氷が語る過去
ユースタスが現在に至るまでの物語―― 氷は語る。彼女の物語を ここは、どこだろう。 視界がぼやけて、気分が虚ろでよくわからない。血生臭い。水溜りがやけに暖かい。……血生臭いって何? 山にぶつかる。自分と同じような構造をしたような、それが大量に詰まれた山。自分の名前すらわからないのに、私はどうしてここにいるんだろう。 「――『私』ってなんなんだろう……」 ただ一つ、頭に残っているものが脳内で疼く。ユースタス。ユースタスという響き。それが何かはわからない。ならばそれを探そう。 壁伝いに手を添えながら歩いていると、適当なスペースへとたどり着く。文字と呼ばれるあれも何と書いているのかわからない。ただ少しでも情報が欲しい。 そう想いながら探していると、あるものが目に留まった。 『ゆーすたすへ』と、大きく、ひらがなで書かれた書物。これなら読めるかもしれない。 「『たんてきにつたえよう、きみのなまえはゆーすたす。そして、きみはぼくたちににてしりょくがわるいだろうから、めがねをおいておくよ。ほそくてながい、がらすのついたものだ。きみのあたまにあうさいずだろう。おしあわせに、わたしたちのかわいいゆーすたす』……」 あまりにひらがなが多すぎて所々が読みづらくもあったが、理解はできた。確かに視界も悪い眼鏡というそれをかけると鮮明に写る。 「ゆーすたす……私の……名前」 ふと、壁にかかっている板に目をやると、『ユースタス』と書かれている文字が見える。やはり読めはしない。だが5文字で2文字目に『ー』が入っているということは、これは『ゆーすたす』の違う書き方なのだろうか。 「ユースタス……?」 どうもしっくりこない。余白の部分に指をあて、文字を真似て書いてみる。何度か反復して書いてみて、ようやく覚えた。 「ユースタス……」 手に入れたのは、名前と視界。さてこれからどうしよう。 そもそも。と、疑問が浮かぶ。ひらがなを読めることやこういった表現がわかるというのは、なぜなんだろう。この世界は謎だらけだ。 「とりあえずは情報しかないですね」 情報は武器だ、剣だ。と聞いた覚えがある。はて、どこで聞いたのだろうか。この身体に問いかけても返事は返らない。それだけは明確だ。 「――!」 何者かが、この地に降り立った。 ――コロセ 内側で何かが叫ぶ。この聖域に足を踏み入れた者を、生きて返すなと。 「これが例の研究施設か……廃れているうえに、血生臭い。完成しちゃったかぁー」 施設の外からの独り言。 ――ケンヲツクリ、アノモノヲコロセ! 「っと、反応早っ。てか裸?」 ――ショゲキハフセガレタ、ダガイイ。テヲユルメルナ! 「おおっ、いいねぇ。さすが殺戮魔兵器様だ。目も金色。戦闘狂は戦いがあるよ」 ――コロセコロセコロセ、テヲヤスメルナ! 「コロスゥゥゥァァアアアアアッ!!」 「一太刀浴びせただけでも十分良い感じだけど残念。終了だよ」 「――――ガァッ!」 息を呑むほどに速く、重い腹部への一撃。何かが――途切れる…… 目を開けたとき、そこにあったのは、柔らかな感触と、暖かな温もり。あの女性に抱きしめられていた。 「……ここは」 「お、気が付いたかい?」 柔らかく少しばかり男勝りな口調、サラサラな銀髪に紅い月を思わせる真紅の瞳。 「――離れてください!」 ここにいては殺戮の感情が……起き、ない? 「お、ようやく獣口調から遠ざかったかい。いやー、苦労したよ。君の殺戮の意思を封印して尚、知識を与える。なかなかに面倒で難しかった」 目の前のスーツ姿の彼女は、何を言っているのだろう。おかしな人だ。 「で、どう? 一人の人としての感想は」 「……よく、わかりません」 クツクツと小さく笑い、大きな笑いへと繋げる。おかしな感想を告げた覚えはないのだけれど……。 「ぁー、いやいやごめんね。初々しいなーってね。あ、私はアスカって言うんだけど、君の名前は?」 