墓があった。洋風に形作られ、楕円を描いた造形もあれば、十字架を模したつくりになっているものもあった。
空は紅色に染まり、日の光とも月の光とも取れぬ明かりが墓標に影を作り出す。
微弱に吹く風はその下に眠る者達を慰める様でもあり、嘲り笑うかの様でもあり、いずれにしても冷たいことには変わりなかった。
その墓石の間を縫うかのように、リーヴァ・ベルはふらりと現れた。
子供でもなく、大人でもない身丈。黒いフード付のぽんちょからは紫色の髪が除いていた。左側の部分だけ三つ編され、それを緑色のリボンで止めている。
白いワンピースが風ではためく中、目を引くのは手に握られた大きな鎌だった。
黒光りした持ち手は途中で婉曲し、独特のデザインをかもし出している。鈍色に光る切っ先が、風景の色と交わって、なんとも不気味な空気を漂わせていた。
リーヴァは墓石を淡々と見回し、一つ一つ確認しては次の墓石に向かうという行動を繰り返していた。
彼女は死神である。死んだ者が成仏しきれずにこの世をさまようことのないように、魂を冥土にいざなうことが彼女の仕事であった。
「…ここ」
リーヴァはとある墓前でポツリとつぶやいた。
墓石に刻まれた名前を一読し、間違いのないようにもう一度見る。
突如、墓石にできた影が揺らめいた。
落ち葉が微風に吹かれて地面をこすったような音がそこから発せられる。
やがて地面に縫い付けられるようにできていた影は一つの人間の見た目となって、リーヴァのいた空間に立体的に形作られていった。
現れたソレはぐるりとあたりを見回すと、目の前にいたリーヴァを見下ろすように見つめた。
「…素直に眠ることのできなかった魂。それは『悪霊』となって他者に攻撃を加えるの。今のあなたのように」
『悪霊』と呼ばれた影がリーヴァに飛びつくように襲い掛かる。『悪霊』は何かにすがるように、求めるように、引きずり込むように、飲み込むようにリーヴァに手を上げた。
しかし。その手がリーヴァに触れる寸前、ぴたりと『悪霊』の動きが止まる。
リーヴァは俯いたままだった。自分を見つめていた影に視線を合わすこともなかった。ただ、鎌を振るっただけった。
突如、『悪霊』の手が、手首から切り落とされるように崩れ落ちた。続くようにして、今度は悪霊の胴体が横に真っ二つに切り離された。最後、『悪霊』の体と頭をつなげていた首が、果物をナイフで切ったかのように滑らかに切断される。
「…私の役目は魂を黄泉へ誘うこと。善良な魂が『悪霊』になる前に、『悪霊』になってしまった魂が生者に危害を加える前に」
影から生まれた『悪霊』が、また地面へへばりつくように吸い込まれていく。元いた影に戻るかのように、あるべき姿に帰るかのように。
それを淡々とした表情で視界に捕らえながら、リーヴァは持っていた鎌の切っ先をそっとその影に触れさせる。
「…仕事だから」
ぽつりとそれだけつぶやくと、リーヴァはその切っ先に神経を集中させた。
淡い紫色の光が一瞬だけその先端にともされたかと思うと、触れていた影が一瞬だけ穏やかに揺れた。
すると、あたりを包んでいたぴりぴりとした空気が、ただの静けさに変わっていく。
『悪霊』はリーヴァの話した黄泉と呼ばれる場所へ送られたらしい。
「リーヴァ」
突如、リーヴァを取り巻く空間に、エコーのかかったようなくぐもった音が響く。それはリーヴァにしか聞こえない声だった。
リーヴァは無言でその言葉に耳を傾ける。
「次の仕事よ。対象は姉弟の二人。詳細は現地についてから話すわ。場所は…」
しばらく言葉を発さずに聞き入るリーヴァ。声の主は死神の世界に
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