「………お母様、申し訳ありませんが、検査が済んでおりません。腕を出していただけますか」
リーは泣き崩れる母親の元へ歩み寄る。それを遮るように、父親がリーの前に立ちはだかった。
「同じコーカサスの人間なのにこうも血も涙もないなんてな………信じられねぇ……」
「………仕事ですので」
父親の煽りに反応せず、リーは静かに答える。
「………鬼、だな。お前ら……」
「いいのよ……あなた。もう………」
母親の一声を聞き、父親は納得していない様子ではあったが、リーから少し距離を取った。
「………では、失礼します」
リーは母親の腕に針を刺し、抜き取る。結果は白。傷口から煙が上がることはなく、傷口からは血が滴ってきた。
「……このタンポンを使って傷口を抑えてください。傷口は数分でふさがります」
母親はリーからタンポンを受け取ったが、傷口を抑える様子がない。母親の目には、生気が感じられなかった。
すると、トンネルの中から沢山の車が出てきた。護送車のような大きめの車だ。
「次は何なんだよ……」
「安心してください。我々の仲間です。あとは彼らが案内します。それでは…」
父親が警戒するが、リーが諭す。そして、僕を連れて護送車の列の一番後ろの車から降りてきた人の元にリーが歩いていく。
「お疲れさまでした。事後処理はこちらで引き継ぎます。車の方は空港の方へ回してありますので。」
車から降りてきた人がリーへ事務連絡程度に話しかけてきた。黒髪で長めのおかっぱボブ、真っすぐ髪が下りた、顔立ちの整った女性だ。歳は僕より少し歳上……20歳程度だろうか。
落ち着いた彼女とは対照的に、リーは少し食い気味に詰め寄った。
「お疲れ様……って思うなら車をここまで持ってくるのが筋じゃない?」
「いえいえ…ここは今から事後処理で混雑しますので、少し離れたところがよいかと思いまして。それに……事後処理についてはあなた方は関わることができない決まりですから」
「……理由になって無くない?車を持ってくることと事後処理の関係とかないでしょ」
「理由になってますよ。車はまだ到着していません。ここに滞在なされますと先の制約から我々は事後処理が行えません。その間に例の生命体の鮮度はどんどん落ちてしまい、本来ならばわかったことも分からなくなってしまいます。この理屈、お分かりになられますか?」
二人は初対面の僕でもわかるくらいには険悪な空気になっていた。僕がリーをいさめる。
「まあ……ここは言う通りにしよう」
「……………チッ」
リーは舌打ち一つを残して、その女性を背に空港の方へ歩き出した。僕もリーへついていく。
「……あのさ」
「……何」
歩き始めてしばらくたってから、僕はリーに話しかけた。
「さっきの子と仲悪いの?」
「………まあ……なんか、腐れ縁みたいな感じ」
「…………そっか…」
「…………」
「……それにしてもさ…今回のT型生命体、子供だったね…」
僕は歩きながら、今回の戦いを振り返る。いくら化け物とはいえ、仕留めるときはさすがに心が痛んだ。それに……
「………それに、普通の人間が庇ってるとか……しかも親子関係だとか………もう何が何だかわからないよ……」
「……吸血鬼の伝承に、『幻覚』ってのがあるらしい。対象に対して物事を誤認させる能力。あいつらにも、その能力があるみたい。実際私も何パターンかそういう個体に出くわしてる。夫に、親に、友人に化けた奴。それが今回は娘だった。それだけの話」
「………そうなんだ……」
『幻覚』をみせる能力を持つ個体。何でもありだなぁ……。
「……でも」
「…?」
リーは唐突に歩く
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