連載小説
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スマホのナビに従って歩くと、10分ほどで現場についた。通りには通行止めの黄色いテープが張られており、通りのこちら側に二人、向こう側に二人、計四人の警官があたりを見張っていた。
僕たちは現場へと近付くと、警官に止められるが、ジャッキーが何やら手帳のようなものを見せると、すぐに引き下がった。
「じゃあ現場に入るよ。一応手袋だけしておいてね」
ジャッキーにそう言われたので、僕はスーツケースに入っていた黒い手袋をつける。
ジャッキーはテープをくぐり、お店の入り口の扉に手をかけて一瞬立ち止まった。
「………」
「…どうしたの?入らないの?」
僕が問うと、ジャッキーは答えた。
「…写真で見たとは思うけど、結構ショッキングな感じだと思う。場数を踏めば慣れてくるからね」
そう言い残して、ジャッキーは扉を開けた。
途端、僕の鼻を悪臭が襲う。肉が腐った臭いが僕の肺までを蝕んだ。吐き気がする。気持ち悪い。
「吐くなよ〜吐いたらクソ怒られるからな〜」
後ろからマルセルが冗談のように言ってくるが、あいにく反応できるほど僕は余裕がなかった。
口と鼻を覆うように右手を添え、周囲を見渡すと、現場は写真で見たとおりだった…が、こうやって生でみると凄味というか、狂気が店の中に充満していた。あたりには客用の椅子や机が散乱しており、椅子の足がおれていたり、結構あたりに血痕が付着している。
「床の血痕は踏まないように…バックヤードの方を見に行こう」
ジャッキーに促され、僕とマルセルはバックヤードの方へ足を運ぶ。中に入ると、腐肉臭はより一層強くなった。
バックヤードは一面血一色で、天井まで血が付着している。若干時間が経ったためか、血が変色して黒ずんでいた。
「やっぱ吸血鬼だよなあ…転がってたっていう手といいこの血の飛び散り方といいさ」
「まあそうだね〜…検査なんていらないと思うけどね…」
マルセルがバックヤードを見渡して言う。ジャッキーもそれに同調する。
確かに人間の所業とは思えないが、鈍器でも使えば全くできないわけでもなさそうだ。まだ断定するには早くないか…?
僕が黙っていると、ジャッキーが察してか、推論の理由を話してくれる。
「まずこの部屋とお店の客席の血の量から察するに絞殺とか毒殺は考えにくい。というかこんだけ血が出てるから撲殺が一番考えやすい。まあそんな感じのことはファイルにも書いてあったし。」
確かに、それはそうだ。
「ここで、放置された両手の登場。かなり損傷が激しくて写真を見ても分かるけど、手が手としての原型をとどめてない。しかも被害者6人の手じゃない。ここの店長は逃亡中。状況的にみてもこの両手はここの店長のものだと考えるのが定石。これだけ手が潰れてるのは多分撲殺するときに6人も頭割割ったから流石に手が衝撃に耐えられなかったんだろうね。」
6人もの頭を、自分の拳だけで割ったのか…まあそう考えれば、手が原型をとどめていないのも納得だ。でも、人間にできる芸当じゃない。吸血鬼だからできる、ってことか。
「吸血鬼だったから手の傷も回復するだろうけど、被害者に手をフォークとか何かで刺されたんじゃないかな?ここの店のフォークとか銀製だったのかもね。再生に時間がかかりそうだったから、切って落として生やした方が速いって判断したのかも。」
「……人間じゃ考えられないな。」
「そうだな。人間じゃない。一介の喫茶店のマスターがこんな人数一人で拳一本で殺せねえよ普通。」
僕が感想をぽろっと漏らすと、マルセルが後ろから同意した。
「じゃあ最後、建物の傷とやらを見に行こうか。なんか裏口があるみたいだからそこから出よう。」
ジャッキーについて僕とマルセルは外に出た。
外に出て壁を見ると、壁に3つの穴がまとまって、規則的に空いていた。
まるで壁に指を突き刺して天井を登ったかのように。
「屋根を伝って逃げたのか…確かに監視カメラをあまり気にする必要もないしな。」
マルセルが感嘆の声を漏らす。
「じゃあ、ここから先は別々に分かれて行動しよう。私はこの足跡を辿ってみる。マルセルとフェルディは拠点の調査と近隣住民に聞き込みを行って。何かわかったことがあったらお互い逐次連絡しよう。」
ジャッキーの提案通りに、僕はマルセルと上階へと向かい、ジャッキーは屋上へ向かった。

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僕とマルセルは非常階段のような感じの錆びた鉄製の階段を上り、扉の前に立った。
インターホンがあったので、一応鳴らしてみる。が、返事はない。
「まあ、出ないよなあ」
マルセルはそう言うと、扉をドンドン叩いた。
「すみませ〜ん!警察ですが!お伺いしたいことがありま〜す!!」
マルセルは声を張り上げたが、扉の向こうからは音一つ聞こえない。
「どうするんだよこれ…さっそく手詰まりじゃないか…」
僕がそうぼやくと、マルセルはポケットから四角い、小さな箱を取り出した。
「なにそれ…?」
僕が尋ねると、マルセルは誇らしげに語る。
「これは万能ピッキングマシーンだ。誰だっけ…あの、なんかめちゃくちゃ頭がいい博士が作ったらしくてな、どんな鍵でも鍵穴があるタイプだったら一瞬で開けちまうっていう優れものだ!!そのうちお前さんももらえるぜ!!」