「名前……」 よく、わからない。思考のなかに様々な単語が浮んで、どれがそれなのか分からない。 「ユースタス……」 「ん?」 「『ユースタス』と、部屋にある本に書かれていましたが、それが名前なのかどうかは……」 「んじゃ、見に行こうよ。折角の知識を試そうかね」 「あー、確かに。ユースタスって書かれてるね。……うん?」 アスカと名乗る彼女は腰を低くして一つの記事に目をやる。 「Rhadamantys……Frostfield……直訳で『氷の裁判官』」 つまり、なにが言いたいのだろう。 「ユースタスが名前なら、Eustace Rhadamantys Frostfield……。ユースタスってのは守護聖人の名前だね。『氷の守護裁判官』。それが君の二つ名だ。覚えときな」 「はぁ……」 勝手に解決して勝手に押し付けられて、よくわからない。この人はとりあえず味方なのだろうか? 「さて、と。ちょうど良い感じなので君に課題だ」 「はい、なんでしょう?」 「――殺戮の力を、人を護る為に使いなさい」 その声と微笑みは、聖女と女神を想像させるようなものだった。 「別段それは構いませんが、どうも矛盾していませんか?」 「おおっ、もう早くも矛盾と、その使い方までわかるのか。いやー凄いねぇー、これはスペックの問題? それとも私の実力かな?」 なんだろう、前半部分は多少バカにされた感じがする。 「そう。『人を殺す』為に造られた君に『その力を使って人々を救う』。これは確かに矛盾しているけれど、どちらも正しい。」 例えば、とアスカさんは一息おいて 「君は殺戮のために作られた。だから殺す。それは正しい。けれど、世間一般的には人を殺してはいけない。これは法律云々とかそれ以前の話。『矛盾してるけれど、正しい行為』なんだ」 「では、それだと悪行を働く方々も、獣でさえも殺生をしてはいけないことになりませんか?」 「それは自分で見極めるんだよ。実はそれが一番難しい。だって、正義の価値観なんて人それぞれだしね。だからこそ、この運命は君が持つべきなんだ」 それは、また押し付けということになるではないのだろうか。全く、身勝手な人だ。 「アスカさんは、そういうことをしているんですか?」 「どうして?」 「だって、殺意剥き出しの私にいきなり襲いかかられて、正当防衛が成り立つのに殺しはしなかった。むしろ生かしている」 彼女なら、私が気を失ってる間に殺そうと思えば簡単な、それこそ造作もないことの筈だ。 「そう、それなんだよ。まさしくそれだ。殺さず、生かして人を改善させる。その苦労はかなりのものだけれど、見返りは大きくなる」 なるほど、少し分かったかもしれない。 「でも、簡単に傷つけてもダメだ。それこそ正当防衛ならともかく、ね」 だから、と話しを切り、アスカさんは告げる 「私が君を立派な守護聖人に育て上げる」 そう、堂々と言い放つように。 「予め君の情報は手に入れてる。早速能力についてだ。君は『水分子を凍てつかせる能力』を持っている」 それは、あの無意識に氷の剣を作ったあの能力のことだろうか。 「そうだね。あれなんか良い例えだ。襲い掛かってきたときの瞬時に氷の剣を作ったの。あの時、君は空気中の水分を凍てつかせて、氷を作りそこから形を変えて尚、強化させて剣にした」 「結構大掛かりですね」 「でも、君はそれを平然とやってのける力がある」 言われて同じ事をすれば、適当な形の氷の剣が手中に完成される。 「それの技術を上げればもっと強い武器ができるし、応用を利かせればカラクリし掛けでない限り大半の物は作れる。盾だろうと斧だろうとね」 では、手持ち無沙汰に見えて実は装備しているといったところだろうか。 「とりあえず、これに似せて剣を作ってみな」 アスカさんは腰に帯刀していた西洋の剣を私に見せつけて煽る。咄嗟に形を作ると、少しばかり違いがある。まだまだ未完成だ。 