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ACT1 『落し物』


 ジリリリリリリリ。
耳障りな目覚まし時計の音が安眠していた私の耳に突き刺さった。
「なんや、もう朝かいな……」
 しぶとくハンマーでベルを叩き続ける目覚ましを手探りで停止させてから、私はのそのそとベッドからはい出した。
部屋の壁にかけてある時計にぼんやりと視線をやると針は6時30分を少し回ったところだ。
 いつも通り私は冷蔵庫を漁り、昨日残しておいたポトフを温め、買い置きしておいたバゲットを口に含む。
 今日は日曜で学園は休みである。だが、休日だからと言って遅くまで寝ているのは性に合わない。私は貴重な時間をロスすることには我慢がならない性分だった。授業の復習に予習、あと自分に課している自主トレーニングなど、したい事は挙げて行けばキリがない。
「みずきとの待ち合わせは9時に寮の前やったから……まだ時間あるな。よっしゃ…アレやろか」
 私が小学校から高校まで一貫教育のこの退魔神学園に入学したのは、小学校の入学と同時だから、今、私が高等部の3年生だということを考えると、私はこの学園都市でもう10年以上一人暮らしを続けていることになる。
小学生のころから一人暮らし、というと奇妙に感じるかもしれない、私のように家が遠くて通えない生徒が学校の寮を使わせてもらう事は結構多いパターンで、実際、学園寮は私と同じような生徒で概に埋まってしまっている。もちろん、学園側の配慮も行き届いており、寮のスタッフは私たち生徒の素行にいつも目を光らせている。学年が低いうちは、寮というよりも、もはや合宿所に近い感覚で、皆数十人単位の集団生活をしていた。今にして思えばなかなか合理的だが、当時は嫌で仕方なった記憶がある。
 もっとも、私たち高等部にもなると、そこまで私生活に介入される事は無くなるので昔の苦労も今となっては良い思い出だ。それに、こんな破格で住める所が確保できるのは寮くらいのものだ。感謝することはあっても、文句を言うのは筋違いといえる。

「ハッ!」
 勢いよく突き出した拳がベランダの朝の空気を震わせる。
 交互に両方の拳を向かいのベランダに向かって突き出す。
私が中等部に上がってから毎朝欠かさず続けているトレーニングだ。きっかけは武術の授業で落第点を貰ったためだったが、今ではライフワークになってしまっている。自分の部屋のベランダでするから、雨の日も関係ないし、それにこうしていると雑念を振り切って、とても澄んだ気もちになるのだ。
「アレス先輩、今日も自主トレーニングですか?」
アレス・ウォーターフィールド、私の名前だ。
「ああ、みずきか……知らん間に人のウチに上がり込むなんてどういう了見や?」
 軽口とともに振り返るとそこには今日会う予定の友人、石鎚山瑞棋の姿があった。私はなんとなく厳めしい名字だな、と密かに思っている。
「大体、待ち合わせは9時やった筈や? 今はまだ8時、それともウチにある時計が全部1時間ずれてたんか?」
 わざとしかめっ面をつくり、肩を竦めてみせる。
「今日は早く目が覚めちゃったから迎えに来ちゃいました♪ えっと、迷惑でしたか?」
 悪びれる様子もなく、みずきは笑顔で舌を出した。
「ええ迷惑や、まったく……」
 口では悪態をつきながらも、みずきがニヤニヤするのを見ると、悪い気はしなかった。
 みずきも私と同じ退魔神学園へ通う生徒だ。私とは違い、魔法などは使えないため進学クラスに所属している。学年も私より2つ下の1年生だ。
彼女との出会いには色々あったのだが…ここで語ると長くなるから、またの機会にすることにしよう。
「折角のテスト開けなのに、先輩はまた勉強ですか?」
 私の机の上に開きっぱなしで置いてあった魔導書を目ざとく見つけたみずきが、半ばあきれたような顔で言う。
「違う、たまたま開いとっただけや、勉強なんかしてへん」
 まったく少し油断するとこれだ。恥ずかしいと言ったらない。
「ふふ、アレスさんはいつもそう言いますよね? 私に位、隠さなくったって良いじゃないですか?」
 口調こそ敬語だが、悪戯っぽい笑みを浮かべてこっちを見るみずき。なんとなく面白くない。
「ほら、着替えるさかい、あっちへ行っとき」
 しっし、と手を振る。
「えー、いいじゃないですか。私がここに居ても。先輩の着替え見たいかなって思いまして」
「そんな顔しても無駄や! ええからあっち行きっ!」
 私は近くにあったはんなり豆腐のクッションをみずきに投げつけた。

 私たち2人は一緒に出かける事が割と多い。なんというか、みずきの前では自然体で居られる。そのことがとても楽なのだ。
今日は一昨日まで続いた学校の定期試験が明けたということで、街での買い物に付き合って貰おうと私がみずきに声をかけたのだ。彼女も暇を持て余していたから、私の提案に1も2もなく食いついてきた。
みずきは新しい服を欲しがっていたし、私も服屋とHMVには用事があった。欲しくて注文していたGreen Dayのアルバムが届いたのだ。勉強のお供にすると、きっと捗るに違いない。


