連載小説
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11
橋上に着くと、ジャッキーが橋上でタバコを吸っていた。
ジャッキータバコ吸うんだ……。
ジャッキーはこちらに気が付くと、タバコを持った手をさっと後ろに隠した。
「あはは…見られちゃった。でもね、ちょっと言い訳させて?一応うちの人たちはみんな吸ってるんだよ?マルセルも人畜無害そうな顔をしてるけど全然しっかりすってるんだからね??」
「おいおい人をダシにすんな!」
あ、マルセルも吸ってるんだ……。
僕がマルセルの方をじっと見ると、僕の視線に耐えられなかったのか、あきらめたようにため息をして答えた。
「…まあ、吸ってるよ。なんか悪かったな。」
マルセルは少し委縮していた。少しかわいい。
「この話はこれくらいにして、もう時間も時間だし、始めるよ。」
ジャッキーが空気をかえ、本題に移ろうとする。
「まず、私とフェルディの二人で職質みたいな感じでマトに接触する。マルセルは犯人を私たちとで挟む感じで柱の陰に隠れて待機。で、ちょこっと話をしたら検査をする。白って出たらそれで終わり。今日はもう捜査はできそうにないから、明日からまた捜査に移る。一応マトは現地警察に引き渡す。黒って出たら戦闘開始。私が切りかかるから、それに応じて後ろから奇襲をかけて。もし検査に応じずに戦いになった時も同じ。でも、その場合は吸血鬼としての力の片鱗を見せるまでは様子見。見せたら速攻で潰しにかかろう。フェルディは戦闘になったら私より後ろに下がってて。自分の身を守ることだけに徹してね。いい?」
ジャッキーの説明にうなずく。マルセルも同意したようだ。
「じゃあ、その通りに。配置に着こう。マトはこの橋の下。ファイルの写真よりやさぐれてるけど、喫茶店店主その人だった。」
その言葉を最後に、僕とジャッキーはマルセルと別方向へ移動した。

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「電灯の下にめちゃくちゃ缶おいてる人いるでしょ?あれがマトだよ」
ジャッキーと一緒に柱の陰から犯人―――マトの様子を見る。なるほど、かなりやさぐれてそうだ。
「よし…マルセルも配置についたみたいだし、詰めに行こうか」
そういうと、ジャッキーは柱の陰から出て、一歩ずつマトと距離を詰める。僕もそれに付き従った。
「すみませ〜ん!ちょっといいですか?」
ジャッキーがマトに元気に声をかける。マトは疎ましそうにこちらをみた。僕とジャッキーを交互に見据え、しばらくするとマトが口を開く。
「……また今度にしてくれないか。今日はもう眠いんだ。」
「いや〜おじさんこんなところで床飲みっすか?しかも一人!なかなかヤンチーっすねえ!」
ジャッキーがダルがらみっぽいことをしている。距離感がつかめないのだろうか。
マトはさらに機嫌をわるくしてしまっている。
「嬢ちゃん…そこの坊ちゃん連れてさっさと帰りな。今なら悪いことは言わねえぞ」
「あぁすみません。お気を悪くされてしまいましたか。実は私たち警察でして。近頃近隣で物騒な事件が多発しているのでパトロールをしてたんですよ」
『警察』というワードを出した瞬間、空気が凍り付いた。マトのまとう空気というか、雰囲気が明らかにおかしい。
「へぇ……にしちゃあ嬢ちゃんたちスーツじゃねえか。警官ってのはもうちょっとそれっぽい服着てねえか?あんたらの格好はどっちかというとホストっぽいぜ?」
「私服警察ってやつですよ。まあ少しお話したら帰るんでちょっと付き合ってくださいよ」
そう言って、ジャッキーはマトの隣に腰を下ろした。不用心すぎないか?と思ったが、ジャッキーは僕の方に「そのまま立ってて」という感じの目配せをされたので一応立って二人の様子を見ていた。
「一応ですけど、ご職業は?」
「………フリーターだ。最近職を手放した。」
「ご年齢は?」
「…………38だ。」
「元の職業は何でした?」
「……服屋を営んでた。」
「お!いいですね〜服見るの私好きなんですよ!なんてお店だったんですか?」
「……潰れた店の話をさせるのか?」
ジャッキーが職質もどきの会話を続けている。彼女は何やらメモを取っていた。なんだかそれっぽい。
しかし、どれもファイルにあった情報とは食い違う。これでは嘘であろうと本当であろうと確証が持てない。
「なるほど……容疑者とはかなり特徴が違うみたいなので、やっぱおじさんは犯人じゃなさそうですね。すみません、お手数をおかけしました。」