「一発目でこれとは、なかなか筋がいいね。やっぱり、氷魔法だけに特化されただけのことはある」 褒められているのかよくわからないそれを頭に通さず剣の模倣を重ねると、寸分違わず同じものが出来上がった。違うのは重さくらいだろう。なんせ氷製だ。 「ここまでとは……正直、驚いた。じゃあ、オリジナルであるこの剣に勝てるか? と聞けばどう答える?」 「オリジナルが全て勝っているものではないと思いますが、しかし模倣にも限度がありますし、やはりオリジナルのが強いのではないでしょうか?」 百に近い九十九を造ろうと、結局それは百ではないのだから。 「そうだね、だから君がオリジナルの剣を作れば良い。その為に、私が教えてあげよう。まぁ、まずはここに君専用のものがあるらしいけど」 投げられて渡される日本刀。しかし肝心の刃がない。これでは意味が無い。 「無ければつくればいいのさ」 そう言われてようやく気付き、刃を造形する。途端、気温が極端に下がり始める。 「おお寒っ。でも絶対零度ほどではないかな。そうだなー……『偽りの氷点下(ビロゥ・ライ)』とでも名づけておこう。でも面倒だからビロゥで」 フルネームをつけておきながらすぐさま略称で呼ぶような人にはならないようにしようと思った瞬間だった。 「ま、それはさておき」 改めて真剣な顔つきに変え、ゆっくりとそれを告げる。 「君をこの一週間で強くさせる。けど、その期間――私は、君を教え子だとは思わない。共に敵同士。それこそ、あの殺戮の意思を呼び覚ませても構わない。……いいかい?」 「馬鹿ですね……」 ほんの少しだけ、私は笑ったような気がした。 「元から勝手に進めるクセして――」 「ハハ。笑えるじゃないか。ったく、真剣な話のときにその笑顔は調子が狂うな」 そういってポリポリと頭を掻く彼女も、どこか嬉しそうだった。 「――じゃあ、始めるよ」 「ほらほらどうしたぁッ! その程度で終わりかい、ユースタスっ!」 「叫ぶ元気があるのであれば、もっと攻撃に専念するべきだ……愚か者め」 言葉の縛りを解除。私はこの一週間、彼女に敬語を使ってはないし、敬意もはらってはいない。私達は常に敵同士。食事の時も気を抜けないサバイバルなのだから。 「『剣矢一閃』」 弓に剣を矢として装填し、そこら辺を駆け回る標的に向かって放つ。物陰に隠れていてもこれなら穿てる。 「うわっ! さすがに怖っ! てかえげつない!」 研究室の壁、大木 それらを貫きながら、目標へと的確に一直線へ進み―― 「疾!」 即座に反応する標的の剣が薙ぎ、矢は阻まれる。 しかし、距離は掴んだ。1キロも離れてはいない。 「それならば、これにて消えろ――!」 魔力を分散後、個々に散らばった魔力を固定。縮小して弾丸の形へ。38口径9mm弾へと変換。 「『氷魔弾の無限数射手≪ノーアンサー・パラベラム≫っ』!」 「自分の魔力で作った魔弾!? どこでそんなの覚えた!」 「現地調達という言葉を知っているか!」 無限に思われるほど放出される魔弾は次々と障害を無駄なヒビ一ついれず貫通させながら、ホーミングにより目標へと確実に迫る。 「こ……んのぉッ!!!」 自己の魔力を多大に放出させることで魔力の塊である魔弾を打ち消す。まだそんな余力が残っているのか。 だが、もう遅い。 「もう日は昇らない」 「――いつの間に!」 魔弾の放出後、私はなんらかの手段で防がれるであろうと予想していたため、既に詠唱を二節済ませながら目標を目視できる距離まで詰めていた。 「空は血の赤に染まり、全てを終焉に近づける――」 「ちっ!」 「『終わる事の無い悲劇≪フールフォール・エンドレス≫』」 造形された氷柱で標的を檻のように囲み、逃げ場を無くす。 「終わりだ……」 空中より突き刺すための鋭利な剣を造形し―― 「ガァァアアアアーーっ!!」 情け容赦なくその者を貫き、その地にひれ伏せさせる。 