僕は犬を飼っていた。小さい柴犬で名前はアポロと言った。名付けの理由は忘れてしまった。
名付けたのは僕ではなく、保育園の頃から高校まで一緒だった幼馴染の黒葉だった。
彼女は姉の羽痕と共によく僕の家に遊びにきていた。家の中で放し飼いにしており、僕のベッドの上でよく寝ていた。
母から聞いたことだが、最近亡くなったそうだ。
僕は実家を出てしまっていたので、看取ることは出来なかった。
たくさんたくさんの書物が背表紙に貼られた文字に従い並んでいる。ライトノベルは置いていない。図書館だ。見飽きたほど目に焼き付いた光景。今日はなんの本を借りにきたのだろうか。思い出せない。しばらくうろついていよう。そうしているうちに思い出すだろう。
しばらくそうしているとどこからか視線を感じた。誰かが僕を見ている。
僕は一番広い読書コーナーへ移動した。端っこにあり、隠れる場所が少なかったからだ。
「何の用?」
羽痕だ。学校の制服を着ている。
こっちの台詞だと言おうとしたがそれよりも他のことに驚いてしまった。
羽痕はアポロを連れていた。鎖は付いていない。
「ア、アポロ!ぉいで!おいで!」
反応がない。
前足で顔を掻いている。
羽痕は死んだような眼でアポロ見て、蹴った。鈍いドフッとした音が静寂の中に響いた。時計の音だけがタッタッと鳴っている。
アポロは遠くに逃げてしまい、僕たちは無言で目を合わせていた。
我に返ったように羽痕が頭を掻いて、「悪かったよ、ごめん」と言った。
そんなことをする人だっただろうか。
この人は。
僕は目を逸らした。アポロの方を見る。怯えている。
「なんで生きてるの?」
その言葉を発したのは目の前の死神に取り憑かれた様な女だった。
こっちの台詞だ
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