ジャッキーは座ったままマトに会釈をした。マトは安堵したような雰囲気だ。
「ああ……疑いが晴れたようで何よりだ。俺は独りになりたいんだ、そろそろ帰ってくれないか。」
マトが手元にあった缶ビールを手に取り一口仰いだ。
「あ、最後に一つ忘れてました!一応なんですけど手のひらを出してもらえますか?」
瞬間、場の空気が凍り付く。緩んでいたマトの表情が、一瞬で強張った。
「………なぜだ。」
「さっきいってた容疑者の特徴なんですけど…実は手に刺し傷があるとおも」
ジャッキーが言い切る前に、マトがジャッキーに襲い掛かる。ジャッキーはギリギリマトの攻撃を回避した。
マトの攻撃はジャッキーが座っていたコンクリに直撃、激しい音とともにひびが入った。
「………なぜだ。なぜ知っている…俺は監視カメラのあるところを通った覚えはないぞ…なぜ場所がわかったんだ…」
「なんでって…壁にもいろんな家の天井にもめちゃくちゃ跡ついてたよ?あとを追うのは全然難しくなかったけど?」
ジャッキーが間合いを取り、あおりを入れる。マトはジャッキーのことを凝視していた。
「なんでだ!!なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!!俺は何も悪いことはしてない、してないのに!!」
叫ぶマトの後ろに人影が見える。人影はマトに銃口を向け―――――
3発放った。
「ぐああああああああああ!!あつい!!!あつい!!!」
銃弾は3発ともマトにあたり、二発は導体、一発は右足にあたっていた。
傷口から血が滲みだし、煙が出ていた。
「傷が…傷が治らない…………貴様ら、エラムの人間か……ッ!!!!!」
「…てめえなんぞに教えることはねえよ。黙って死ね」
マトの後ろにいた人影―――マルセルがそう言い、引き金を引いた。
が、その銃弾は空を貫く。的に当たることはなかった。
マトは―――僕へ驚異的な速さで距離を詰めていた。
マトが拳を突き出してくる。それと同時に僕は警棒を取り出し、拳を警棒で受け止めた。
が、吹っ飛ばされた。
何が何だかわからない、景色が一瞬のうちに小さくなり、間もなく背中から強い衝撃を受ける。壁か何かにぶつかったのだろう。目の前に火花が飛び散ったような感覚。
「か………ハッ」
意識が徐々に遠のいていく。
「まずは貴様だ!!クソエラムめ、全員ぶっ殺してやる!!」
そんな怒号を最後に、僕の意識は完全に途切れた。

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意識が覚醒したときには、僕はベッドの上にいた。ここはどこか見覚えがあるような…
「お、目が覚めたかい」
横から声が聞こえる。声の方へ目を向けると、そこには白衣を着た女性が立っていた。キリルさんだ。
「キリルさん……」
徐々に意識が覚醒し始め、自分が何をしていたかを徐々に思い出す。
「任務は!犯人はどうなったんですか!!」
キリルさんに詰める。キリルさんは一瞬びっくりした顔をしたが、肩をすくめて言った。
「ジャッキーとマルセルで仕留めたみたいだよ。無事終わったみたいでよかった。」
「つまり、負傷したのは僕だけってことですか…」
あんな凄まじいスピードで動く相手を殺すことができたのか。すごいなあ。
「落ち込むことはないよ。初めての任務だ、頸椎損傷で済んだだけ十分すごいよ。お疲れ様」
僕が落ち込んでいるところを察してか、キリルさんは僕を励ましてくれた。
「いいかい。マトをやることも大事だけど、一番大事なのは自分が生きること。そこは間違えちゃだめだよ」
キリルさんは真面目な顔でそう言った。
「……それはそうと、僕、頸椎やったんですか」
キリルさんは空気を換えて明るく笑う。
「それは大丈夫!私が治したから!エラム最高峰の技術師の持つ医療をなめちゃだめだよ〜〜〜」
確かに、体に不自由はない。ベッドから起き上がると、キリルさんがコーヒーメーカーの方へ向かった。
「まあ迎えの車は表にあるけど…少しお茶していかない?ゆっくりするのもたまには大事だよ」
キリルさんはコーヒーカップを二つ手に持っていた。どうやら僕の分も用意しようとしていたみたいだ。
「じゃあ…お言葉に甘えて。」
僕は部屋の中にあるテーブルの近くにある椅子に座った。
座って待っていると、僕の目の前にキリルさんがコーヒーを置いた。
「どう?今の生活には慣れてきた?」
「……まあ、そうですね…」
僕が歯切れの悪い答えをすると、キリルさんは肩をすくめた。