「全ての急所を優先的に貫いた……これならば」 しかし、分身の可能性も考え、一面を見渡す。結構な距離まで見えるこの視力だが、木の陰にもかくれてはいない。岩もその限りではない。 「っ!」 途端、一本の矢がこちらに迫るのを確認し、それを魔剣である『断罪の絶対零度≪コンビクト・フリーズ≫』で打ち落とす。 「まさか……こちらの視界からの外か」 しかし、あの剣の山となった死体は―― 「――!」 死体が、無い……ならば、奴は! 『考えている暇なんてない』 そう言い放つように三本の弓が別々の軌道を描きながら迫り来る。 「『一打の振るいは三燕を落とす≪サード・フリーズ≫』!」 一撃目、二撃目、三撃目と打ち落とし、それらを瞬時に氷として自分の武器へと変換する。 「くそっ……」 仕留めそこなったというのか……私が。 「やぁ、私を一度殺したのは、大いにほめてあげよう。君が初めてだ」 どこからか跳躍し、ポケットに手をいれたまま目前へと着地する。……殺された? 「私は確かにさっきの君の無慈悲な技で一度死んだ。あれだけ確実に急所を狙われたらそりゃあね」 「ならば――」 そういって剣を突きつける私に、この者は軽く答えた。 「私には複数個命がある。老化からちょっと自動回復が遅れてその一つを失った、それだけだよ。ユースタス」 「ふざ――」 ふざけるな。 そういいたかった。けれど、自分の身体が動かない。いや、僅かに動きはするけれど一割しか動かないと言ったほうが鮮明だろうか。 「世の中は広い。君が知らないだけで、こういう動きを縛る技もある。それを学べば君はどこまでも強くなれるだろう。だから……」 途端、腰に携えている剣をスラリと引き抜き 君は、と繋いでポツリ呟く。 「すぐに私が殺すべきだったんだ」 胸に鋭利なものが貫かれ、突き刺さる。身体の内部が鉄の冷たさで冷たく感じる。出血がある。しかしこれはさほど問題ではない。 「――な」 これまでの指導は指摘は、なんだったんだ。 「ぁ?」 私にここまでしておいてなにもさせない? むしろ殺す? 「なめるな下郎!」 怒号。 それは私の意識を飛ばすのに十分な引き金だった。 「まさかこの心臓――アーティファクトか!」 目の前のものは何かを語る。知らない。消そう 「雪……? 氷じゃなくて雪?」 ――其ノモノヲ、カタチヲ崩セ! 「くっそ……覚醒か!」 ――無限六花、自動発生ヲ確認。 目標ノ排除ヲ再思考。 「まさか……傷が癒えてる、それどころか魔力まで回復してる……」 それは、兵器としての機能。望まれぬままに与えられた究極の力。 ――詠唱の過程ヲ破棄セヨ! ああ、この子はきっと……生まれてから望まれぬままに残酷すぎる運命を与えられただけなんだ。 けれど、これは強力すぎる。だって、この子は―― 『神に近い者≪イクシード≫』だから。 「いや……神すらをも軽く凌ぐ存在になり得る」 同情と自分の無力さに、笑いが出る。私が救おうとした生命と命は、とてつもなく重くて私なんかには分不相応だったのだと。 ――神ノ如キチカラヲ! 途端、ユースタスは球体を作り出したかと思えば、それの封を解くように暗示をかけ、その球体を不死鳥の如く羽ばたく巨大聖鳥の形を成した魔力を取り込み、身体機能を強化。 見てとるだけでわかるし、ここまでくるともう魔力の放出を隠す気すらないと見える。 だって、その力で作られた禍々しい爪が彼女の手の甲から作成されてるし、翼まであるし……一般人でもわかるだろうよ。 「ははっ……さすがに、生命の王権の力でもそんなのは無力化、ましてや蘇生機能も反応できやしないさ」 蘇生なんてしてる間に身体の三分の二はあの爪でもっていかれるだろう。 「まいったまいった……早いお別れだったね。じゃあ、君は幸せに生きるんだよ。ユースタス」 それだけ言いい終えて、彼女を抱きしめたと同時、私が彼女を貫いたと同じ、私も彼女によって貫かれた。 