていた。
 公園の向こう側に丁度三人ぐらいが座れるベンチを見つけた。公園を突っ切り、ベンチの脇に荷物を置くと葉月はベンチに腰掛けた。
 公園の入り口から入ってくる風が妙に心地よい。僅かに滲み出た汗が風に吹かれ流されていく。
 ここまで歩き続けたせいで少し疲れたのだろうか、葉月の瞼が急に重くなった。

 

 葉月は夢を見ていた。
 台所で一人の少女が料理に励んでいる。
 葉月の視線に気づいたのか、少女は葉月へと振り返り、そして微笑んだ。
「おはよう、初美。」
 葉月は少女に朝の挨拶を交し合う。
 初美はしゃべることが出来なかった。故に、葉月は彼女の言葉と声を聞くことは無かった。
 しかし、そのことを不自由に感じたことはない。
 その豊かな表情から彼女が何を考えているかが十分すぎるほど理解できた。
 そう想うたびに、初美の事をを誰よりも知っていると思った。心のどこかで繋がっているさえ、錯覚したほどだ。
 二人でテーブルにつき、初美が作った朝食を食べ、何気ない話題で盛り上がりながら登校する。放課後は商店街に足を運び、品物を見ては夕食の献立を考える。家に帰れば、夕食の準備をしては帰ってくる初美を待つ。
 何気なくもありふれた、しかし自分が心から幸せだと思える日常。変わることなく、ただこの時間が続いていればそれだけでよかった。 
そう、このまま・・・このまま続いていたら・・・



 誰かが目元を撫でる、その奇妙な感触で葉月は目を覚ました。
 ゆっくりと上半身を上げて辺りを見渡すとそこはついさっきまでとは違う風景だった。
 いや、それは少々違っている。ついさっきまでの風景が違っていたのだから。
 公園に設置されている時計で時間を確認する。ここで休憩を取ってから10分くらいしか経っていない。
 目を擦る。冷たい涙の感触が指を濡らした。
 さきほどの夢を思い起こす。
 あれはかつて当たり前にあった日常であり、それと同時に自分が思い描き続けた願望・・・・
「に〜」
 思いふけていた葉月の耳に動物の鳴き声が入る。
 後ろを振り向くと、そこには・・・・
「に〜」  
 一匹の黒猫が鳴いていた。
 黒猫は、葉月の腕に頬を擦りつける。葉月は両手で黒猫を掴み、持ち上げる。別に暴れることはなく、猫は葉月の頬に自分の頬を擦りつける。一種の表現なのだろうか。
 同じ動作を3、4回繰り返すと、猫は葉月の目元を舐め始めた。
 そこはまだ、涙の跡が微かに残っている。猫はそれを消すかのように、丁寧に、そして綺麗に嘗め回す。
 それは、さきほど葉月を起こすきっかけとなったあの感触そのものだった。
 おそらく黒猫は、葉月がここで眠ってから起きるまで、ずっと葉月を見つめていたのだろう。
 そう思うと、言葉に言い表せない衝動に駆られ、葉月はその黒猫をそっと抱きしめた。



“カラ〜ン、カラ〜ン”
「ただいま〜」
 ドアに設置されているベルの音を聞きながら、葉月は翠屋に入って行くと、客は夕方という時間帯も重なってか少なかった。
 そのまま厨房へ行き、買ってきた荷物の仕分けに入る。
 あらかた仕分けし終え、軽く背伸びをした。
「あ、お帰り。戻ってたのか?」
 後ろから恭也が声をかける。
「うん、ついさっき。」
 荷物の仕分けも終わったから、と簡単に説明する。
「そうか、それは助かるな。・・・・・・ところで。」
 恭也は視線を葉月の足元に移し、
「可愛いお客さんだな。」
 と、冗談交じりに言った。
 恭也の視線の先には、さきほど公園であった黒猫が葉月の足の近くに座り込んでいた。
翠屋ではこういった、可愛いお客さん(?)は珍しくなかった。
 と言うのも、アルバイトで来ている神崎那美がよく連れている狐, 久遠は翠屋のちょっとしたマスコットとして有名だった。
 もっとも、今の翠屋のマスコット(どちらかといえば看板娘)といったら、葉月とリリスの二人になるのだが・・・
 というのも、リリスがいる時間帯は男性集客力が、葉月がいる時は女性の集客力がハッキリするほど上昇した。
 このことに関して、リリスは「当然よっ!」と誇らしげに言い、葉月に至っては「なぜ?」と呟き小首を傾げるのだった。
 そして恭也が黒猫の頭を撫でようと屈もうとすると・・・
「あ〜あ、つ〜か〜れ〜た〜〜・・・・」
 ベルが軽く音を鳴らし、現看板娘のリリスが両手に荷物を持って戻ってきた。
 そして、厨房から出てきた葉月を見つけると、
「葉月〜、会いたかった〜♪」
 葉月に駆け寄り、ついでに屈んでいた恭也の背中を踏んづけながら、抱きついた。
 それを店内で注文を受け終えた美由希が声をかける。
「仲良いんですね。」
 仲良くなんてない。葉月は心の中で叫んだ。
“カラ〜ン、カラ〜ン”
 客の来訪を告げるベルが鳴り響き、一人の男性と一匹のインコが入店してきた。
「はぁ〜〜〜〜〜」
「ま〜兄さん、あんま溜め息ついてても良い事あわへんで〜」
 それは、ついさっきリリスと別れたケンちゃんと遠野志貴であった。
 一人と一匹を見るやいなや「あ〜〜〜っ!!」と大きな声を上げたリリスが二人に詰め寄る。
 そして、ケンちゃんを握り潰すなり、
「あんたのせいで、重い荷物持つハメになったのよ〜っ!」
 耳元で怒鳴りちらした。
 ウエストが女性が憧れるぐらい細くなる中ケンちゃんは、いい気味だ、と内心ほくそ微笑んだ。
「に〜」
 そんな騒がしい中、葉月の近くにいた黒猫が、志貴の足元に擦り寄る。
「レ、レンっ!」
 レンと呼んだ黒猫を抱きかかえる。
「やっぱりここに来てたんだ。」
 レンも飼い主と逢えたのが嬉しいのか、志貴の頬を舐め続ける。
 その光景はじつに微笑ましく、見ているこっちまで笑みがこぼれる。
「キミの猫だったんだ。」
 葉月は、抱えられているレンの頭を撫でる。
「あ、ああ。レンっていうんだ。」
 動物虐待と動物愛護が織り成す雰囲気は、店内を可笑しくも明るく包み込んでいく。
 そんな平和な日常も、数分後に突然終わりを見せることを、この時の葉月たちは知らなかった。






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 みなさまお久しぶりです。今回はかなり更新が止まっていました。申し訳ございません。
 お詫び、というわけではないのですが、次回でこの作品も完結となります。ただ、かなりの量になりますので前編と後編に別れてしまうかもしれません。
 期限としては、一月の末か二月の上旬に前編を上げたいと思っております。
 

 さて、今回ですが、赤い眼鏡さんの要望の「レンちゃんを活躍させてほしい」を叶える形に仕上げて見ました。
 もともとがアクション系統だったのでかなり悩みましたが、結局「レンちゃんらしく行こう」と思い、葉月×レン(特に深い意味はありません)でいこうと考えました。
 レンが見せる夢の世界で涙する葉月・・・・・・うまくいったかな〜?
 出来ればご感想をお願いします。
 私的には、葉月たちの集客力あたりと動物虐待(笑)がうまくいったと思ってます。


 次回はいよいよ完結前編です。ごうご期待!

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By よっくん・K