「まあまだ始まってそんなに経ってないもんね」
「キリルさんは…なんで今の仕事をしているんですか?」
キリルさんは戸惑った顔をした。一つ間をおいて、話し始める。
「私は別にね、この仕事をしたくて始めたわけじゃないんだ。」
「…そうなんですか?」
僕が問うと、キリルさんはうなづく。
「自分で言うのもなんだけど、私は頭がよくてね。大学に入った時点で国の研究職に就くことはほぼ決定事項だった。といっても選択肢はあったんだけど、待遇がよかったからなりゆきでこの仕事に就いたの。」
僕はキリルさんの次の言葉を待った。
「この仕事を始めて、別にやりがいとかはないけど、自分の好きなことを研究して、その技術を使ってもらって、よりこの国の技術が進むのが見てて楽しかった。ただそれだけだったんだけど…」
キリルさんは少し黙った。僕も静かに彼女の言葉を待った。
「まあ、やってるうちに可愛いというか、大切なものができてね。今はその大切なもののためにこの仕事をやってる。」
キリルさんはコーヒーをすすった。
「急にどうしてこんなことを聞いたの?別にいいんだけど…」
「……僕は今の仕事に疑問というか、なんだかやる理由みたいなものがみつからないんです。ジャッキーもマルセルにも聞いたんですけど、僕には彼らのような高尚な理由がありません。だから……」
そう。僕には彼らのような格好いい理由がない。彼らと肩を並べて戦うことが、自分の命をかけて戦うことよりも、恐怖に感じていた。
「まあ、そんな思い詰めなくてもいいんじゃない?」
キリルさんは間の抜けた返事をしてくる。
「人が働く理由なんて人それぞれだよ。人を助けたい、ただお金が欲しい、地位が欲しい、人脈が欲しい……その理由に他人がごちゃごちゃ言うかもしれない。でもそれは他人が言ってること。当人の本当の気持ちなんて理解しずに言ってることだから。」
キリルさんは続ける。
「今私が言ってることだってフェルディの気持ちを完璧に理解して言っていることじゃない。もしその理由がどうしても欲しいのならその理由を探すために、自分の本当の気持ちを探すためにやってもいいんじゃないかな、と私は思うね」
自分の本当の気持ちを探すために、か……。
「私としてはフェルディにはあまり危ないことはしてほしくないからうちの助手として働いてもらいたいんだけど、どうだい?」
キリルさんがふざけたように言ってくる。
「…もう少し、今のところで頑張ってみます。今のところの人はみんな優しいですし。もっと、あの人たちのことを知ってみたい」
「…そっか。いいじゃん、それが今君がそこで働く理由で、さ。私は十分立派な理由だと思うけどね」
キリルさんはそういうと、椅子から立ち上がり、ぐっと背伸びをした。
「私は本当に大歓迎だから、いやになったらいつでもこっちにおいで。アレックスは私が言いくるめるから!」

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出されたコーヒーを飲み終え、僕も席を立つ。
「じゃあ、そろそろ行きます」
キリルさんはパソコンに向かって何か作業をしていたが、作業を中断し、僕の方に椅子を回転させる。
「そう。じゃあ、行ってらっしゃい、フェルディ。」
キリルさんはどこか寂しそうな、しかし温かい目で僕を見送る。
「…そういえば、少し気になったことがあるんですけど聞いてもいいですか?」
「?何でも聞いてくれ!エラム最強の技術師が君の質問になんでも答えてあげよう!」
キリルさんは偉そうにふんぞり返る。
「キリルさんの言ってた大切なものって、なんですか?」
キリルさんは豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしてこちらをみつめた。
「……う〜ん、そこを聞いてくるかぁ…」
キリルさんは一考して答えた。
「ま、それは時が来たら話すよ。それまでは秘密♡」
「……ハートはいらないです…」
キリルさんはえ〜いいじゃん〜とぼやく。
なぜだろう。僕はキリルさんとは面識がなかったはずなのに、いろんなことを気兼ねなく話せる。彼女の母性みたいなものゆえだろうか。
「じゃあ、いってきます」
僕はキリルさんに一言いい、部屋を出た。
「ああ、いってらっしゃい。」
キリルさんはとてもうれしそうな顔をしていた。
21/09/03 23:22更新 / Catll> (らゐる)
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