「大体こんなもんか…それにしても、今日はようさん買うたな」
「うん私もお金使いすぎちゃったな…しばらく節約しないと。」
 手元のプリンパフェをスプーンでつき崩しながら、みずきは大袈裟にジェスチャーしてみせた。私たちは一通り買い物を終え、今は良く行く喫茶店で一服しているところだ。
「そんなもん注文しながら言うても説得力無いけどな?」
「先輩の意地悪―」
 みずきは私の軽口に軽くスネた様な顔をして、そっぽを向いた。念のため補足するとこれは怒っているのではなく、所謂お約束のやりとり、みたいなものだ。こんな所が可愛いな、と偶に思ってしまう。
「あらあら今日も仲が良さそうね、アレスちゃんにみずきちゃん、今日は2人で買い物かしら?」
 突然落ち着いた声が、私の思考に割りこんできた。不意に聞こえた声の方に視線を送ると、ニコニコと柔和な微笑みを浮かべた女性が御盆を手に乗せて、私たちのテーブルの傍に立っている。
「ああ、マスターこんにちは」
「はい、おはよう♪」
 マスターはにこやかにお辞儀してみせた。ここのマスターはその日初めて会った相手には必ずおはよう、と挨拶する。初めは少し気になっていたが、最近では私もそれに感化され、おはよう、と挨拶してしまうときがあり、たまに友人からのツッコミを受ける事がある。まあ、これは別にどうでもいいことだが。
彼女はここの店のマスターであり、沢山のウエイトレス達を纏めて、繁盛しているこの店を一人で切り盛りしている。眼鏡に青のロングヘアーがとても良く似合っていた。
「この間までテストだったのよね? お疲れ様。試作品のパイ焼いたんだけど、食べるかしら? 2人にモニターして欲しいのよ」
「ええ、本当に良いんですか、マスター?」
 目を輝かせてみずきが言う。
「ええ♪ お二人は常連さんですから♪」
「ほんまに、ありがとうございます」
 私も一礼して、パイをいただく事にした。
「マスター、これ…たこ焼きみたいな味するんやけど…」
「うふふ、ある常連さんのオーダーなのよ」
 マスターは軽くウインクしてみせた。
「変わった方も居るんですねぇ…」
 みずきも感心したような顔でパイを食べる。
「あ、でも、これは美味しいですね…」
「そうかしら、じゃあこれをメニューに追加してもいいわね、みずきちゃん、アレスちゃん2人ともありがとう♪」
 マスターはニコニコと、嬉しそうにお皿を下げると厨房の方へと帰っていた。
「ここのマスター、一体何歳なんやろな、みずき?」
「若いですよね…、噂によると娘さんがいるとか…」
「とてもそうは見えへんよな…若いわ…」
 私とみずきは思わず顔を見合わせた。

 私とみずきが喫茶店を出たのは、少し外が暗くなったころだった。あの後、私とみずき、それにあの喫茶店に良く来る常連と話しが弾み過ぎてしまい、ついつい長居してしまったのだ。マスターも私たちの会話に時折口を挟みながら、店の仕事をしていた。もっとも店員が多いため、やることはそこまで多くはなさそうだったが。
「あー、明日はまた授業ですねぇ、今日が土曜なら良かったです。」
 みずきが私の横でぼやく。
「まあ、学生の本分は勉強やからな、しゃーない、しゃーない」
口ではそう答えたものの、私も少しだけみずきと同じ感想を感じないわけでは無かった。だが、それはそれだけ今日が楽しかったという証だ。
もしも休みに終わりが無くて――やらないといけない事がずっと何も無かったら――こういう時間の有り難さが摩耗して無くなってしまだろう。人間は飽きやすい動物だから。Eフロムはこう言った、人間は自由の刑に処されているのだと。
「先輩、一体どうしたんですか? 考えごとしちゃって…」
「あ、なんでもないんや、ちょっとどうでもええこと考えとった」
 どうやら考え事をしている間、相当ぼんやりしていてしまったらしい。
「先輩、たまにありますよね、そういう時♪」
「自覚はあんまり無いんやけどな…」
 私たちが歩いていたのは川沿いの割りと大きい路地で、この時間でも私たちの他にもたくさんの人影があった。買い物を済ませて自宅へと急ぐらしい主婦や、塾などの帰りだろうか、カバンをもった少年、それに、日曜日なのにスーツに身を包み、不自然に周りをキョロキョロしている男。
「何や? あのおっさん…妙な感じやな」
「うん…そういえばキョロキョロして変な感じだね…」
 その男は大事そうにジュラルミンケースを抱えていた。余程大事なものらしい。
 その時だ、私は我が目を疑った。突然、道を歩いていたシャツの男がスーツの男が持っているジュラルミンケースを奪い、走り出したのだ。
「ひったくりだ!!」
 余程動転しているらしく、しりもちをついたまま男は叫んだ。
「みずき」
「ウン」
 私たちは2人で軽いアイコンタクトをとった。これだけで合図は十分だ。私はこういう時みずきがどう考えるか把握している。おそらくみずきも私がどう行動するかわかっている筈だ。
「あのシャツのおっさん、私らでとっ捕まえるで」
「OK、私後を走って追いかけますから、先輩は魔法でバックアップ宜しくお願いします」
 言うが早いか、みずきは一目散に男を追いかける。
「まかしとき……私も一丁はじめよか」
 私は肩から掛けていたバッグから、カードを出して構えた。