意識は遠のくし、出血のしすぎで体温が低下している。ここまでくるとさっさと楽にして欲しいものだ。 「君にまだ人としての人格がのこってるなら、一つだけ……いや、2つのおまじないをあげよう」 言って、彼女の唇……はまだ早いので柔らかな頬に口付けをし、愛用の剣を放り投げて雪が降りしきり、雪が少しずつ積もり始めてきた地面に突き刺しておく。 「竜屠りの聖人の剣……アスカロンだ。君に名乗った名はこれから来ている……じゃあ、これで……」 「さよならだ。ユースタス」 それは、ほとぼりが冷めてすぐのこと。アスカと名乗る彼女の姿はなく、辺りを見回しても見つからない。ただ、目前に明らかに残留された魔力だけがある。知らないのではない、知りたくない。 「私が……」 彼女の生命の王権すらをも無視して、私が得たかったものとは何なのだろうか。自分では到底分からない。少なくとも、今のままでは何も分からず全てを終えることだろう。 「なら……」 そう思ってその残留された渦巻く魔力に触れる。 アスカの――最期のメッセージに。 『少しばかり話をしよっか。とある、一人の女性の話さ』 触れた魔力の渦巻く世界で、彼女の声が反響する。まだそこにいるかのように。 『その女性は君と同じで、力はあった。だけれど義はなかった、ただの狂戦士≪バーサーカー≫さ。ただ純粋に戦いを楽しんで殺戮に悦楽を覚えた』 思い重なる、今の私とその人物の影。 『当然周囲の人間は恐れて遠のく。そして彼女は思った。何も悪気はないのに、どうして避けるのかと。それは『勝利すること』を求めていたからで、実際は『殺し』を求めていたわけでは無いんだ』 でも、と続けて消沈の息を漏らす。 『それが理解されることはなく、彼女はただ嘆いた。自分の愚かさに。そして名前を捨て、正義の為に戦うことを決意した。世の中の理に触れて、人のためになることを選んだ』 これは、きっと彼女の過去で、そのまま私に伝えたいことだろう。 『そして彼女は英雄として称えられ、救った男性と恋に落ちて結婚、子供も孕んだ。けれどその細胞状態の子供に科学の結晶が施される』 もはやなにも考えられない。ただただ聞き入るだけだ。 『結果、それはアーティファクトである『溶けない氷』。コキュートスの聖遺物であったんだ。そのまま科学により最強の改造を施された彼女は間もなく誕生し、脅威を振るった』 ちょっと待て。彼女が私の胸を貫いたとき、確か彼女はこういった。 「この心臓、アーティファクトか……って」 それを考える間も与えず、魔力は語りを続ける。 『そして彼女は我が子を一目見ようと万全の体勢でその研究施設まで辿り着いた。だけど、結果は悲惨なものだった。でも彼女は――私はその子を恨みはしなかった』 もうここまで来ると答えは殆ど確信に近づく。アスカは―― 『自分の姿と被ったんだよ。ユースタス ラダマンテュス フロストフィールドが。まぁ、自分の可愛い子の為だ。当然全てを叩き込んだ。君が戦うことも、方針も。そして――』 胸が熱い。目尻も熱い。目から何かが零れ落ちてくる。ここは現実世界と隔離された魔力の回廊だというのに。 『幸せになることも。お幸せに、私達の可愛いユースタス。ちなみに、それはあたしのメガネだ』 言われたのは、日誌に書かれていた文章と寸分かわらぬ言葉。 「お母……さん……」 母というその敬う人物を口にしたのは初めてだった。だからよくわからない。けれど口にしなければ立てないほど崩れ落ちていただろうから。 『君を抱きしめるときは、まったく違和感が無かったな。眠りこける姿なんかたまらなかった。――さて、ここらで本当にお別れかな。じゃあね、大好きだよ。ユースタス』 そこで世界は現実へと戻り、残ったのは彼女の……母の残した剣、アスカロンと抱擁されるかのように暖かな魔力。 「ええ、私も――貴女の背に恥じぬよう、生きてみせます」 いつか誇りを持って母と同じことができるために―― |