連載小説
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19
15分ほど走っただろうか。やっとホームレスの群れは僕らの前から姿を消した。
「はぁ………はぁ……」
武器ケースを持ちながら走るのはなかなか難しい。今度からはケースを持ちながら基礎訓練をしなきゃいけないな……。
「フェルディ、休んでる暇はないよ。あの男たちを追わないと」
「追うって言っても……もう見失ったじゃん……」
「衛星が監視してる。まだ追いつける距離の場所にいるよ。飛行機に乗られたら負けだから、急いで向かおう」
衛星で監視って……改めてエラムの技術力はすさまじいと感じる。敵には絶対回したくないな。
「ここを真っすぐ行ったところに車を回しておいてある。念のために近くに待機させておいたの。私たちは逃げてるように見せかけてそこに向かってたってわけ」
リーがどや顔を見せつけてくる。確かに用意周到だったけど、なんだか癪だったので賛辞の言葉はひっこめた。
車の待つ駐車場に着き、僕とリーは車に乗り込む。
「シーカ!送っておいたターゲットのところまで!」
「目的地が設定されました。場所 座標上ターゲット 。発進します」
リーの呼び声に対して車から自動音声っぽい声が流れる。こういう使い方もできるんだ、この車。あとで使い方を聞いておかないとな。
車はスピードを出して発車した。
「………エラムはね、人間の仕事が完全自動化されて、無理に働く必要がなくなったの」
リーは車の中で、静かに話し始める。
「『富の必要のない、平和で平等な社会』……エラム国王が掲げた理念は、エラムではとうとう実現された。でもそれはあくまでエラムの中での話。他国はまだまだ技術的に置いて行かれたままなの。」
「…………そうなんだ……」
「働かずに、自分の好きなもの、ことだけをやって生きていける理想の世界……そんなエラムに憧れを抱く人間は世界中にたくさんいる。でも、エラムも世界中の人間全員を移民として受け入れられるわけじゃない。資源は有限だから」
「……………」
「エラムに移民として入る条件の一つに……『エラム人の推薦』が必要なの」
「…なるほど」
だからあんなに死に物狂いで僕たちを捕まえようとしていたのか。
捕まえて、移民として推薦させるように脅して……。
「まあ推薦だけで入れるわけじゃないし、いろいろ審査はあるけど……そのチャンスは、推薦をもらうことで手に入れられる。私が最初、公園に入る前に素性を隠したのはそういう理由もあるの」