そう言ってマルセルは四角い箱を鍵穴に押し当てた。すると、ガチャリ、という音が聞こえた。
「よし、空いたぞ。とりあえず、中に入ったら隠れられそうな場所だけあさってくれ。中に犯人が隠れてなさそうだったらすぐ聞き込み調査に移行だ。」
僕がうなずくと、マルセルも一度うなずき、扉を開けた。
中はワンルームで、クローゼットとトイレ、シャワールームくらいしか隠れられそうな場所が見当たらなかった。
「よし…とりあえず、フェルディはバスルームとトイレをみておいてくれ。俺はクローゼットと部屋の中に隠し戸がないか見ておく。」
マルセルの指示通りに、僕はまずシャワールームを見た。
シャワールームは汚れがなく、手入れが行き届いている感じだった特に変わったところはない。続いてトイレも見てみたが、特に変わったところはなかった。トイレを出て、マルセルの方へ向かう。マルセルも特に変わったところはない、といった感じの顔だった。
「じゃあまあこの部屋は用済みだ。聞き込みに向かおう」
マルセルはそういうと、入ってきた扉からこの部屋を出た。僕もマルセルに続く。
外に出て、近隣住民に聞き込みを行うそうだ。
マルセルと一緒に無言で街を歩く。
「マルセルはさ、なんでこの仕事をしようと思ったの?」
無言でいるのが何となくつらかったので、気になっていたことを聞いてみた。
「あ〜…入った話そういえばしてなかったな、俺が入った理由とか。」
マルセルは続けて話す。
「俺はな、吸血鬼…T型生命体に襲われたことがあるんだ。」
声色が少し悲しい感じがした。普段の元気で威勢のいいマルセルっぽくない声だった。僕はマルセルの後ろを歩く感じだったので、顔はよく見えない。
「四人家族だったんだ。両親と、妹がいた。父さんも母さんも元軍人だったからな、そこそこに厳しい家だったぜ。」
マルセルはどこか懐かしそうに話す。
「でも、めちゃくちゃ優しい人たちだった。あの鬼が家を襲った時、俺と妹を逃がして自分たちが盾になってくれるくらいにな。」
「………辛い話だったら、いいよ、無理に話さなくても。」
僕はマルセルの話を制止しようとした。彼の心の古傷をえぐっている気がしたからだ。
マルセルは一度歩みを止め、こちらに振り返った。僕の顔を見て、笑みを返してくれる。
「いいんだよ、ガキの頃の話だし、もう終わったことだ。」
マルセルはそういって、また歩き始めた。
「母さんに逃がされて、俺は妹と一緒に逃げた。でも、そこまで時間が経つこともなく鬼は俺らにたどり着いた。俺は妹を逃がすために、吸血鬼に立ち向かったんだけど…そん時はまだ吸血鬼相手の立ち回りとか何も知らなかったからな、一蹴されたよ。」
マルセルは続ける。
「結局1秒も足止めできずに、妹は俺の目の前で殺された。知ってたか?人間の血は若ければ若いほどうまいんだとよ。」
マルセルは自嘲気味に話す。辛かった経験だというのが声色から伝わってきた。
「妹の血を吸い終わって、次は俺の番だ。俺は腹に一発強え蹴りを入れられて動くことができなかった。そこで助けに来てくれたのが、このT型生命体対策本部の人だった。」
マルセルはまた歩くのをやめて、こちらに振り返った。
「俺はその人みたいに、吸血鬼っていう脅威から何もできない民間人を守りたいと思ってここに入った。俺は殺人が起きる前に吸血鬼を狩りたいが…なかなかそんなことはできない。でも、俺みたいな人間を一人でも減らしたいんだ。たとえ俺が死んだとしても。」
マルセルの目には、迷いない決意が浮かんでいた。
「わりぃ、ちょっとしけた話になっちまったな」
マルセルは申し訳なさそうに頭の後ろをぽりぽりと掻いた。
「…………」
ジャッキーにも、マルセルにも、この仕事を続ける大きな理由があった。きっとレイラにも何かしらの理由があるんだろう。
僕は、この人たちと肩を並べて戦ってもよいのだろうか。
「おい、なにボーっとしてんだ、聞き込みいくぞ!」
マルセルに呼びかけられ、我に返る。まずは、この任務を滞りなく終わらせることが先決だ。
僕はそう自分に言い聞かせて、マルセルについていった。

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聞き込みを続けていくと、一部の住民が、夜中に屋上や屋根からドンドンと音がしていたという共通の証言を得た。そのような音を聞いたことのある住民の家を辿っていくと、でかい川の橋まで辿りつくことができた。橋付近で新たに音を聞いたという住民はいなかったので、ここら辺にいると考えるのが妥当だろう、とマルセルと一緒に結論を出した。
このことをスマホを通してジャッキーに伝えようと、同時にジャッキーからメールが来る。
『マトを見つけた。イージス橋北側。私は橋の上で待ってるから来てほしい。』
「ジャッキーが犯人を見つけたって!」
僕がマルセルに言うと、マルセルは少し残念そうな顔をした。
「ジャッキーに先を越されたか〜…まあいい、とりあえずナビに従って橋まで向かおう」
僕とマルセルは駆け足気味で橋へと向かった。外は薄暗く、日はほぼ落ちかけていた。紫と黒が混じったような、少し不気味な空だった。
21/09/01 17:13更新 / Catll> (らゐる)
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