一般的に、魔法を行使しようとすれば、それ相応の準備が必要になってくる。ある程度有用な魔法には必ずと言っていいほど、面倒な呪文の詠唱が必要となるのだ。余程の才能のある魔法使いならば、精神で呪文を全て編み上げるため驚くほど簡単なキーワードで魔法を発動することが出来るが、アレスにはそのような能力はない。では、どうするか。
 その答えがこのスペルカードである。このカードには、術者の血液を混ぜた特別なインクで呪文が全て刻み込まれており、これにより、口頭や、精神で呪文を編みあげる作業を省く事が出来る。ただ、これに用いるインクはかなりデリケートな代物で、調整に非常に手間がかかる上に、ある程度の魔力を持っている人間にしか作る事ができない。
 さらに、術者の血液をインクにまぜることから、作った当人にしか使う事が出来ない。いわばこのカードも、一種の魔法なのだ。分類するとすれば、スペルを召喚するための召喚魔法、といったところだろうか。

「水よ……地を這う蛇となれ!」
 私の呪文を受けて、水路の水が生き物のように動き、ひったくりの犯人の前へと躍り出た。そう、まるで蛇のように。ひったくり犯にしてみれば、自分の隣を流れている川の水が突然自分の方に襲いかかってきたような形になる。
「う、うわ…」
 男は思わず尻もちをついた。
「つかまえたわよ!」
 その隙に、後を追いかけていたみずきが男に飛びかかり、ケースを取り返した。
「…ちぃっ」
 が、いくら体力があるとはいえ、みずきはただの女学生である。水泳を長い事してきたことから、みずきは体力には自信を持っていたが、男との力比べではやはり分が悪い。ケースだけはなんとかみずきが取り上げたものの、男を取り押さえるには至らなかった。
「先輩っ、なんとかしてください! その蛇で取り押さえるとか…」
 起きあがり走り去っていく男を指さしながらみずきは叫ぶ。みずきは、まだ起きあがれていない。
「えらい悪いな…この水蛇、見かけだけ厳ついけど、実はただの水の塊なんや。ぶつかっても大したダメージないし」
 私の位置からも遠すぎて犯人を追う事は不可能だった。それに、既に人ごみに紛れ、犯人の行方は既に分からない。
「先輩の魔法って…いつもそんな感じですよね」
 戻ってきたみずきがジト目で私を非難してきた。
「あんな一瞬で大魔法使えるわけ無いやないか…いつもそんなに魔法の用意なんかしてへんし。たまたま持ってたスペルカードで、使えそうなものはこれしか無かったもんやから…」
 我ながら情けないと思うがこればかりは仕方がない。なにしろ、スペルカードは作るのに時間がかかる上に、基本的に使い捨てなのだ。そんな大魔法の用意をショッピングのためにしておくなんて普通あり得ない。足止めに利用出来ただけ僥倖だ。
 私は溜息をつきつつ、蛇をもとの水に戻した。
「先輩、ケースは取り戻しましたけど、さっきの男の人…逃げられちゃいましたね」
「もう見つかれへんな…まあ、ケースは戻ったわけやし、さっきのおじさんにこれを…」
振り返って確認する、が、そこにはさっきの男の影は消えていた。
「みずき、さっきまでそこで腰ぬかしとったおじさん知らんか?」
「私に分かるわけありませんよ、第一、私は犯人を追いかけて、向こうに行ってたんだから、先輩に分からないもの、私にわかるわけ無いです」
 面倒なことになった。どうやら、元の持ち主がどこかに行ってしまったらしい。
「こうなったら手分けしてさっきの人探すしかあらへんな…ん…みずき、そのケース?」
 ふと違和感を覚える。ケースに一瞬妙な気配がしたのだ。
「へ? なんですかいきなり…」
「ちょっと見せてくれへんか? 気になる事あんねん」
気になり、手にとって良く見るとただのジュラルミンケースではなかった。表面に妙な魔術文字が書かれている。魔道兵器などの類についているマークだ。
「…これはアーティファクト!?」
「アーティファクトって言うと…古代の人が残した兵器、みたいなものでしたっけ?」
「大体そんな感じや、正直私たちの手に余る代物やわ…今日は厄日かもしれへんな」
 私はこめかみを押さえた。私程度の知識では詳しい事は分からないが、危険なものでありそうな気配がプンプンする。とりあえずこれをどうすれば良いんだろうか、警察に届ける?
だがここは学園都市、日本とは治外法権にあたる。ならば…
「みずき、今から学園に行くで?」
「え…ウン」
 専門家に助力してもらうしかない。少なくとも色々ある選択肢の中で、現段階では一番すぐれたものだと、私には思えた。これがあんな事件を引き起こすとは、この時の私は知るよしもなかった。



ACT2
銃太郎さん、よろしくお願いします^^

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