数分で車は止まり、リーと僕は止まったとほぼ同時に車を飛び出す。
車は、例の男たちの行く先を遮るように止まっていた。
「………しつこい奴らだ」
「もう逃げ場はありませんよ。おとなしく投降してください」
苛立ちを見せる男に対して、リーはあくまで冷静に対応する。
落ち着いて周りを見ると、周りは木々で生い茂っており、ここはトンネルの出入り口だった。後ろの方の空が少し明るい。そこが飛行場ってわけか。結構ギリギリだったな。
「……俺たちに何をするつもりだよ。いや……エラムになんて言われてここに来たんだ……」
「さっきからエラムだコーカサスだとかおっしゃっていますが、私たちがそうだっていう確証はないと思いますが」
「んなもん……お前らコーカサスの人間が動くときなんて……エラムに言われて動くくらいしかねえからだろ!!!」
男が一気に間を詰め、リーに殴りかかってくる。
リーは男の腕を掴み、例の銀製の針で男の腕を軽く刺した。
「ッ!!!!!」
男はリーの手を振り払い距離を取る。刺された箇所から煙は出ていないようだった。傷口から血が少し出ている。
「どうやらその『人食い人』ではないみたいですね……傷口は上から抑えていれば血が止まりますので。注射の時と同じ要領でやっていただければ」
「………これで疑いが晴れただろう。通せよ」
男がこちらをにらむ。リーはその視線を真っ向から受け入れた。
「そうですね。あなたについては問題がありません。お騒がせしました、申し訳ありません」
「……フン………これだから犬は……ほら、お前たち、空港に向かうぞ」
「ちょっと待ってください」
リーは男が家族とともに道を進もうとしたところを制止する。
「………なんだ。まだ何かあるのか?」
「そちらのお二方……女性とお子様の方の検査がまだ済んでおりません」
「何なんだよ!!俺が人食いの家族だって言いたいのかよ!!」
「私たちも仕事でやっておりますので、可能性は一つでも多く潰しておかないと意味がありません………フェルディ、私は子供の方の検査をするから、女性の方をお願い。針はこれを使って」
リーは僕に針を渡してきた。細い針だ。
僕は針を持ち、女性の方へ近寄る。子供と女性…母親は、泣いて体を抱き寄せあっていた。子供は10歳ほどの、ちいさな女の子だ。二つ結びの、かわいらしい女の子だった。
「すぐ終わりますからね〜…」
僕はできるだけ、やさしく言葉をかける。
同時に、後頭部に鈍い痛みを感じる。後ろを確認すると、男が後ろから殴りかかってきていた。
「俺の妻に!!!娘に手を出すなあッ!!!!!」
僕はバランスを崩し、前へ倒れた。
男……父親は僕を裏返し、あおむけにさせて、僕の上で馬乗りになり、殴ろうとして拳を振り上げる。
「死ねよクソ野郎ッ!!!!!!!」
僕は拳を受け止めるつもりで、顔を両腕でガードした。
反撃はできたが、僕たちが行うのは、あくまでT型生命体の掃討。一般市民に攻撃をするのは、僕が嫌だったからだ。
だが、父親の振り下ろした拳が僕に届くことはなかった。ふっと腰のあたりが軽くなる。腕を顔から離すと、リーが父親に蹴りを入れていた。父親は反動で地面を転がる。
「邪魔をするなッ!!!黙ってみてろッ!!!!」
リーが父親に恫喝する。すると今度は、母親がリーに襲い掛かっていた。
「キャッ!!」
リーは不意な母親のタックルにバランスを崩し倒れ込む。今度は僕がリーを助けるように、母親をリーから強引に引きはがそうとした。
「いじめないでえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
背後から人間が出せるとは思えない声――――いや、爆音が聞こえる。
途端、地面がグラグラと揺れていることに気が付く。コンクリートの地面が少しずつ盛り上がっていた。
咄嗟の判断で体を横にずらして受け身を取る。先ほどまで自分の身体があったところに地面から触手のようなものが凄まじいスピードで出てきていた。
「こんな子供が………吸血鬼!!」
吸血鬼には擬態できる種類もあるって聞いたことはあるけど……こんな風なのか!
女の子を見ると、膝のあたりから人間の足ではなくなっており、地面に足と思われるもの脛のあたりから埋まっていた。
「フェルディ!!!」
リーが僕に向けてケースを投げてきた。車の中にあったケースだ。僕はケースを受け取り、中から『霧切』を取り出す。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
女の子は奇声をあげるのをやめない。立ったままぼろぼろと涙を流していた。
女の子が腕を地面と横に腕を振る。急に腕が伸びてきて、僕は寸でのところでかわす。車が吹き飛ばされ、空中で爆発した。
「やめてよ!!!!!やめてよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」
女の子は両手を触手のようなものに変え、周りをじたばたと荒らしていく。僕とリーは職種を斬ったり躱して徐々に距離を詰めていく。
「死ねぇ!!!!!!!」
今まで以上の爆音で、僕は衝撃で飛ばされた。宙に浮いたところを、地面の触手に追撃される。
「っく………!!」
触手を全て斬ることでなんとか持ち直す。立てそうな触手の上に立ち体制を立て直そうとするが、別の触手が僕のことを叩き落とす。
「………!!……ってぇ…」
うまく着地できたが、今ので体制が崩れていたら地面にたたきつけられて意識ごと持っていかれていた。子供とは思えない強さだ。
しかも斬った触手の再生が速い。斬っても斬ってもすぐ再生する、無限ループだ。こちらに分が悪い。
「どうして!!!!!!!!!どうして!!!!!!!!!!こんなの嫌だよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
女の子は泣くのをやめない。両腕の触手をとにかく振り回し、僕たちを近寄らせないでいる。
活路は一つだけある。とにかく触手を斬り続けて、本体を叩くことだ。
リーも同じ結論にたどり着いたようで、僕と目が合い、一つ頷く。
それを合図に、僕とリーは女の子との距離を詰める………!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
距離が近づけば近づくほど触手のスピードと勢いが増す。
「よし……!!」
『霧切』の間合いまであと一歩だ。慎重に、ゆっくり、触手を捌きながら、避けながら距離を詰める。
よし、今だ………ッ!!
僕は女の子めがけて剣を振り下ろした。

が。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あと一歩のところで、また声に吹っ飛ばされた。
あぁ…くそ……
宙に浮いたところを触手が狙いを定めてくる。女の子を見ると、とても10歳程度の子供とは思えない、この世全てを呪ってやると言わんばかりの覇気を出しながら、こちらをにらんでいた。目を見開いている。僕はその視線に恐怖を覚えた。
終わった。

と思ったが、触手が僕に振り下ろされることはなかった。
女の子の後ろに回り込んでいたリーが、彼女の剣……『スクリュードライバー』で、女の子の胸元を貫いていた。
僕は着地し、女の子を見る。泣きわめかず、虚空を凝視したまま、必死に生きるように呼吸をしていた。ヒュー、ヒュー、と掠れた息遣いが聞こえる。
剣からは女の子の血が滴り落ちている。胸元からは煙が出ていた。
「………………」
リーは黙ったまま、女の子から剣を抜いた。同時に、女の子が地面に倒れこむ。バシャッと、地面にできた血溜まりが音を立てた。
「あ……あぁ……!!」
少し離れた場所にいた女の子の両親が彼女の亡骸に駆け寄る。母親が女の子を抱き上げ、父母共に女の子に寄り添う。
「………ハ”ハ”ぁ”……マ”マ”ぁ”……ごめ”…ブッ………」
女の子は泣きながら両親に話しかける。口から血を吹き出しながら話す。
「いやよ……いや…!お願い、生きてよ……!!」
母親は子供に泣きすがりながら叶わないお願いをこぼす。
父親は二人の隣で静かに、涙を流しながら女の子を見つめていた。
「………す”っ”と”……い”…ま”て”……………り”か”………ぅ………」
女の子は虚空を見つめたまま、動かなくなった。
「いや…!いや!!いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
母親の悲痛な叫びは、薄暗いトンネルの中でこだまし、闇夜の中へ消えていった。
21/09/22 00:33更新 / Catll> (らゐる)
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