8
稽古は順々に進んでいき、続いてジャッキーと僕の番になった。
「離れてみてたけど、フェルディはやっぱポテンシャルが高いね。身のこなし方、要は戦い方を身に着けていけばすぐに私たちよりも強くなれそうだよ」
道場の中央に立ち、向かい合ったところでジャッキーはそう言った。
「………………」
レイラの話が頭から離れない僕は上の空になっていた。
人が死ぬ。それもわけのわからない『人間ではない何か』に殺される。そんな突拍子もない話に、頭の中が占拠されていた。
ブザーが鳴った。ブザーが鳴っても僕がぼーっとしていると、ジャッキーが僕の両頬を両手でパチンと叩く。そして両頬を引っ張る。痛い。
「なんかさっきから…リーと戦った後からずっと上の空だけど、どうしたの?レイラと何かあったの?」
「いひゃいひゃらひゃにゃひへ……」
両頬を引っ張られているのでうまく話せなかったが、とりあえず放してほしいという意思を伝えると、ジャッキーには伝わったみたいで、僕の両頬から手を放してくれた。
「で?何があったの」
「………この仕事について聞いたんだ。前の吸血鬼との戦いで、たくさんの人が死んだんでしょ…?」
僕はゆっくりと落ち着いて尋ねる。
ジャッキーは、ああなるほどね、とつぶやいた。
「衝撃だよね。私も初めてこの仕事について聞いたときびっくりしちゃった。人が死ぬっていうことは言葉にできない恐怖があるよね。」
ジャッキーはうんうんとうなずく。
「ジャッキーはさ、その仲間ともかかわりがあったんでしょ?」
「うん。仲が良かったよ。みんな。」
「…どうしてそんなに元気でいられるの?ショックとか受けないの?怖くなったりしないの?」
僕はジャッキーと目を合わせられずに、斜め左下を見ながら尋ねた。
「怖いよ。自分が死ぬのも嫌だし、仲間が死んだのも悲しかった。沢山泣いたよ。でもね、ここで泣いて、怖いって言って私たちが立ち止まっちゃうと、もっとたくさんの人が同じように泣いて、怖がって、死んじゃうの。誰かが、私たちの仕事をしないといけないの。」
ジャッキーは続ける。
「あとね、私はボスとキリルさんに育てられた恩を返すためにここで働いてる。言ってなかったかもだけど、私は戦争孤児だったんだよ。マルセルは本当に志願してって感じで、リーは捕虜としてって感じかな。ここで働いてる人はそれぞれ何らかの理由で働いてるよ。私がここで働く理由はこの二つかな。多分、前者の方は一回任務に就くとよくわかると思うよ。」
ジャッキーはそういってくれたが、僕はまだいまいちピンとくるものがないし、命を張ろうとは思えない。
ジャッキーが僕の考えを悟ってか、また言葉をくれる。
「何か理由ができるまでは、死なない程度に頑張ればいいよ。実際私も一回目の任務をこなすまではそうだったし。ゆっくり、自分の中で納得できる理由を見つけてからでいいんだよ。」
理由をみつけるまでか……。
「よし!時間も少ないし、体を動かしたらすっきりするかもだし、さっそく始めようか!」
僕はやっぱり悶々としたままだったが、ジャッキーに促されるまま稽古をつけてもらった。
////////////////////////////////////////////////////////////
開始十五分。
沢山拳を打ち込み、沢山蹴りを入れたが。一発も入らなかった。
「はぁ……はぁ……」
僕は体力を使い切り、床にあおむけになって寝転がった。
「ふふっ。少しは頭もスッキリしたかな?」
ジャッキーが僕の顔を覗き込む。見た様子では全く息切れしていない。若干汗をかいているくらいだ。化け物だ。
「………全く当たらないとか、そんなことある?」
「あるよ〜〜、私だってそのつもりで全力使ってたし!当たってたら私の心が折れちゃってたね!」
「軽くディすらないでよ……」
ええ!私ディスってた!?と唐突に慌てるジャッキー。可愛い。
「まあ戦い方についてはおいおい慣れていけばいいから。シミュレーターとか使ってね。いい汗かいたし、そろそろお昼休憩しようか!」
ジャッキーが僕に手を差し伸べてくる。僕はその手を掴み、起き上がった。
マルセルとレイラがこちらに近寄ってくる。
「完膚なきにぶちのめされてたなぁ!精神的に!ジャッキーも人が悪いもんだ!ハハハハハハッ!!!」
「もう少し手加減してあげてもいいでしょ…さすがに一発も受けてあげないとやる気なくしちゃうよ」
マルセルとレイラが思い思いの感想を言う。
ジャッキーと二人が話しているのを距離を置いて見る。
この人たちが死線をかいくぐっていることが、いまだに僕は信じられなかった。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
僕たちは道場を後にして、食堂へ移動した。みんなで昼食を取り、また道場へ戻ると、道場にはボスが待っていた。
「よおお前たち。待ちくたびれたぞ。飯くってたか」
ボスがそう尋ねてきたところを、ジャッキーが冗談っぽく返す。
「左様でございます!遅くなって申し訳ございませぬ!」
「そうか。では飯も食って休憩したところでさっそく稽古と行きたいところだが……」
ボスが一つ間を置いたところで、マルセルが割って入る。
「…出ましたか。」
マルセルの問いにボスが一つうなずく。
「ああ。カルトヴェリで殺人事件だ。事件の詳細は印刷してあるから、とりあえず全員に配っておく」
ボスは一人一人に数枚のA4用紙が閉じられたレポートのようなものを配る。表紙には『ビートコーヒー集団殺人事件概要』と記されていた。
「今回の任務はジャッキーとマルセルについてもらう。レイラは待機だ。フェルディはジャッキーとマルセルに同行してI型生命体の対応の一連の流れを抑えてもらう。つまりは今日の稽古はレイラと私のタイマンっつーことだ。」
レイラの方に一瞬目をやると、めちゃくちゃいやそうな顔をしていた。目が合うとなんかめんどくさそうなのですぐに目をそらした。
「まあそういうことだ。レイラ以外はすぐに着替えて車に乗るように。レイラはこのまま私と稽古だ、以上」
言い終わると、ボスは姿勢を正し、敬礼をして声を張り上げた。
「では諸君!『我らが未来に光あれ』!」
横にいた四人もそれに呼応するように姿勢を正し、敬礼をした。
「「「『我らが未来に光あれ』!!!」」」
僕が訳が分からずに立ち尽くしていると、ボスに突っ込みをいれられる。
「フェルディ!お前もやるんだぞ!姿勢を正して敬礼をしておんなじことを大きな声で言うんだ!もう一度やるぞ!『我らが未来に光あれ』!」
僕は慌てて敬礼をして、言われたとおりに声を張った。
「『我らが未来に光あれ』!」
「離れてみてたけど、フェルディはやっぱポテンシャルが高いね。身のこなし方、要は戦い方を身に着けていけばすぐに私たちよりも強くなれそうだよ」
道場の中央に立ち、向かい合ったところでジャッキーはそう言った。
「………………」
レイラの話が頭から離れない僕は上の空になっていた。
人が死ぬ。それもわけのわからない『人間ではない何か』に殺される。そんな突拍子もない話に、頭の中が占拠されていた。
ブザーが鳴った。ブザーが鳴っても僕がぼーっとしていると、ジャッキーが僕の両頬を両手でパチンと叩く。そして両頬を引っ張る。痛い。
「なんかさっきから…リーと戦った後からずっと上の空だけど、どうしたの?レイラと何かあったの?」
「いひゃいひゃらひゃにゃひへ……」
両頬を引っ張られているのでうまく話せなかったが、とりあえず放してほしいという意思を伝えると、ジャッキーには伝わったみたいで、僕の両頬から手を放してくれた。
「で?何があったの」
「………この仕事について聞いたんだ。前の吸血鬼との戦いで、たくさんの人が死んだんでしょ…?」
僕はゆっくりと落ち着いて尋ねる。
ジャッキーは、ああなるほどね、とつぶやいた。
「衝撃だよね。私も初めてこの仕事について聞いたときびっくりしちゃった。人が死ぬっていうことは言葉にできない恐怖があるよね。」
ジャッキーはうんうんとうなずく。
「ジャッキーはさ、その仲間ともかかわりがあったんでしょ?」
「うん。仲が良かったよ。みんな。」
「…どうしてそんなに元気でいられるの?ショックとか受けないの?怖くなったりしないの?」
僕はジャッキーと目を合わせられずに、斜め左下を見ながら尋ねた。
「怖いよ。自分が死ぬのも嫌だし、仲間が死んだのも悲しかった。沢山泣いたよ。でもね、ここで泣いて、怖いって言って私たちが立ち止まっちゃうと、もっとたくさんの人が同じように泣いて、怖がって、死んじゃうの。誰かが、私たちの仕事をしないといけないの。」
ジャッキーは続ける。
「あとね、私はボスとキリルさんに育てられた恩を返すためにここで働いてる。言ってなかったかもだけど、私は戦争孤児だったんだよ。マルセルは本当に志願してって感じで、リーは捕虜としてって感じかな。ここで働いてる人はそれぞれ何らかの理由で働いてるよ。私がここで働く理由はこの二つかな。多分、前者の方は一回任務に就くとよくわかると思うよ。」
ジャッキーはそういってくれたが、僕はまだいまいちピンとくるものがないし、命を張ろうとは思えない。
ジャッキーが僕の考えを悟ってか、また言葉をくれる。
「何か理由ができるまでは、死なない程度に頑張ればいいよ。実際私も一回目の任務をこなすまではそうだったし。ゆっくり、自分の中で納得できる理由を見つけてからでいいんだよ。」
理由をみつけるまでか……。
「よし!時間も少ないし、体を動かしたらすっきりするかもだし、さっそく始めようか!」
僕はやっぱり悶々としたままだったが、ジャッキーに促されるまま稽古をつけてもらった。
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開始十五分。
沢山拳を打ち込み、沢山蹴りを入れたが。一発も入らなかった。
「はぁ……はぁ……」
僕は体力を使い切り、床にあおむけになって寝転がった。
「ふふっ。少しは頭もスッキリしたかな?」
ジャッキーが僕の顔を覗き込む。見た様子では全く息切れしていない。若干汗をかいているくらいだ。化け物だ。
「………全く当たらないとか、そんなことある?」
「あるよ〜〜、私だってそのつもりで全力使ってたし!当たってたら私の心が折れちゃってたね!」
「軽くディすらないでよ……」
ええ!私ディスってた!?と唐突に慌てるジャッキー。可愛い。
「まあ戦い方についてはおいおい慣れていけばいいから。シミュレーターとか使ってね。いい汗かいたし、そろそろお昼休憩しようか!」
ジャッキーが僕に手を差し伸べてくる。僕はその手を掴み、起き上がった。
マルセルとレイラがこちらに近寄ってくる。
「完膚なきにぶちのめされてたなぁ!精神的に!ジャッキーも人が悪いもんだ!ハハハハハハッ!!!」
「もう少し手加減してあげてもいいでしょ…さすがに一発も受けてあげないとやる気なくしちゃうよ」
マルセルとレイラが思い思いの感想を言う。
ジャッキーと二人が話しているのを距離を置いて見る。
この人たちが死線をかいくぐっていることが、いまだに僕は信じられなかった。
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僕たちは道場を後にして、食堂へ移動した。みんなで昼食を取り、また道場へ戻ると、道場にはボスが待っていた。
「よおお前たち。待ちくたびれたぞ。飯くってたか」
ボスがそう尋ねてきたところを、ジャッキーが冗談っぽく返す。
「左様でございます!遅くなって申し訳ございませぬ!」
「そうか。では飯も食って休憩したところでさっそく稽古と行きたいところだが……」
ボスが一つ間を置いたところで、マルセルが割って入る。
「…出ましたか。」
マルセルの問いにボスが一つうなずく。
「ああ。カルトヴェリで殺人事件だ。事件の詳細は印刷してあるから、とりあえず全員に配っておく」
ボスは一人一人に数枚のA4用紙が閉じられたレポートのようなものを配る。表紙には『ビートコーヒー集団殺人事件概要』と記されていた。
「今回の任務はジャッキーとマルセルについてもらう。レイラは待機だ。フェルディはジャッキーとマルセルに同行してI型生命体の対応の一連の流れを抑えてもらう。つまりは今日の稽古はレイラと私のタイマンっつーことだ。」
レイラの方に一瞬目をやると、めちゃくちゃいやそうな顔をしていた。目が合うとなんかめんどくさそうなのですぐに目をそらした。
「まあそういうことだ。レイラ以外はすぐに着替えて車に乗るように。レイラはこのまま私と稽古だ、以上」
言い終わると、ボスは姿勢を正し、敬礼をして声を張り上げた。
「では諸君!『我らが未来に光あれ』!」
横にいた四人もそれに呼応するように姿勢を正し、敬礼をした。
「「「『我らが未来に光あれ』!!!」」」
僕が訳が分からずに立ち尽くしていると、ボスに突っ込みをいれられる。
「フェルディ!お前もやるんだぞ!姿勢を正して敬礼をしておんなじことを大きな声で言うんだ!もう一度やるぞ!『我らが未来に光あれ』!」
僕は慌てて敬礼をして、言われたとおりに声を張った。
「『我らが未来に光あれ』!」
21/08/27 17:28更新 / Catll> (らゐる)